第127話

 俺の屋敷の入り口には、頑丈な金属製の格子が取り付けられている。

 高さは成人男性の身長の二倍ほどあり、横幅も同じぐらいある。


 その格子越しに、ミルカと男が会話していた。


「だから、今はロックさんはいないんだよ」

「ではいつ頃おもどりになりますか?」

「わかんないけど……、たぶんそのうちだよ」

「中で待たせていただくわけにはいきませんか?」

「それはできないんだ。ごめんな」


 来客への対応方法は、後で教えてやらなければなるまい。

 外部の人間への対応は、丁寧な口調が求められる。


 とはいえ、門を開けないのは正解だ。

 屋敷全体に防御魔法を、入り口には魔法鍵をしっかりと俺がかけてある。

 門を内側からあけない限り、突破できるものはそうはいない。


 ミルカと話していた男とは別の人物が口を開く。


「我はロックに大事な用があるのだ」

「それでもだめだぞ」

「むむう。ロックの気配がするぞ。中におるのだろう?」

「だからいないって」

「隠すでない。本当に大事な用があるのだ!」

「だから――」


 ミルカと押し問答を始めたのは、女の子のようだ。声が可愛らしい。

 フード付きのローブを着ている。

 深くフードを被っているので人相はわからないが、身長は低いようだ。


「らちが明かぬ!」


 そう言って、フードの少女は門に手をかけた。


「むむぐぐうう」

 力づくで開けようとする。


「だめだって」

「うるさいのだ」


 そう叫んだ瞬間、

 ――バシンッ

 鋭い音とともに、少女が吹き飛んだ。


「ぎゃあ」

 魔法鍵を開けずに無理やり押しとおろうとしたので、防衛機構が働いたのだ。


「だから言ったのにー」


 ミルカが呆れたように言う。

 俺は少女の後ろから近づく。


「俺に、なにか用か?」

「あ、ロックさん。こいつが何か屋敷に入れろってうるさいんだ」

「ミルカ、手間をかけたな、後は任せてくれ」

「うん。おれは夕ご飯の準備に戻るぞ!」


 そういって、ミルカは屋敷の中へと戻っていった。

 少女の近くにいた、男が困った顔をして言う。


「大変失礼いたしました。お騒がせしております」

「なにかご用ですか?」

「はい、この者が……」


 そういって、倒れたままの少女を指さす。


「当方の店で、いわゆる無銭飲食を……」


 男は飲食店の店主だった。

 少女は散々食べまくった挙句、お金がないと言い放ったのだという。


「衛兵に突き出そうとしたのですが、知り合いにお金を借りると言い出しまして……」

「で、知り合いというのが俺だと?」

「はい。ロックというお金持ちが知り合いにいると」

「ふむ」


 店主は、恐る恐るといった感じで言う。


「あなたさまが、ロックさまでございますよね」

「そうです」

「お知合いですか?」


 店主は、そう言いながら、気絶している少女のフードをとった。

 大きな角が生えていた。

 だが、まったく見覚えがない。


「……知り合いではないですね」

「そうでしたか……」


 店主は、一気に肩を落とした。


「大変、ご迷惑をおかけしました」

 そういって、少女を立たせる。


「むぬう」


 少女は、いまだ意識が朦朧としているようだ。

 これから衛兵に突き出されるのだろう。


「まあ、待ってください」

「はい、なにか?」

「ちなみにおいくらですか?」

「全部で三万ラックです」

「三万?」

「はい。大量にお食べになられましたので」


 少女は随分と大食いらしい。


「わかりました。お支払いしましょう」

「え? よろしいのですか?」

「一応私を尋ねて来たようですし。知り合いではありませんが、何か縁があるのかもしれません」

「ありがとうございます。本当に助かります」


 俺が三万ラックを支払うと、店主は何度も頭を下げつつ帰っていった。

 俺は少女を抱き起す。


「きゅう」

 まだ気絶している。


「防衛魔法の威力が強すぎたか?」

「だが、このぐらい強くないと意味がないのではないか?」


 フィリーの言う通りではある。


「角がありますね。ぼくと同じ魔族でしょうか」

「かもしれないな」


 俺がそう言った瞬間、少女のお尻のあたりがモゾッと動いた。

 とても大きな尻尾が見える。

 シアやニアたちの尻尾より太くて長い。むしろ足より太くて長いぐらいだ。


「り、立派な尻尾ですね」

「尻尾がある魔族って……いたか?」

「いないと思います」


 ルッチラが首をかしげる。

 ガルヴはふんふんと匂いを嗅いで、「きゅーん」と鳴いた。


「ガルヴ? どうした?」

「がうー」


 どうやらガルヴは知っているような、そんな感じだ。

 それをみて、ニアもクンクンと少女の匂いを嗅ぐ。


「あれ、この匂いって……」


 ニアが何かを言いかけたとき、少女が目を開いた。


「はっ!」

 そして勢いよく、飛び起きた。


「ロック! ロックではないか! やはりこの家はロックの家であっていたのだな?」

「そうだが」

「匂いと気配、魔力の痕跡をたどってきたのだ。無事会えてよかったのだ」

「そうか。それはそうとして、お前は誰だ?」

「なんだと? 我を忘れたのか?」


 少女はどうやらショックを受けたようだ。


「いやいや、初対面だろ」

「昼ごろに会ったばかりであろう! 我、ケーテぞ?」

「え? ケーテなのか?」

「そうだぞ!」

「確かにケーテさんの匂いがしました」


 ニアまでそう言った。

 匂いがそうなら、そうなのかもしれない。


「そうか、ケーテか」

「がっはっは! やっとわかったかー」


 ケーテは嬉しそうに、どや顔をしていた。

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