第126話

 研究室にいたミルカは目を輝かせた。


「え、おれに勉強教えてくれるのかい?」

「そうだぞ。これからフィリーのことは先生と呼びなさい」

「はい! 先生、よろしくだぞ!」

「うむ。しっかり励むのだ」


 それから、俺はミルカに言って徒弟全員を研究室に集めた。

 ニアとルッチラはすぐにやってくる。

 ルッチラはゲルベルガさまを抱いていた。


「ロックさん、どうしましたか?」

「なにか御用でしょうか?」


 俺はニアとルッチラにもフィリーが家庭教師をしてくれることを告げた。


「ルッチラもニアも、出身部族で教育は受けていたと思うのだが、メンディリバル王国の常識というのがあるからな」

「はい。ありがとうございます」

「良いのですか?」

「徒弟に教育を授けるのは、義務みたいなものだからな」

「ありがとうございます」

「これからは、フィリーのことは先生と呼ぶように」

「はい!」

「かしこまりました」

「ここ!」


 ルッチラとニアと一緒に、ゲルベルガさまも返事をしている。


「ニアは冒険者としての訓練もあるからな。毎回参加できるわけではないかもしれないが……」

「はい。短い時間でも、身につけられるようがんばります!」


 我が徒弟たちはやる気のようだ。頼もしい限りである。


 ふと気づくと夕方になっていた。俺たちは全員で食堂へと向かう。


 研究室は秘密通路に併設されている。

 それゆえ、研究室の屋敷側の入り口は書斎に通じているのだ。


 書斎を通ったとき、書斎を教室にしたらよいと思いついた。


「書斎で勉強できるように、机とか用意したほうがいいかもしれないな」

「たしかに、その方がよいかもしれぬ」


 フィリーも同意してくれた。

 書斎は一人で使用することを想定したものしか置かれていない。

 だが、書斎にしては意外と広いので、机などもおけるだろう。


「必要な文房具などもあれば、言ってくれ」

「うむ。あとできちんとまとめておこう」

「本とかも必要なものがあれば、遠慮なく言ってくれ」


 冒険者時代のたくわえを、引き出せるようになった。

 それに報奨金もたくさんもらっている。だから、俺の資産は余っているのだ。


 フィリーは少し考える。


「あっ。マスタフォン侯爵家においてある本などを持ってきたいのだが……」

「荷物運びなら、おれが手伝うぞ!」


 ミルカが張り切っている。


「いや、ミルカには夕食の準備を進めてほしい」

「あ、そういえば、もうそんな時間だな! わかった」


 ミルカが台所に向かって走っていった。


「ミルカが夕食の準備をしてくれている間、侯爵家に行って荷物を運んでおくか?」

「よいのか?」

「二軒となりだからな」

「そういえば、ご近所さんだったのだな」


 二軒隣と言っても、貴族の屋敷である。

 少しは距離があるが、歩いても三分とかからない。


「では行くか」

「うむ」

「フィリーは素顔をさらさないほうがいいな」

「それは、そうかもしれぬな」


 ぱっと見ニワトリにしか見えないゲルベルガさまとは違うのだ。

 ヴァンパイアの手の者に顔をみられたら困る。

 フィリーにはフードをかぶせて、布で顔を隠す。


 そうしておいてから、出発する。

 俺とフィリー、それにニアとルッチラでマスタフォン侯爵家へと向かった。

 ガルヴとタマとゲルベルガさまも一緒だ。


「ガルヴ。散歩じゃないから走らないぞ」

「がう?」


 首をかしげながら、はっはっはっと舌を出していた。


 マスタフォン侯爵家の入り口には門番が立っていた。

 王宮から派遣された者たちだろう。


 フィリーが門番に一声かけた。


「ご苦労である」

「はあ?」


 さすがに、顔を隠しているので、門番はフィリーに気づかない。

 だが、俺に気づいて、無言で敬礼した。


 どうやら俺のことは知っているらしい。

 枢密院から派遣された人物なのかもしれない。


 侯爵家の中に入って、フィリーの部屋へと向かう。

 フィリーの部屋はガラガラだった。ほとんどの物がなくなっている。


「一応、錬金関係の書物や記録は放置しておくと危険であるからな。王宮に運んでもらったのだ」

「そうか。ならば、なにを運べばいいんだ?」

「うむ。こっちの本棚にある本がよいと思うのだ」


 そういって、フィリーは、隣の部屋へと入って行く。

 そこには錬金術など関係ない普通に市販されている本がたくさんあった。


「先生。これを運べばよろしいですか?」

「うむ。ルッチラ。頼むぞ」

「このニアにもお任せください」


 ルッチラとニアはやる気充分だ。


「本は重たいからな。魔法の鞄に入れていこう」

「了解しました」


 俺が魔法の鞄を持ち、そこにルッチラとニアが本を運んでくる。

 それをどんどん入れていく。


「こっちにもあるのだ」

 侯爵家の書斎からも本を運ぶ。合計数十冊にもなった。


「そうだ、この机など、書斎に置くにはちょうどいいのではないか」

「いいのか?」

「うむ。父上や母上がこの屋敷に戻ってくる時には、家具は総入れ替えするであろうからな」

「そんなものか」


 一応昏き者どもが使用していた家具だ。縁起が悪いと思うものも多い。

 俺は呪われていない限り気にしないので、フィリーの提案はありがたかった。


 書斎に置くのにちょうどいい机やいすを魔法の鞄に入れていく。


「これで、教材には困らぬであろう。机もいすもあるから、いつでも勉強を開始できるのだ」

 フィリーも満足げにうなずいた。


 それから、俺たちは自宅へと戻る。

 ガルヴはまだ走りたそうにしていたが、我慢させる。


「ガルヴは午前中あれだけ走ったのに、まだ走りたいのか」

「がう」


 ガルヴはただ走っただけではない。かなりばてていたはずだ。

 ガルヴの体力の回復力はすごいものがある。


 そんなことを考えながら、屋敷の前に行くと二人の人物が立っていた。

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