第128話

 どや顔のケーテは、嬉しそうに尻尾を地面にびたんびたんとさせる。

 結構大き目の音が鳴った。


「ケーテ、とりあえず、尻尾を落ち着かせてくれ」

「お、すまぬ」


 そういって、ケーテは自分の尻尾を前に持ってきて自分の両手で抱えた。

 尻尾は獣の尻尾ではなく、ドラゴンの尻尾だ。

 太くて長くて、鱗が生えている。


「立ち話も何だ。中に入ってくれ」

「お、よいのか?」

「外にいる方が目立って困る」


 俺はケーテを連れて屋敷に入る。


「ほほー。ここがロックの家であるかー」

「そうだぞ。家の中で尻尾をバシンバシンするなよ。床が壊れる」

「わかっているのだ」


 ケーテは興味があるのか、しきりにきょろきょろしていた。

 俺はケーテを居間へと連れていく。応接室もあるが、用意が何もないのだ。


 居間にはセルリスとシアがいた。


「あれ? ロックさんのお客さまかしら?」

「……いや、ケーテさんでは? 匂いがそうであります」


 セルリスは気付かなかったが、シアはすぐに気が付いた。


「シアもニアも鋭いのう! さすがである」

「獣人は嗅覚が鋭いでありますよ」

「がっはっは! すばらしいことだ!」


 ケーテは豪快に笑う。

 竜形態のぎゃっぎゃっぎゃという笑い声が、人型ではがっはっはになるのだろう。


「それに比べて、ロックは我を見ても気付かなかったのだぞ! 我は悲しい」

「いやいや、ほとんどの人族は視覚を重視するからな。それだけ姿が変わればわからなくて当然だ」

「ふむー。不便なものであるな」


 俺はミルカも呼んで、改めてケーテのことを紹介する。

 ルッチラとミルカ、フィリー、それにタマは、ケーテとは初対面だ。

 互いに自己紹介を済ませた後、ミルカが言う。


「本当にロックさんの知り合いだったんだな!」

「そうであるぞ」

「それは悪いことをしたな!」


 俺はミルカの頭を撫でる。


「いや、ミルカは正しい。あの対応で完璧だ」

「そうかい?」

「この屋敷にはゲルベルガさまがいるからな。知らない奴は入れたらだめだ」

「わかったぞ。これからもそうする!」

「頼んだ」


 俺の屋敷にはゲルベルガさまやフィリーがいる。

 それに錬金装置や秘密通路まで存在する。

 誰がいつ狙いに来るかわからない。


 今日はセルリスとシアがいたが、ミルカだけの時も多い。

 やはり、門は開けないのが正解だ。


 俺に頭を撫でられているミルカを見て、フィリーが言う。


「だがな、ミルカ。貴族の家の家人、徒弟としては、あの口調はよろしくないのだぞ」

「そうかい? そんな気もしてたんだけど、おれはこの話し方しかできないからなー」

「任せるがよい。明日からしっかり教えてやるのだ」

「本当かい? 頼んだよ、先生!」

 ミルカの先生に対する口調も、ふさわしいものではない。


「教えがいがありそうである」

 フィリーはやる気になっているようだった。


 それからニアとルッチラがお茶とお菓子を持ってきてくれた。

 徒弟としての仕事と判断したのだろう。


「おお、ありがとう!」


 ケーテはお菓子をパクパク食べる。

 三万ラック分飲み食いしたばかりだというのに、よく食べられるものだ。


「ケーテ。聞きたいことは山ほどあるのだが……」

「む?」


 ただのグレートドラゴンは、人型にはなれない。

 ケーテは一体何者か。とても知りたい。


 だが、今、一番知らなければならないのは、どうしてここに来たかだ。

 明日の昼に会う約束をしていたのに、急いできたということは何かあったのだろう。


「問題が起きたのか?」

「そうなのである」


 ケーテは説明する。

 あれからケーテは竜の遺跡を巡回して魔法をかけて回っていたのだという。


「おお、それは助かる」

「うむ。ロックに魔力結界だけでは不十分で、視覚もごまかした方がいいと教えてもらったからな」


 もともと視覚をごまかす魔法が、竜の遺跡にはかかっていた。

 だから人族の冒険者に発見されることがなかったのだ。それが今破られている。


 破られたのと同種の魔法を、改めてかけなおすことに意味があるかはわからない。

 だが、ケーテが巡回すること自体の効果は大きい。

 何か異常があればすぐ気づけるからだ。


 それにケーテが新たにかけている侵入者検知の魔法はとても助かる。


「また、昏き者どもに遺跡を荒らされたのか?」

「もっと大変なことが起こったのだ……」

「大変なこと? 遺跡荒らしよりもか」


 遺跡マニアのケーテが、遺跡荒らしより重大事と判断したのだ。

 本当におおごとらしい。

 その割には、無銭飲食する余裕があったようだ。優先順位が違うと思う。


「うむ。王都周辺の遺跡を回って、我が宮殿に戻ったら……。やばい奴がいっぱいいたのだ」


 宮殿という言葉も気になるが、やばい奴という言葉の方がより気になる。


「やばい奴ってなんだ? ヴァンパイアか?」

「うむ。あれは、多分ハイロードに率いられた集団である。配下に昏き者どもがいっぱいおったぞ」

「昏き者どもって、ゴブリンではないんだよな?」

「ゴブリンもおったが、それは我にかかれば造作もない」

「だろうな」

「問題は、昏竜イビルドラゴンや魔装機械などが大量にいたことである」

「昏竜?」

「昏き者どもの竜種である。竜種と言っても、我らの眷属ではないぞ?」

「そうなのか?」


 俺が尋ねると、ケーテは深くうなずいた。


「昏竜は、腹立たしいことに我らに姿が似ているのだ。だが、作った神がそもそも違う。昏き者どもの神がこの世に堕とした残滓のようなものだ」

「なるほど……」

「ロックが知らなくても仕方がないことだ。我も見たのは初めてであったからな」


 昏竜はとても珍しいらしい。


「で、魔装機械というのは?」

「文字通り魔力をまとい、魔力で動く機械だ。ものすごく強いうえ、魂がないゆえ昏き者どもではない」

「昏き者どもではないということは……」

「うむ。王都に張られている結界も反応せぬだろうな」


 危険なものが動き出しているようだった。

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