第202話

 ダントンの屋敷のお風呂はかなり大きかった。

 男の族長全員で入っても、全然余裕がありそうだ。


 服を脱いで浴場に入ると、体を洗う場所でガルヴがお座りしていた。


「がーう」

「うん。ちゃんと待てて偉いな」


 俺に体を洗ってもらうのを待っているのだ。湯船に飛び込まないのでとても偉い。

 一方、ゲルベルガさまは俺の後ろをついてくる。

 服を着ていたときは肩に乗っていたが、服を脱いだら爪が食い込んでしまう。

 だから降りてくれたのだ。


「ゲルベルガさま、配慮してくれてありがとうな」

「こっこ」


 俺はゲルベルガさまから洗っていく。

 それをみたダントンが心配そうな表情を浮かべた。


「ゲルベルガさまを洗って大丈夫なのか?」

「確かに普通のニワトリなら、お風呂は慎重になるべきかもな」


 ニワトリは砂浴びなどをするのでお風呂に入れる必要性はない。

 むしろ入れないほうがいいかもしれない。


「ゲルベルガさまは、ニワトリじゃないからな。清潔さを求めてというよりは気持ちいいからお風呂に入るんだ」

「なるほど。さすがは神さまだな」

「ガルヴも毎日のようにお風呂入ってるが、まったく毎日入る必要性はないからな」

「がーう?」


 ガルヴは大人しくお座りしたまま首をかしげていた。

 そうこうしているうちに、ゲルベルガさまを洗い終わる。

 もともとあまり汚れていないので、すぐ洗えるのだ。


「ゲルベルガさま、もう大丈夫だ。湯船に入っていてくれ」

「ここぉ」


 ゲルベルガさまは湯船の方に走って行った。


「おお、ゲルベルガさま、湯加減はどうですかな?」

「ここ」


 ゲルベルガさまは先に入っていた族長たちに歓迎されているようだった。

 俺はガルヴの体をわしわし洗う。


「がーう」

 ガルヴも気持ちよさそうでなによりだ。

 ガルヴの体を洗って湯船に送り出してから、自分の体も洗う。


 その後湯船に向かうと、先に入っていたダントンが言う。

「おつかれさまだ」

「ああ、ガルヴを洗うのはいつものことだからな」

「がぁう」


 ガルヴは湯船の中で、気持ちよさそうにしていた。

 ゲルベルガさまも気持ちよさそうだ。

 俺自身も、湯船はとても気持ちがよかった。


 湯船の中でゆっくりしていると、族長の一人が話しかけてくる。


「ロックどの。最近のヴァンパイアの動きはどう思われますか?」

「活発なのは間違いないですよね」

「はい。やはり愚者の石の大量錬成に成功したのでしょうか……」

「そう考えたほうがいいかもしれません」


 俺がそういうと、族長たちはうなずいていた。

 みな危機感を持っていたのだろう。


 族長の中でも若いものが言う。

「昏き者の神の結界が最も恐ろしいですね。対抗策はないのでしょうか」


 狼の獣人の族長たちはエリックと情報を交換している。

 だから、昏き者の神の結界についても知っているのだ。


「残念ながら、今のところはないですね」

「……そうですか」

「いまのところどうしても後手に回りがちですから、何とかできればいいのですが」


 俺がそういうと、族長たちは深くうなずいた。

 基本的に、ヴァンパイアどもが襲ってきて、それを迎え撃つというのが多い。

 本拠地を叩いたこともある。

 だが、それも襲われてから本拠地を探して襲うというパターンばかりだ。


「奴らが愚者の石を錬成している場所を叩けたら、いいのですけど」

「我らも探してはいるのですが……」

「敵の生命線でしょうし、そう簡単には尻尾をつかませてはくれません」


 年長の族長は悔しそうに言った。


「とりあえずは敵の拠点を探しながらしっかり防衛するしかないかもしれませんね」

「ロックどのの言う通りです」


 そのような話をしている間、ガルヴは湯船の中をゆっくり泳いでいた。

 その背中にはゲルベルガさまが乗っている。楽しそうでなによりだ。


 ガルヴたちの様子を眺めながら提案してみる。

「あの……もしよろしければですが、皆様の屋敷を魔法で強化しましょうか?」

「よろしいのですか?」

 若い族長が目を輝かせた。


「はい。もちろんです」

「ロックどののお手を煩わせるわけには……」

 族長の一人は遠慮していた。


「確かに屋敷に魔法をかけられるっていうのは、あまり気持ちのいい物ではないかもしれませんが……」

「いえ、そんな! それは全くよいのですが、ロックさんにそこまで甘えていいものかと」

「これは我々のためでもあるのです」

「といいますと?」

「狼の獣人族のみなさまは、対ヴァンパイアの主力ですからね」

「たとえお世辞でも、大英雄にそういっていただければ嬉しいです」

「お世辞ではないですよ。そして、主力だからこそヴァンパイアどもが狼の獣人族を狙う可能性があるのではと懸念しているんです」

「なんと……」


 うめいた族長たちに向けて、俺は真面目な顔で言う。


「狼の獣人族の方々がいなければ、成功していた敵のたくらみは多いですから」

「確かに、その危険はありますね。屋敷には子供たちもおりますし、是非お願いいたします」

「任せてください」


 男の族長たちからそれぞれの屋敷を強化する許可を取り付けることが出来た。

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