第114話

 慎重に、だが少し足早に遺跡の中を進んでいく。

 ガルヴがしんがりを務めてくれている。

 子狼とはいえ、ガルヴはゴブリンごときには遅れは取るまい。


 俺は、ニアとガルヴがしっかりついて来ているかに注意を払いながら進んでいった。


「…………」

 ニアは無言で、真剣な表情で一生懸命ついてくる。

 本当はニア相手に授業をしたい。


 ゴブリンの足跡から、どのぐらいの数がいるか推測させたい。

 食べ残しから、わかることを教えたい。

 ゴブリンのいる可能性が高い部屋はどこか教えたりもしたい。


 だが、今は冒険の緊迫感について感じてもらうべきときだろう。

 ゴブリンの巣穴に入ったら、本来、会話をしている余裕などないものだ。


 念話テレパシーの魔法を使って会話することも出来るがあえてしない。

 手振りだけで合図しながら進んでいく。


 数匹のゴブリンと遭遇したが、なんなく倒した。

 ニアは毎日訓練していただけあって、八歳とは思えぬ剣捌きだ。


 俺は足跡を調べながら、奥へと進んでいく。

 捕らえられた人族などはいなさそうだ。まことに結構なことである。

 今回の遺跡探索は、何事もなく終わりそうだ。


 そう思った、まさにそのとき。

「……?」

 不可解な足跡を発見した。


 ゴブリンの足跡よりも、ふたまわり、いや四か五まわりぐらい大きい。


 俺はニアを見る。ニアも気付いたようだ。

 足跡を指さして、こっちを見た。指示を仰いでいるのだろう。

 慌てないのは素晴らしいことだ。


 ゴブリンロードの可能性が高い。

 シアと初めて会った時に遭遇したのがゴブリンロードだった。

 Bランク冒険者であるシアが苦戦するゴブリン。それがゴブリンロードだ。


 ニアがいるとはいえ、俺がいれば問題ない。奇襲すれば容易いだろう。

 だが、突然、足跡が現れたというのが、ひっかかる。


 ゴブリンロードは飛べない。だから入り口から歩いてここまで来たはずだ。

 にもかかわらず、足跡はいきなり現れた。


(別の入り口があるのか?)


 ここが洞窟ならば、その可能性から考えるべきだ。


 だが、ここは竜族の遺跡だ。

 それも遺跡好きのケーテが魔法をかけて保護していた遺跡である。


 もし別の入り口があるなら教えてくれたはずだ。

 だが、あのケーテだ。うっかり忘れていたということも考えられる。


 俺は念話を使うことにした。

 ニアとガルヴに念話の魔法をつなぐ。

 そして驚かさないよう、ゆっくりと語り掛けた。


『これは念話だ。慌てず聞いてくれ』

「っ!」


 ニアとガルヴは一瞬びくりとしたが、そろってうなずいた。

 驚いても声を出さないニアは相変わらず素晴らしい。

 そして、ガルヴが思ったより賢くて驚いた。


『念話での発話方法を教える時間がない。いまは黙って聞いていてくれ』

「「……」」

『あの足跡はゴブリンロードの可能性が高い。そして、ロードが遺跡に入った痕跡がなかった。転移魔法陣の可能性が高い』


 ニアもガルヴも驚いているが、声を出さないで聞いてくれている。


『つまり、ゴブリンロードより強い奴がいる可能性が高いってことだ。一旦退くぞ』


 転移魔法陣を使う昏き者ども。

 ヴァンパイアロードなどが考えられるだろう。


『ガルヴ。静かに入り口まで戻ってくれ。その後ろをニア、俺の順でついて行く』


 ガルヴが大人しく静かに歩き始めた。

 その後ろをニアがついて歩いていく。俺はしんがりだ。


 シアと初めて会った時に遭遇したゴブリンロードを思い出す。

 そしてそのゴブリンロードはヴァンパイアロードの手下だった。

 あまり時間は経っていないはずなのに、懐かしく感じる。


 入口に向けて三歩ほど歩いた時、真後ろから殺気を感じた。

 鋭い斬撃。魔神王の剣で咄嗟に防ぐ。剣同士がぶつかり火花が散った。


 襲いかかってきたのは、端正な顔の男だ。鋭い牙がちらりと見えた。


「ヴァンパイアか?」

「我の攻撃を防ぐ人間がいるとはな」


 そう言って不敵に笑う。ロード、いやハイロードだろうか。


 俺はニアたちをうかがう。ニアとガルヴは俺たちから少し距離をとっている。

 ニアは剣を油断なく構え、ガルヴは姿勢を低くして、いつでも飛びかかれる体勢だ。


 いい動きである。とはいえ、ヴァンパイアの相手はニアたちには荷が重すぎる。

 ヴァンパイアには俺だけを見ていてもらおう。


「レッサーヴァンパイアの不意打ちを防いだぐらいで驚かれてもな」


 みるみるうちに眉がつり上がった。

 高位ヴァンパイアにレッサーと言って怒り狂う率は今のところ十割だ。

 今後も使わせてもらおう。


「下郎がっ!」


 激昂したヴァンパイアが全力で斬りかかってくる。

 遊んでいる場合も楽しんでいる場合でもない。腕試ししている場合でもない。

 速やかに殺さねばならない。


 俺はヴァンパイアの剣を紙一重でかわす。

 当たることを強く確信していたのだろう。剣が勢いよく床まで振りぬかれた。そのまま床を切り裂いていく。

 ヴァンパイアの体勢が大きく崩れた。


 俺は水平に剣をふるう。

 右の二の腕、肋骨、胸骨、肺と心臓、左の二の腕と順に切り裂く。


「ぐがあああああ!」

 ヴァンパイアはおぞましい悲鳴を上げる。


「おいっ! 早く来い!」

 ヴァンパイアが叫ぶと、奥の部屋からゴブリンロードがのそりと現れた。


「大きなゴブリンを捕まえて使役してるのか。レッサーヴァンパイアだと、配下がいなくて大変だな」

「おい! この男を殺せ!」


 肩から上だけになったヴァンパイアが叫ぶ。


「GAAAA――」


 ゴブリンロードは吠えながら、石製のこん棒を振り上げた。

 面倒だ。振り下ろす時間を与えることもないだろう。

 俺は一気に間合いをつめると、ゴブリンロードの首を跳ね飛ばした。

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