第65話

「なんだ? なんでも言ってみろ。俺に出来ることなら解決してやる」


 俺はエリックに向かってそう言った。

 エリックから頼まれることなら、断る理由はない。


 だが、エリックは少し戸惑ったような表情になる。

「ありがたいが……。内容を聞いてから判断してくれ」

「で、お願いの内容とはなんだ?」

「それはだな……」


 そのとき、シアが慌てたように立ち上がった。


「あたしは、聞かないほうがいいでありますね?」

 シアはこれから機密が話されそうだと考えたのだろう。


「そ、そっか。そうだよね」

 ルッチラも、シアの態度で気づいたようだ。慌てて立ち上がる。


「が、がう」

 ガルヴまで立ち上がった。

 人語を話せないガルヴは、どちらにしろ聞いていていいと思う。


 エリックは落ち着いた口調でシアたちに言う。

「いや、そなたたちにも聞いておいて欲しい」

「ですが……」

「がう……」

「これから話す、最重要機密は神の加護を破る手段があるということだ。それと、昏き神の加護の存在である。両方ともそなたらは知っているだろう?」

「それは、確かにそうでありますね」

「はい。知っています」


 神の加護というのは、大都市に張られている大きな結界だ。

 その中であれば、強い魔物ほど体に激痛が走り、力を発揮できなくなる。

 ヴァンパイアたちが、王宮にレッサーヴァンパイアしか送れなかった理由でもある。


 しかし、ヴァンパイアとの戦いの最終局面で、アークヴァンパイアの侵入が確認された。

 アークヴァンパイアは強大な魔物である。本来であれば王都の中ではまともに動けない。

 だが、実際に戦ったセルリスとルッチラの話では強かったという。

 つまり、何らかの方法で、神の加護を誤魔化したのだ。


 昏き神の加護は、ヴァンパイアハイロードとの戦いで俺とシアが食らったものだ。

 非常に力をそがれて難儀させられた。


「ココゥ」


 俺のひざの上で、ゲルベルガが鳴く。

 昏き神の加護を食らった時、ゲルベルガも一緒にいた。

 神鶏たるゲルベルガも相当つらかったに違いない。


 この場にいるほぼ全員が、実際に体験したことを思い浮かべて、深刻な表情になる。


「がう?」


 ガルヴだけはきょとんとしていた。

 昏き神の加護が発動したとき、ガルヴもその場にいた。だが寝ていたのだ。

 覚えてないのだろう。


 それに神の加護が破られたという話をしたときも、ガルヴもいたはずだ。

 だが、当時、ガルヴはヴァンパイアハイロードの元から助け出されたばかりだった。

 聞いてなかったのかもしれない。

 まだ、子供の狼だから仕方がないことだ。


 レフィに頭を撫でられて、ガルヴは尻尾を振っている。


 全員が改めて座ったのを確認してから、エリックは語り出す。


「侵入したアークヴァンパイアが所持していた魔道具を宮廷魔導士と宮廷錬金術士に調べさせたのだ」

「なにか分かったのか?」

「ああ」


 それは、たった二日前のことである。

 二日で何かわかるとは、宮廷魔導士と錬金術士たちは、とても優秀なようだ。


「ミルカとの話に出てきたハムがかかわってくるのだがな……」


 エリックが言うには、呪いのハムは神の加護を破る魔道具の材料の一つなのだという。

 俺は一つ疑問に思った。


「神の加護を破る方法があることがわかる前から、ハムは単純所持すら禁じられるほどのご禁制だったのだろう? なぜだ?」

「元々は魔神の召喚に使われる呪具として禁止していたのだ」


 それならば、単純所持を禁止されるのも当然だ。

 魔神を召喚するということは、小さな次元の狭間への門を開くということ。

 とても危険だと言わざるを得ない。


「魔神召喚だけでなく、神の加護を破る魔道具の材料ともなればな。放置は出来まい」

「そうだな。王都の内部。しかも人族に昏き者どもに通じているものがいるとは思わなかった」

「それに、カビーノとやらは奴隷商という話だったがな」

「そうだ」

「だがな、奴隷を王都で集めたとしても、王都から連れ出すことなど至難の業だ」

「それはそうかもしれないな」

「ましてや、王都で売りさばくことなど不可能に近い」

「うむ」

「……生贄にしようとしていたのではないか?」


 生贄にして、呪具の材料にしたならば、王都から出す必要はない。

 恐ろしい話である。とてもじゃないが許せることではない。


「官憲を利用し、一気に取り調べを進めたいのはやまやまなのだがな」

「……官憲上層部からの妨害というやつか」

「官憲上層部の背後にいる上流貴族の存在も気になる。どこに裏切り者がいるかわからぬ」

「なるほど。それが俺に頼みたいことか」


 エリックは深くうなずく。


「そのとおりだ。裏にいる貴族が誰か、なにが狙いか。それを調べて欲しい」

「貴族か。厄介だな」

「いざとなれば、大公であることを明かせばよい」

「明かすと、俺が将来的に困るのだが……」

「それもそうであるな。この件に関して、ロックが王の代理人であることを証明する首飾りを用意しよう」

「そんなものがあるのか」

「あるぞ」


 そういうと、エリックは立ち上がってどこかに行った。

 そしてすぐに戻ってくる。


「これだ。ロックに渡しておこう」

「用意がいいな」

 その首飾りには、俺の名前がしっかりと彫ってあった。


「いつかこのようなことがあると思ってな」

「そうか」


 本当に準備がいい。仮にも魔道具だ。

 俺が帰還した直後から動いていないと間に合わないだろう。

 こういう事態を想定していたのだろうか。


「出来る限りのことはしよう」

「頼む。シアとルッチラもロックに協力してやって欲しい」

「御意であります!」

「わかりました!」


 シアとルッチラは力強く返事をした。

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