第63話

 エリックは慌てている様子だ。

 かなりの速さで走っていたが、足音がしない。さすがの身のこなしである。


「あなた。そんなに走ったら、はしたないわ」

「あ、ああ。すまない。つい」


 エリックはレフィに謝る。それから、俺を見て言う。


「今日来るって言ったから、朝からずっと待っていたのだぞ! 遅いではないか」

「すまん。石材とか買いに行ってたんだ」

「そ、そうか。そういうのも必要だな。俺が用意してやれればいいのだが」


 エリックに用意させたら、記録に残る。

 秘密通路は、ことに機密に関することである。

 だから、俺が一般人として材料を手に入れたほうが良いと思ったのだ。


 そんなことを話していると、レフィがエリックの袖をつかんだ。


「ところで、あなた。これは何なの?」

「秘密通路だ」

「つまりどういうことかしら?」


 エリックは丁寧に説明する。

 俺の屋敷と、王宮がなぜかつながっていたこと。

 恐らく先々代の王の愛人との密通のための通路だと思われることなどだ。


「なるほど。そうだったのね」

「わかってくれたか」

「……あなた、どうしてこんな面白いもの黙ってたの?」

「いや……なに……。なんといえばいいか……」


 エリックはしどろもどろになっている。

 国王陛下も王妃レフィには頭が上がらないらしい。


 とりあえず、それは放置して、俺は扉をつけることにした。

 鍛冶屋で買ってきたミスリルの大盾だ。


「ルッチラ、そっちの方持ってくれるか」

「こうですか?」

「そうそう。ありがとう。シア。その工具を取ってくれ」

「了解であります」


 てきぱきと岩の壁を取り除き、ミスリルの大盾を設置していく。

 取り付けるための金具はあらかじめ買ってある。それもミスリル製だ。

 魔法で岩に穴をあけると、ミスリルの盾を加工したりしつつ取り付けるのだ。


「ここを止めれば、ひとまずは設置完了だ」

「……ラック。あいかわらず器用なのね」

「うおっ」


 ふと気づくと、すぐ近くでレフィとエリックに観察されていた。

 気配を消して近づくのはやめて欲しい。驚いてしまう。


「ロック。すまぬな」

「まだ、完成じゃないぞ」

「さきほど設置完了といったではないか」

「いや、これから魔法をかけるんだ」


 それから俺は硬化ハードニング状態固定パーマネンスの魔法をかける。


「魔法で鍵もかけたいんだが……。解錠資格を誰に与える?」

「俺と、レフィ、それに娘たちには与えたいな。娘たちを呼んでこようか?」

「それには及ばないぞ。エリックとレフィの血筋に許可を出せばいいだろう」

「そんなことができるのか?」

「できるんですか?」


 エリックだけでなく、ルッチラまで驚いている。

 ルッチラも魔導士だ。だから、この魔法の難度がわかるのだろう。


「普通は難しすぎて出来ないが、俺ならできるぞ」

「ロック、さすがだな!」

「さすがです!」

「ココッ」「ガウガゥ」

「すごいであります!」

「ラックはさすがね」

 一斉に褒められた。


「照れるからやめてくれ」

「いえ、本当に凄いでありますよ!」

「と、とりあえず、魔法の準備にはいるぞ。少し時間がかかるから待っていてくれ」


 それから、俺は照れ隠しの意味もあり、作業に入る。


「さすが高難度魔法。準備に時間がかかるでありますねー」

「さすがだな」「ココッ」

「本当に凄いです」「がう」

「相変わらずすごいわ」


 後ろでまだ絶賛の声が続いていた。

 そのとき、エリックが思い出したように言う。


「あ、そうだ。ロックも鍵を開けられるようにしておいてくれ」

「……いいのか?」

「そのほうが心強い」

「そうね、いざというときを考えると、ラックに来てもらえた方が心強いわね」

 エリックだけでなく、レフィもそんなことを言う。


「信用してもらえるのはありがたいが……」

「また、ヴァンパイアなどがわいた時に助けて欲しいからな!」

「そうか、それもそうだな」


 俺は自分にも解錠の権利を設定することにする。


 それから、俺は鍵作成に集中する。

 ただ、施錠ロックの魔法をかけるだけなら難しくない。

 単純な解錠アンロック条件を設定するのもさほど難しくはない。


 だが、特定の個人だけ開けられるようにするというのはとても難しい。

 条件に血筋を設定するのはさらに難しい。


 その上、一方通行では困る。

 両方から解錠できるようにする必要がある。


 難度の高い魔法となると、心躍るのが魔導士の性だ。

 俺はワクワクしながら、魔法を構築していく。

 魔導士であるルッチラも熱い視線を向けていた。


「エリック。この中心に手のひらを置いてくれ」

「こうか?」

「そうそう」

 一瞬、扉に描かれた魔法陣が光った。


「次はレフィ。頼む」

「こうね?」

 また魔法陣が光る。


 そして、俺も手のひらを乗せ、魔法陣を光らせる。

 それから、いくつかの工程を終えて、終了する。


「完了だ」

「おお、ロック。ありがとう! 開けてもいいか?」


 いま、扉は施錠されている状態だ。


「どうぞ。扉の中央の下の方に、王家の紋章があるだろ? そこに手のひらを置いてくれ」

「随分低い位置なんだな」

「王女たちが届かなかったら困るだろ」

「そうか。配慮感謝する」


 エリックが扉に手を乗せると、淡く光って、扉がかちゃりと開いた。


「おお」

「閉じるときはオートロックだから、普通に閉めればいいぞ。向こうから開けたいときはこの辺りに触れてくれ」

 紋章はないが、大体同じ位置に魔法で刻印しておいた。


「それは便利だな! ロック、ありがとう!」

「ラック。ありがとう」

 エリック夫妻に感謝された。


 それからレフィが首をかしげながら言う。

「ところで、さっきから気になっていたのだけど……。あなたはなぜラックのことをロックと呼ぶのかしら?」


 エリックはレフィに説明していなかったらしい。

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