第88話

 俺は慎重を期して部屋の中には入らずに覗き込んだ。

 部屋の中のほとんどが凍り付いている。凍り付いたヴァンパイアの姿も見えた。

 だが、凍り付いていないものが一つある。


 それは巨大な一つの頭だった。明らかに人の物ではない。

 頭部だけだというのに、人の身長よりも高い。

 緑色で目が三つあり、髪の代わりに十数本の太い触手が生えている。

 禍々しさが尋常ではない。


「なるほど。邪神像の無くなっていた頭はこういう形だったのか」


 思わず俺はつぶやいた。

 そうしながら、昏き神の加護、そのコアを探す。

 先日倒したハイロードの手にあったものは、水晶のような材質でできた球体だった。


(あれだな)

 念のために、部屋に入る前に確認してよかった。

 邪神の頭部と戦闘になった後、昏き神の加護が発動すればただでは済まなかっただろう。


 俺は魔力弾を飛ばす。

 推定邪神の頭部、その触手がコアを守るかのように、魔力弾を受け止める。


「触手、意外と伸びるんだな」

 推定邪神の頭部は広い部屋の奥にいる。

 そして、昏き神の加護のコアは部屋の中央だ。そこまで触手が届くとは思わなかった。

 成人男性の身長五人分は伸びるようだ。


 普通の魔物ではないのは確実だ。

 きちんと後で調べるとして、今はとりあえず邪神の頭部と決めつけていいだろう。


 ハイロードとの戦いで、昏き神の加護の範囲は狭いことがわかっている。

 とはいえ、起動されれば、今この場所も範囲に入りかねない。

 そして起動した後ならば、コアに近いほど、昏き神の加護の影響が強くなるはずだ。

 邪神の頭部に近づくのは、コアを破壊してからの方がいいだろう。


 俺は連続で、魔力弾をコアに向かって撃ち込んだ。

 その全てを触手が防ぐ。よく伸びるだけでなく速い。


「Ooooooooooo」


 推定邪神の頭部は、うめくような太い声を上げている。

 腹の底が冷えるような、吐き気を催す声だ。


 俺はコアを攻撃しながら、邪神頭部への攻撃も開始する。


 そうしながら考えた。

 なぜ邪神頭部は昏き神の加護を起動させないのだろうか。

 もしかしたら、起動させられるだけの呪いが足りないのかもしれない。

 いや、起動できるのはヴァンパイアたち信者たちだけなのかもしれない。

 神自身は加護を起動できない可能性もあるのではないだろうか。


「とはいえ、相手が出来ないだろうと決めつけるのは、さすがに慢心が過ぎるよな!」


 俺は邪神頭部と、コアに向かって、間断なく攻撃を加える。

 そして、徐々に邪神頭部への攻撃を激しくする。


「OOOOOOOOoooo!」


 邪神頭部はすべての魔力弾を触手で弾く。

 それでも俺は、軌道を変えて、速度を変えて撃ち込んでいく。

 触手が絡まることを狙って魔力弾を撃ち込んだのだが、絡まることはなかった。


 俺は魔力弾の数を増やして、速さを上げていく。

 触手の動きも、それに伴い加速していく。

 ついに、触手が魔力弾をさばききれなくなってきた。

 一発、邪神頭部本体を魔力弾がかすめた。


「OOOOOOOOOOO……」

「食らええええええ」


 邪神頭部がおぞましい声を上げると同時に、俺は巨大な魔力弾をぶち込んだ。

 触手が一斉に自分を守るように動く。魔力弾に当たった触手がちぎれ、破裂した。

 もう、すべてを防ぐ余裕はないのだろう。小さな魔力弾は頭部に当たるに任せている。


 魔力弾が消えた後、ゆっくりと触手が開いていく。

 弾けた触手が、あっという間に修復されていく。


「これで、ほぼノーダメージかよ」


 ここまで強いのならば、逆に邪神じゃなければ困る。

 こいつが邪神じゃないのだとしたら、邪神がどれだけ強いのか。


「Oooooo……」

