第62話

 秘密通路の突き当り。

 そこがエリックの寝室の隣に通じていることはシアにも説明済みだ。


「ここが、例の場所でありますね」

「がうがう」


 昨日は寝過ごしていたガルヴにも説明はしてある。

 シアもガルヴもエリックが国王だと知っている。

 だからだろうか。真剣な顔で調べはじめた。


「ふんふん」

「がふがふ」


 シアとガルヴは壁の臭いをしきりに嗅いでいる。

 狼であるガルヴは当然として、狼の獣人であるシアも嗅覚が鋭い。

 調べるときは目だけでなく鼻も使うのだろう。


 その様子を、俺とルッチラは黙ってみていた。邪魔しても悪い。


「コッコ。コケ」

 ゲルベルガは壁自体に興味がなさそうだ。虫を見つけては突っついて食べていた。

 神鶏しんけいたるゲルベルガにとって、国王も所詮人間。

 権威などは感じないのだろう。


「スカウトとして、調べてみたでありますけど、ただの壁でありますね」


 シアにそう言ってもらえると安心だ。

 シアはBランク戦士であるだけでなく、優秀なスカウトでもあるのだ。


「一応、昨日帰る前に、魔法をかけたからな。壁にしか見えないならよかった」

「さすがロックさんの魔法でありますね」

「仮にシアがこの壁を破ろうと思ったらどうする?」

「ハンマー持ってきて殴るでありますかねー」


 十年前はハンマーぐらい魔法の鞄に入れていた。だが今は持っていない。

 今の魔法の鞄は手に入れたばかりなので、ほとんど空なのだ。


「ハンマーがここにあれば、試してほしかったのだが……」

「ないなら仕方ないでありますよ」

「そうだな。さて魔法を解除するか」


 俺が壁に手をかざして魔法を解除しようとすると、ルッチラが少し慌てた。


「ロックさん! ちょっと、待ってください」

「どうした?」

「向こうは寝室の隣です。勝手に開けていいものでしょうか?」

「……たしかに」

「ここっ」


 正論である。ゲルベルガもルッチラに同意しているようだ。


「でも、ロックさんは、昨日帰る前に、今日来るって言ったのでありますよね?」

「それはそうだが」

「ならば、陛下もいつ来てもいいようにしていると思うでありますよ」

「そうですね。シアさんの言う通りかもです」

「こっ」


 ルッチラもシアの意見に同意した。ゲルベルガも同意している。


「たしかに、それもそうか」

「はい!」

「では、魔法解除するぞ」

「ドキドキするであります!」

「がう!」


 シアとガルヴは興奮気味だ。尻尾がものすごい勢いでブンブン揺れている。


 俺が魔法を解除すると、ただの壁になる。

 適当に積み上げただけなので、押しただけで崩れるだろう。

 向こうに押したら、もし誰かがいた場合、被害が出かねない。岩は重たいのだ。


「シア、ルッチラ、慎重に石をこちら側に引き込む感じで取り除くぞ」


 俺は小さな声で話した。向こうにメイドがいたら驚かせてしまう。

 とはいえ、エリックのことだ。

 壁の向こうの部屋に誰も入るなと告げているに違いない。

 慎重に岩をこちらに引き込むのも念のためだ。



「了解であります」

「わかりました」

 シアとルッチラも向こうが王宮だということに、気を使って小さな声で返事をする。


 俺たちが岩をどけようとし始めたその時、向こうから声が聞こえた。

「声がしたわ。怪しいわね」

 そしてすぐに、

「おらぁ!」

 という、叫び声とともに、俺の目の前の岩がこちら側に一つだけ勢いよく抜けた。

 壁から拳がはえるように突き出ている。


「ひぅっ!」「コケッ!」「ガゥ!」

 ルッチラとゲルベルガ、ガルヴが驚いた様子でびくっとする。


 向こうにいる人物が、拳を岩の壁に叩き込み、岩を一つ軽々と抜いたのだ。

 かなり力が強い。


 突き出た手は。探るようにこちら側で、もぞもぞした後、引っ込んだ。

 俺は恐る恐る。空いた穴から向こうを覗く。

 すると向こうからこちらを覗く目と、目があった。


「や、やあ」

「まさか、その声はラックなの?」


 向こうにいたのは王妃レフィだ。

 レフィはエリックとの間に子供ができるまで俺たちのパーテイーの一員だった。


 力業で問題を解決しようとする傾向は、昔から変わらないらしい。


「そんなところで何をしているの?」

「話せば、長くなるのだが、とりあえずそこから離れてくれ。岩をどかす」

「わかったわ」


 レフィが離れたのを確認して、俺は魔法で岩をどかした。

 向こうの状況がわかるなら、岩をさほど慎重に動かさなくてもいい。

 少なくとも、メイドさんが下敷きになることはない。


 適当にこちら側に倒して、魔法の鞄に放り込めばいい。

 かばんに入れれば重くないので、あとで適当な場所に捨ててこようと思う。


 岩をどかして、レフィの待つ部屋へと入る。


「本当に久しぶりね」

「ああ、久しぶりだ」


 レフィは上質だが派手ではない衣服を身につけていた。

 当たり前だが、裸なのは夜だけらしい。


 それから俺はみんなを紹介する。

 レフィはガルヴを気に入ったようだ。しきりに撫でている。


「それにしても、ラック、全然老けてないというか……若返ってない?」

「レフィこそ、全然変わらないな」

「お世辞がうまくなったわね」


 そういって、レフィは笑った。


「エリックが、この部屋に今日は入るなって言ってたから怪しいと思って待っていたのよ」

「今日、工事する予定だったからな、岩の下敷きになって怪我したら困ると思ったんだろう」

「それならそう言ってくれればいいのに」

「エリックにはエリックの考えがあるんだろう」


 きっと秘密通路が完成してから、教えて驚かせようと思っていたに違いない。

 そんなことを考えていると、部屋にエリックが走ってきた。

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