第201話

「善は急げというのである」


 ケーテは立ち上がると、走り出す。その尻尾は上下に楽しそうに揺れている。

 夜だというのに、水竜の集落に向かおうとしてくれているのだろう。


「ケーテ! ちょっと待ってくれ」

「む? どうしたのであるか?」


 慌てて呼び止めると、ケーテは振り返ってきょとんとした表情になった。


「もう夜だからな。明日でいい」

「だが、急いだほうがいいのである」

「そうはいうが、今ケーテが外に走り出したら、みんな何事かとびっくりするぞ」


 ケーテは少し考えてうなずいた。


「それもそうであるなー」

「だろ?」

「では明日にでも向かってみることにするのだ」

「そうしてくれ」

「では、今夜は我は遊んでおくのである」


 そう言ってケーテは走り去った。恐らく子供たちと遊ぶのだろう。


「がうがう!」

 ガルヴも遊びという言葉に反応した。ケーテの後ろをついて行く。


「む? ガルヴも遊びたいのであるな?」

「がうー」

「では一緒に行くのだ」


 こちらではおっさんたちが話し合いをしているだけだ。

 子狼のガルヴとしては退屈だったのだろう。


「ここ」

 一方、ゲルベルガさまはすました表情で俺のひざの上に座っている。

 まるで、自分は子供ではないとアピールしているようだ。


 俺はゲルベルガさまを撫でながら、ダントンたちに言う。


「一応、魔道具の類が屋敷内に持ち込まれていないかチェックしましょうか?」

「よろしいのですか?」

「もちろん、構いませんよ」


 ダントンは少し考えながら言う。


「……だが、相当大変だぞ。屋敷も相当広いからな」

「そのぐらい何とでもなる」

「いや、ロック。目的から言えば、屋敷以外の住居も調べないといけない。大変だろう」


 ダントンの言うとおりだ。

 族長の屋敷が一番情報が集まるのは確かである。

 だが、他の住居にも魔道具を仕込めば相当情報を得ることは可能だろう。


「最初から屋敷以外も調べるつもりだ。もちろん、他人に調べられるのはあまり気持ちよくないことかもしれないが」

「それは構わないのだが……。ロックにそこまでお世話になるわけには……」

「折角だからな。どうせするなら徹底的にした方がいいだろう」

「本当に迷惑ではないのか?」

「魔道具を探すだけなら、魔力探知マジック・サーチで事足りるからな」


 どのような魔道具か調べる魔力探査マジック・エクスプロレーションは見知らぬ魔道具が出てきてからでいい。

 大した手間ではないだろう。


「それなら、頼めるか?」

「ああ、どうせ暇だ。ついでに壁とかに強化魔法とかかけておこうか?」

「……ほんとうにいいのか?」

「構わないぞ。いつもシアさんやニアさんにはお世話になっているからな」

「助かる」


 狼の獣人族の族長の屋敷は、対ヴァンパイアの砦でもあるのだ。

 強化しておくに越したことはない。


 その後、ダントンと年長の族長との間で段取りなどを簡単に打ち合わせておいた。


「では、そういうことで」

「はい、よろしくお願いいたします」

「ロック、すまないな」

「気にするな」


 俺は肩にゲルベルガさまを乗せて部屋を出る。

 すると、ケーテたちの楽しそうな声が聞こえてきた。


「がっはっは!」

「がーうがう」「きゃっきゃ」


 ケーテが尻尾を使って子供たちとガルヴと遊んでいる。

 尻尾にぶら下がる子供たち。その周りをガルヴがぐるぐる回っていた。

 楽しそうでなによりだ。

 より小さい子供はセルリスに絵本を読んでもらったりしていた。


 するとダントンが言う。


「ロック。男たちでお風呂でもはいろう」

「お、いいな」


 ダントンが男の族長たちを集めてお風呂に向かう。


「がう? がーうがう」


 お風呂と聞いてガルヴが駆けてくる。ものすごい勢いで尻尾が揺れる。

 話し合いよりも遊びだが、遊びよりもお風呂らしい。

 ガルヴはとてもお風呂が好きなのだろう。

 だが、獣を人の家のお風呂に入れるのは気が引ける。


「ガルヴ、今日はお風呂は入れないんだ」

「……がう?」


 何を言っているのかわからない。そんな表情でガルヴは首を傾げた。

「がう!」

 そして、両前足を俺の両肩において 口を舐めてくる。

 いいからお風呂! とアピールしているのだろう。


「ガルヴ、すまないが、今日は一緒にお風呂に入れないぞ。よそのお家だからな」

「……がうー」


 ガルヴがしょんぼりした。少し可哀そうになる。

 それを見ていたダントンが言う。


「ん? ロック。ガルヴも一緒で構わないぞ」

「いいのか? 気を使ってくれなくてもいいぞ。ガルヴは毎日風呂に入らなくてもいいからな」

「がう!」


 ガルヴは入らないとダメだとアピールしているようだ。

 そんなガルヴの頭をダントンは撫でる。


「本当に入っていい。別に気を使っているわけじゃない。もちろんゲルベルガさまも一緒に入ってくれていい」

「それは、ありがたいが……。他の族長の方々が嫌がったりしないか?」

「ただの犬ならともかく、ガルヴは立派な狼。それも霊獣の狼どのだ。我らの種族に嫌がる奴はいないだろう」

「そうですよ。我らと霊獣狼は親類のようなものですから」


 族長の一人もそう言った。

 やはり、霊獣狼は特別な存在のようだ。


「それにゲルベルガさまは神さまですから。嫌がるものはおりませんよ」

「そうですか。ありがとうございます」


 俺たちはガルヴとゲルベルガさまと一緒にお風呂に入ることになった。

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