第89話

 邪神頭部が炭と化した後も、俺は油断しない。

 仮にも邪神の頭部なのだ。炭からよみがえっても驚かない。

 観察しながら考える。


「最後の魔法……。名前なににしようか……」


 黒い光線なのだ。

 暗黒光線ダーク・レイぐらいでいいだろうか。

 いまいちな気がする。あとで考えることにしよう。


 頭部をしばらく観察したが復活する様子はない。


「ひとまず安心だな……」


 俺は炭になった頭部を調べる。

 ヴァンパイアが炭になったときとあまり変わらないように思えた。

 そして、俺は炭の中から小さな頭部の像を見つけた。


「これは、邪神像の無くなっていた頭部かもしれないな」


 この頭部が、下水道から発見された邪神像のものならば、全身像がそろったことになる。

 おそらく昏き者どもは、邪神の全身を召喚したかったのだろう。

 だが、何らかの理由でかなわなかった。


 呪いが足りなかったのか、生贄が足りなかったのか。材料が足りなかったのか。

 もしかしたら、時間が足りなかったのかもしれない。

 情報が足りなかったということもありうる。


「頭だけであの強さなら、全身が顕現していたら、俺も勝てたかわからないな……」


 とても恐ろしいことである。

 俺は灰と、頭部の像を魔法の鞄に放り込んだ。


「昏き神の加護のコアも持って帰った方がいいな」


 昏き者どもに悪用されてはかなわない。確保して調べなければならないだろう。

 そのころには、極限結氷タルミナス・アイシクルで凍り付いたヴァンパイアたちが解凍され始めた。


 ゴブリンどもは解凍されても息を吹き返すことはなかった。普通は凍った時点で命はない。

 ヴァンパイアの大半も死んだままだ。解凍と同時に、そのまま灰へと変わっていく。 


 だが、邪神の部屋にいた一体のヴァンパイアは息を吹き返した。

 余程生命力の高い、高位ヴァンパイアなのだろう。ハイロードかもしれない。


「……いったいなにが……」


 きょろきょろする。そして邪神の頭部がないことに気づいて、唖然としている。

 俺は幻術を使って、ここに来てから倒したヴァンパイアの一人に化けた。


「お目覚めになりましたか?」

「おお、第十位階か。どういう状況か?」


 どうやら、俺の化けたのは第十位階というらしい。

 つまり、ヴァンパイアロードだったのだろう。

 第十位階に上から語り掛けるということはハイロードなのかもしれない。


 通常の状態では、ハイロードに俺の幻術は通用しない。

 おそらく、解凍したばかりで、脳みそが動いていないのだろう。


「いきなり周囲が凍り付き、一体何が起こったのか……」

 俺はわからないふりをしておく。そうすることでボロが出にくくなるのだ。


「神は一体どうされたのだ? お姿が見えないようだが」

 やはり頭部は、昏き者どもの神だったらしい。

 それを確定できただけでもハイロードと会話した意義があったというものだ。


「消失なされました」

「消失? そんなわけはない。神は、完全体ではないのだ。動くことができるはずがない」

「完全体で無いとはいえ、神です。もしかしたら、氷から避難なされたのかもしれません」

「それはあり得ぬ。完全体でない以上、召喚魔法陣の上から一歩でも動いたら消滅してしまう」

「でしたら、神は一体どこに?」

「氷結で倒されてしまったのやも……」

 ハイロードが顔をしかめた。


「まさか。我らですら耐えたのです。神が倒されるわけがないではありませんか」

「そうであるな……。む? 神から与えられた力が消えておる。そなたはどうだ?」

「……たしかに。消えている気がします」


 適当に合わせておく。やはり邪神はヴァンパイアに力を与えることができるようだ。


「なんであれ、神が消失されたのなら、召喚しなおさなければなりませんね」

「そうだな。生贄をまた集めねばならぬ」

「我らが力を合わせれば、生贄ぐらい容易く集まるに違いありません」

「そうは言うが、やはり王都周辺を統括していたハイロードを殺されたのは痛いな。人間ごときに殺されおって」

「今度こそ、神の全身を召喚したいものです」

「ああ。ハイロードを殺されて焦ったのがまずかった。生贄の量が足りず、頭しか召喚できなかったのだからな」


 ハイロードを殺したことはとても良かったようだ。

 その時、後方から声がかけられる。


「ハイロードさま! 一体何が……」

 まだ生き残りのヴァンパイアがいたらしい。


「第十八位階か。わからぬ。どういう状況だ?」

「ほぼ全滅です。私以外生き残っているものはおりません」

「なんということだ……。五人いたロードが、それも神に力を与えられた五人が、今や二人だけか」


 そして、ハイロードは俺に向けて言う。


「第十位階。手を貸せ。まだ足が動かぬ」


 その時、第十八位階がつぶやく。


「第十位階?」


 第十八位階は解凍から立ち直った後、しばらく周囲を調べていたのだろう。

 脳みそが動いているのだ。

 それにハイロードより極限結氷の中心から遠かった。

 だから、俺の幻術が効きが悪いのだろう。


「そろそろ限界か」

「第十位階?」


 俺は手を伸ばす代わりに剣をふるう。ハイロードの首が飛んだ。


「なん……だと……」

 唖然とするハイロードの首に剣をさらに突き刺した。


「貴様!」

 第十八位階が襲い掛かってきた。

 だが、今や邪神に与えられた力を失った、ただのロードだ。俺の敵ではない。

 俺は右手で第十八位階の首をつかむ。


「吸収させてもらうぞ」

「な、なにを……」


 俺は第十八位階にドレインタッチを発動する。ドレインタッチの発動自体久しぶりだ。

 今回、邪神頭部との戦いで、片腕の筋肉の一部が炭となってしまった。

 回復するには、ドレインタッチするのが早い。


 ハイロードは強い。それゆえ、ドレインタッチの最中に暴れられる可能性もある。

 だが、ヴァンパイアロードは適度に弱い。かつ魔力も生命力も大量だ。

 ドレインタッチに最適な相手と言えるだろう。


 見る見るうちに俺の腕が回復する。

 それに伴い、第十八位階は、生命力と魔力を吸い取られしわしわになった。


「……あ……ぁ」

「ありがとう。助かった」

 俺は第十八位階の首を剣でおとす。そして、頭部を貫きとどめを刺した。


「さて。後始末だな」


 俺はヴァンパイアの灰から魔石を集める。ついでにメダルも集めた。

 灰になっていないゴブリンの死骸を全て魔法の鞄に入れていった。

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