第115話

 ゴブリンロードの首が転がる。

 巨大なこん棒を振り上げた状態で、ゴブリンロードの体は真後ろに倒れて行った。


「役立たずが!」


 吐き捨てるように、ヴァンパイアは言う。

 そして切り離された胸より下とその上が、コウモリへと変化していく。

 逃げるつもりのようだ。


「逃がすわけねーだろ」

 俺は魔神王の剣で、斬り裂こうとした。


「ココ、コケッコッコォオオオオオオォォォォォォ」


 俺の胸当ての中でずっと大人しくしていたゲルベルガさまが吠えた。

 遺跡中に響き渡る雄たけびだ。


「なん……だと……」


 コウモリに変わりかけていた部分からヴァンパイアは灰になっていく。

 神鶏の神通力だ。

 あっというまに、ヴァンパイアの全身が灰へと変わる。


 俺は素早く灰の中から、メダルと魔石、そして剣を回収した。


「ゲルベルガさま、助かった」

「ここ」


 ゲルベルガさまは俺の胸当ての中から顔だけ出した。

 ニアが驚愕で目を見開いていた。


「す、すごいです」

「ゲルベルガさまは神鶏さまだからな」

「話は……姉から聞いていたのですが、実際に見てみると本当に凄いです」

「こここ」


 ゲルベルガさまは満足げに鳴いていた。

 そんなニアたちに向けて俺は言う。


「さて、ニア、ガルヴ走るぞ」

「はい。でももう、敵は倒したのでは? 急いで脱出しなくても……」

「違う。向かうのは奥だ」

「奥ですか?」


 ゲルベルガさまの雄たけびを聞かれた可能性がある。

 この遺跡にいるヴァンパイアは皆殺しにせねばならない。


 そして、転移魔法陣の存在の可能性を無視できない。

 いつどこから敵が現れてもおかしくないと考えて行動せねばなるまい。

 ニアとガルヴだけで行動させるのは危険だ。


「ニア。ガルヴ。慎重に慎重を重ねて行動しろ」

「了解です」

「がう」

 俺は走る。急ぐがニアたちを置き去りにはしない。


「Grr?」


 間抜けなゴブリンが奥から歩いてきた。

 駆け抜けざまに斬り捨てる。


 そのまま走って、遺跡の最奥にたどり着く。ヴァンパイアが二体いた。

 気配からして、アークヴァンパイアだと予測する。


 二体の間には、大きな姿見の鏡があった。

 以前見た転移魔法陣の描かれた鏡にそっくりだ。

 昏き者どもは転移魔法陣を鏡に描く風習があるのかもしれない。


「とめろっ!」

「おう!」


 ヴァンパイアの一体が叫ぶと、残りの一体が俺に向かってとびかかってきた。

 まるで足止めしようとしているかのようだ。


 残った一体が何をしようとしているのだろうか。俺は目を外さない。

 横目で見ながら、襲い掛かってくるヴァンパイアをいなしていく。


 奥にいる一体は鏡に手を伸ばす。転移して逃げるつもりだろうか。

 この場にいるヴァンパイアは二体ともアークに見える。

 片方がもう片方を身を挺してかばう道理がない。


 つまり、何か俺に渡したくないものがあるのかもしれない。


「やらせるか!」


 俺は先程のヴァンパイア戦の戦利品である剣を投げつけた。

 ヴァンパイアの右前腕に突き刺さる。そのまま鍔元まで突き刺さった。

 まだ勢いの止まらぬ剣はヴァンパイアの体勢を大きく崩させる。

 剣は岩の壁まで飛び、前腕が縫い付けられる形になった。


「ぐあぅああ」

 ヴァンパイアは苦しそうにうめく。


「おい!」


 俺に剣で斬りかかっているヴァンパイアが叫ぶ。

 俺に対してではなく、奥のヴァンパイアに向かって叫んでいる。


「わかっている!」


 奥のヴァンパイアは苦痛に顔をゆがめながら応えた。

 明らかに何かをしようとしている。


 何をしようとしているかはわからない。だが何であろうとさせるつもりはない。

 俺は斬りかかってきたヴァンパイアの剣の刃を右手でつかむ。


「……なっ」


 素手でつかまれると思っていなかったのだろう。驚愕に目が開かれた。


 手のひらに魔力障壁を展開してある。

 アークヴァンパイアごときの斬撃で傷つけられることはない。


「邪魔だ」

 俺は右手を握って剣を砕く。


「ば、化け物」

「それはお前らだろうが」


 驚愕しているヴァンパイアの首を左手でつかむとドレインタッチを発動する。

 一気に魔力と生命力を吸収した。見る間にヴァンパイアは骨と皮だけになった。


「ぐあああああああ」

「うるせえ」


 叫びながらミイラのようになったヴァンパイアを、奥に向けて投げつける。

 干からびているのでとても軽い。

 魔力と生命力に重さがあるとは知らなかった。

 それとも軽くなる理由が別にあるのだろうか。


「ひぃ」

 壁に剣で腕を縫い付けられているヴァンパイアが怯えたような声を出す。


「どうした、化け物が化け物を見たような顔しやがって」


 俺はヴァンパイアに向かって近づいていく。

 ヴァンパイアは自分の前腕に刺さった剣を引き抜くと、振りかぶった。


「うああああああ」


 気合の入った声をあげた。捨て身の攻撃に移るのだろうか。

 それならば、問題ない。逃げても構わない。

 コウモリに変化されても、対処するのは容易い。


 気合の雄たけびとともにヴァンパイアは剣を振り下ろす。


――バリィィン


 大きな姿見の鏡が剣でたたき割られていた。

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