第66話

 俺はエリックに尋ねる。


「怪しい貴族とかはいるのか?」

「悪事を働いていそうなのはいるぞ。だが、ご禁制のハムにまで手を出す奴の見当はつかぬ」

「そうだよな」


 魔神の召喚や神の加護を破る方法は人族全体の脅威だ。

 貴族間の政局争いは、人族社会が存在してこそ意味がある。

 昏き者どもが支配する世界において人族の王の地位に何の価値があろうか。


「何らかの理由で脅されている、もしくは操られているといった可能性も捨てきれぬ」

「ふむ。厄介だな」

「そうであれば、如何なる人格者も疑ってかからねばならぬ」

「そうか。では、先入観にとらわれずに調べることにしよう」

「頼む」


 そして、エリックが思い出したように言う。


「諜報機関に協力を頼みたいときは、ゴランを経由してくれ」

「直接じゃないほうがいいのか?」

「誰が調べているか、敵に知られないほうがいいかもしれぬからな」

「了解した」

「そして、ロックは報告することがなくても、毎日のように来てくれ」

「お、おう。わかった」


 エリックの熱意が伝わってくる。

 それだけ、この事件に真剣なのだろう。


「エリック、俺もできる限りのことをするが、いまカビーノを取り調べている地区長は立派な人物に見えたぞ」

「そうか。それはいい知らせだ」

「上層部に妨害されるかもしれない。何かされないようにしてくれないか?」

「わかった。なんらかの手を打とう」

「カビーノを口封じしようとするものもいるかもしれない。地区長が狙われるかもしれない」

「そうなればまずいな。捜査は致命的に遅れてしまう。すぐに手配しよう」

「頼む」


 それから、改めて首飾りの使い方を聞いた。

 首飾りは、勅令を口頭で伝える際に用いられるものだという。

 当たり前だが、通常、勅令は書面にて伝えられる。


 だが、書面にする時間が無い緊急時もある。その時のために用意されているのだ。

 クーデターにより国王が王宮から避難した際などに使われることを想定しているらしい。

 だから、貴族や公職にあるものならば見ればわかるとのことだ。


「クーデターって……、それこそ、クーデターを起こした側の手に落ちたらまずいんじゃないのか?」

「だからこそ、ただの道具ではなく、魔道具なのだ。王が直接、承認を与えると色が変わるようになっておる」

「なるほど。だが、王がつかまって、承認を与えるように脅されたらどうなるんだ?」

「そんな事態になったら、首飾りがあろうがなかろうが同じことだ。脅して書面の勅令を出させればいいだろう」

「それもそうか」

 あくまでも王が捕縛されておらず、だが書面での勅令を出せない時のためのものらしい。



 その後、俺たちは王宮を後にした。

 王宮側の扉は大きな絵を貼って隠すようだ。

 ベタな隠し方だが、むき出しよりはいい。


 俺は通路を移動しながら、魔力回路を伸ばしていく。

 王宮側の扉にかけた魔法の鍵から、俺の屋敷側の鍵につなげるためだ。

 そうすれば、屋敷側の扉もエリックたちが開けられるようにできる。


 帰り道を歩きながらルッチラが言う。


「ロックさん。屋敷側の通路への入り口も魔法で隠したほうがいいですよね」

「そうだな。少し考えてみよう」


 屋敷側から秘密通路への入り方はこうだ。

 屋敷の書庫にある隠し扉を通って、秘密の部屋に入る。

 その後、秘密の部屋から、秘密通路へと移動する。

 この間に通る入り口は二か所ある。


「まずは一番表側の書庫の隠し扉に魔法をかけるべきだな」

「大切でありますね」

「二か所目の入り口、部屋から通路へも隠し扉を取り付けといたほうがいいな」

「確かに」

「本当はルッチラとかシアも入れるようにしたいのだがな」

「機密ですから、やめておいた方がいいでありますよ」

「エリックに頼めば許可が下りそうな気もするがな」


 必要があれば、ルッチラやシアも開けられるようにしてもらおう。


「あたしよりもモートン卿やセルリスさんのほうが開けられたほうがいいでありますよ」

「あー確かに。ゴランは通れた方がいいかもな。あとでエリックに聞いておこう」

 ゆっくり歩いても、すぐに屋敷の秘密の部屋に到着できる。本当に近いのだ。


「一応、石材で扉を作るか」


 秘密の部屋から、秘密通路に入るところに扉を設置する。

 壁のものとそっくりの石材で、扉を作っていく。

 それに魔法をかけて、魔力回路を接続した。


 隠ぺいの魔法もかけていく。

 これで、余程の高位魔導士でもなければ、扉に気づくこともできまい。


「これで、よしっと」

「ロックさん。次は書庫から秘密の部屋に入る扉ですね!」


 ルッチラはどこか楽しそうだ。隠し扉がわくわく要素なのだろう。


 書庫から秘密の部屋に入る隠し扉にも魔法をかける。

 隠ぺいと強化をかけていく。


「魔法で鍵もかけたいな。秘密の部屋から書庫に戻るのは素通しでもよいが、その逆はそうはいくまい」

「そうでありますね」

「部屋にはシアやルッチラ、セルリスにミルカも入れるようにしたいな」


 もし、屋敷が何者かに襲撃された際、逃げ込む先が欲しいのだ。


「ガルヴとゲルベルガさまも入れるようにしたいところだ」

「がう」

「こっこ」


 シアが駆けだす。


「あたしがセルリスさんとミルカちゃんを呼んでくるでありますよ」

「頼む」


 その間に、ルッチラとゲルベルガ、ガルヴの認証を済ませておく。


「ルッチラは手のひらを、ゲルベルガさまは、足でいいぞ」

「わかりました!」

「ここっ」


 扉の下の方にゲルベルガは足を付けた。


「ガルヴは……鼻でもいいぞ」

「がうがう!」

「前足がいいのか」

「がう」


 鼻の方が便利な気がするのだが、足がいいらしい。

 ガルヴは前足を扉につけて、認証を済ませる。


「一応鼻でも開けられるようにしといたからな」

「がう!」


 それが終わったころシアが戻ってきた。


「セルリスさんとミルカちゃんをつれてきたであります!」

「おう、ごくろうさ……ま?」


 シアの後ろには見たことのない美少女がいた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る