第67話

 見たことのない美少女をよく見てみると、ミルカだった。

 セルリスが走って家に帰っていたのは、服を持ってくるためだったのだろう。


「は、はずかしいぞ」


 ミルカはもじもじしている。


 セルリスのおさがりの服なのかもしれない。

 裕福な貴族、モートン家の御令嬢にふさわしい可愛らしい服だ。

 ひらひらとした装飾なども施されている。


 髪の毛も綺麗に梳かされ、つやつやしている。

 セルリスに風呂で磨かれたのだろう。

 セルリスが風呂掃除を急いでいた理由に違いない。


「ふふん」


 セルリスはミルカの隣で自慢げに胸を張っている。

 俺はミルカのあまりの変わりように、驚いてしまった。


「こ、これはいったい?」


 俺が尋ねると、どや顔のセルリスが言う。


「どうかしら? 似合っているでしょう?」

「おれなんかに、こんなかわいい服にあわないよ」

「そんなことないわ。とっても可愛いわ」

「で、でも。絶対、似合ってないよ。き、着替えてくる!」

 ミルカが振り返って去りかけた。


「ミルカ、待ちなさい」

 俺が呼び止めると、ミルカはびくっとした。


「ご、ごめん。掃除するのにこんな格好はだめだよな」

 怒られると思ったのかもしれない。


「ミルカ。ものすごく似合っているぞ。とても可愛いじゃないか」

「ほんとかい? い、いや。お世辞はいいんだ。おれには似合ってないってわかってるし」

「いや、嘘ついてどうする。本当に可愛いぞ。セルリスのおさがりか?」

「そうなの。私の昔の服をあげることにしたの」

「セルリス。ありがとう。助かる」

「べ、別に気にしなくていいわ!」


 セルリスは照れ臭そうにしている。


「シア、ルッチラ。どう思う?」

「いいでありますな。うんうん。とても可愛いでありますよ」


 シアはミルカの周りをぐるぐる回りながら言った。


「はい。可愛いです。馬子にも衣裳ですね」

 ルッチラには悪気はないのだろうが、それは誉め言葉ではない。


「そ、そうかい? 照れるな」

 でも、ミルカは喜んでいた。

 あえて、今、言葉の意味を教える必要もないだろう。 


 ミルカは照れまくる。

 ミルカの近くに寄ったガルヴの頭を、もふもふしまくっていた。


「ガルヴ、なー。ガルヴ、なー?」

「がう?」

 わしわしされたガルヴは困惑している。

 困った挙句、こっちを見てきた。


「コケッ!」

 ガルヴの背をゲルベルカが昇っていく。


「ゲルベルガさまもかわいいなー」

 ミルカのもふもふの対象がゲルベルガに移った。


「ここっ」

「がう」

 ゲルベルガはガルヴが困っていたから助けに入ったのだろう。

 優しいニワトリである。



 その後、書庫から秘密の部屋への鍵としてセルリスとミルカを登録した。


 それが終わると、ミルカが張り切って言う。

「おれは掃除をするんだぜ!」

「明日からでいいぞ?」

「でもー」

「せっかくかわいい服着たんだから、ゆっくりしていればいい」

「そうかな?」

「そうよ!」

 セルリスがミルカの頭を撫でていた。



 それから、俺はセルリスとシア、ルッチラを応接室へと連れていった。

 ゲルベルガは呼びはしなかったが、付いてきた。


「ロックさん。どうしたの?」

「うむ。エリックから、カビーノの背後にいる貴族が誰か探ってくれと依頼されてな」

「大変なこと依頼されたわね」


 俺はエリックから聞いた事情などをセルリスに説明した。

 説明の最中、ゲルベルガは俺のひざの上に座る。


「本当に厄介なことね」

「まずはカビーノの自供待ちでありますかね?」

「カビーノ邸から押収した証拠資料の精査も必要だな」

「地区長は捜査状況を教えてくれるでありますかね?」


 シアがそういうと、セルリスも険しい顔になった。

 もちろんエリックから渡された勅令の首飾りを見せたら可能だろう。

 だが、それは奥の手の切り札だ。序盤に切るのはためらわれる。


 それでも、捜査状況の入手については俺はあまり心配していない。


「エリックに地区長を上層部の妨害から守ってほしいみたいなことは伝えてある」

「ふむふむ」


 セルリスは真剣な表情で聞いている。 


「エリックは何らかの方法で、証拠を保護するはずだ。ほっといたらカビーノも暗殺されかねないとも言っておいたしな」

「なるほど。そういわれたらそんな気がしてきました」

「何らかの方法ってなんでありますか?」

「周囲を近衛兵で固めるとかかしら?」

「それは、いくら何でも目立ちすぎるだろ。そうだな……」


 俺は少し考えた。


「証拠とカビーノの身柄を王宮に移して、そこに捜査本部を設置するとか」

「場所は王宮でいいとしても、誰に捜査させるでありますか?」

「やっぱり近衛兵かしら」

「それはわからん。エリックにお任せだ」


 それでも、エリックなら信用できる誰かに捜査を任せるはずだ。


「事態は重くて緊急性が高い。とはいえ、いま闇雲に動くわけにもいかない」

「下手に動いて警戒されたら厄介であります」

「怪しい貴族に目星ぐらいはつけたいところだ」


 そういうとシアがぽつりと言った。


「カビーノだけでありますかね?」

「というと?」

「カビーノは生贄を集める末端でありますよね。それにカビーノの屋敷は武器を集積する場所でもありますよ」

「そうだな」

「大貴族が背後にいるなら、複数の末端がいてもおかしくないかもと思ったであります」

「それは、確かにそうだな」


 シアが椅子から立ち上がる。


「ちょっと失踪した人を探すクエストなどが出ていないか、調べてくるでありますよ」

「私も行かせてもらうわ!」

 すると、セルリスも勢いよく立ち上がった。

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