「だが、緒戦は俺の勝利だな」


 俺は巨大魔力弾を放つと同時に、魔神王の剣をコアに向けて投げつけていた。

 防御に専念せざるを得ないほどの攻撃を本体に加えてから、コアを攻撃したのだ。


 魔神王の剣はコアに突き刺さり、見事に砕いていた。

 これで安心である。邪神と接近して戦える。


「さて、生首野郎。戦おうか」

「OoOoOoOoOoOo……」

「何言ってるかわからないぞ」


 俺は全身に魔力を流して身体を強化する。一気に邪神の頭部との間合いをつめる。

 邪神の頭部は触手を伸ばして魔神王の剣をとろうとした。

 走りながら、触手を魔力弾ではじく。足を緩めず魔神王の剣を拾った。

 そのまま、頭部に斬りかかる。


「死ね!」

 邪神の頭部に斬撃が届こうかという瞬間。頭部の目が光った。

 嫌な予感がして、咄嗟に後方に飛んで距離をとる。

 直後、黒い光線が飛んできた。岩の床に当たり、岩が溶けた。

 なんと言う熱量だ。当たったら、ただでは済むまい。


 三つの目から、光線が出続ける。触手の先端から、魔力弾も飛んでくる。

 激しい火力だ。近寄るどころではない。

 かわすのも限界だ。魔法障壁を張って、何とかしのぐ。

 魔力弾はともかく、目からの光線は魔法障壁を一瞬で破壊してくる。


「頭だけだというのに、魔神王より強くないか……」

 俺は思わずつぶやいた。


 かわし防ぎながら、反撃の機をうかがう。

 邪神の頭部の攻撃が一層激しくなる。魔法障壁を砕き、光線が腕をかすった。

 瞬間、筋肉が炭になる。痛みすら感じない。かすっただけでこの威力。

 体幹にまともに当たれば、命はない。腕や足に当たれば焼け落ちるだろう。


 いつまでも防御に徹しているわけにもいかない。このままではじり貧だ。

 攻勢に転じる必要がある。


「魔力消費が高いから本当は使いたくないのだが……」


 俺は自身の最高魔法の準備に入る。

 持久戦に持ち込もうにも、不確定要素が多すぎる。

 最高クラスの攻撃を一気に叩き込み、一気に決着をつけるべきだろう。

 魔神との十年の戦いは持久戦に特化していた。短期決戦は久しぶりだ。


 俺は左手で魔法障壁を展開しながら、右手をかざして、一気に握る。

 右手で邪神の頭部を、その周囲の時空ごと握りつぶしたのだ。


 時空爆縮ラウム・インプロージョンである。

 いくら物理防御が高かろうが関係ない。

 物理の法則を捻じ曲げ、空間ごとひしゃげさせるのだ。

 金剛石だろうがオリハルコンだろうが関係ない。


 ――ギィィィィンガギィン


 鋭い音が響き、一瞬で邪神の頭部はひしゃげた。

 巨大な頭部をこぶし大まで圧縮したのだ。


「oooooO……?」

 邪神の頭部も何が起こったのかわかっていなさそうだ。

 今までにない声を出した。


 俺は時空圧縮を解除する。この魔法は魔力消費がでかすぎる。

 あまり長時間維持すると、後の戦いに響いてしまう。

 こいつで敵が最後とは限らないのだ。


 解除したら、頭部は一気に元の大きさに戻る。

 爆発したかのように破裂する。骨が砕け飛び散り、体液が噴き出す。

 触手がミンチになって周囲に散らばる。

 もはや頭部はぐちゃぐちゃで原形をとどめていない。

 だが動いていた。徐々に再生を始めている。


「これでも死なないのか……」


 とどめを刺す必要がある。

 俺は先程食らいラーニングした黒い光線を邪神の頭部にぶつける。


 光の当たった部分が焼け落ちていく。


「さすがに自分の攻撃は痛かろう」

 頭部は魔法障壁で抵抗しようとする。

 障壁を黒い光はたやすく砕く。頭部は崩れていった。


 しばらく焼いて、頭部は炭と化した。

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