第45話

 王宮にアークヴァンパイアが侵入した。

 それは由々しき事態である。


「セルリス、ルッチラ。アークヴァンパイアの強さはどうだった?」

「アークだと認識していたわけではないのだけど……たしかにつよいヴァンパイアがいたわね」

「幻術が効かない奴がいたので、おそらくあいつがアークだと思います」


 セルリスとルッチラの証言によると、やはり強かったらしい。


「まずいな」

「ああ、早急に対策を立てねばなるまい」


 ゴランとエリックは深刻そうな表情だ。

 王都は神の加護と呼ばれる結界に包まれている。

 そのなかにアークヴァンパイアが入り込めば、苦痛で動けなくなる。

 能力も発揮できない。その結果レッサーよりも弱くなるはずだ。


「神の加護の効果を弱める魔道具の類じゃねーか?」

「それはおとぎ話に出てくるアイテムであろう?」

「だが、そう考えるのが自然だろう? セルリス。ヴァンパイアどもの所持品は?」

「全部回収してあるわ」


 魔石の横に戦利品が積み上がっている。

 武器がほとんどだ。だがその中には用途のわからないものもいくつか混じっている。


「精査せねばなるまい」


 エリックが宮廷魔導士長と宮廷錬金術師長を呼び出して調査を命じた。


 そして、一息ついたとき、エリックが言う。


「ラック。国王として褒美をとらさねばならぬ。欲しいものはあるか?」

「あー、そうだな。とりあえず10年前の俺の財産を使えるようにしてくれると助かる」

「すぐに手配しよう。だがそれはもともとラックの物だ。褒美ではないぞ?」

「じゃあ、家かなー?」


 すぐにゴランとセルリスが反応した。


「え? やっぱり、俺んちがいやなのか!」

「ラックさん、ずっと住んでいてくれていいのよ?」

「そういうわけにはいかないだろ。奥方だってそろそろ帰ってくるんだろう?」

「ラックの気持ちはよくわかるぞ。人の家というのは落ち着かないものだ。ゴランも無理を言うでない」

「だが……。まあそうかもしれねーが」


 エリックの説得でゴランはしぶしぶ了解してくれた。


「ふむ。王宮に来てもよいのだが?」

「いや、それも少し嫌だぞ」

「……そうか」


 エリックも少し残念そうな顔になる。

 王宮には人がいっぱいいるので、居候感は逆にないのかもしれない。

 だが、何千人の知らない人と同居というのは気が休まらない。


「俺は俺の家が欲しいんだよ」

「そうか。それならば仕方あるまい。場所や広さに希望はあるか」

「任せる」

「それならば、いい家に心当たりがある。任せておくがよい」

「あ、でも、ゲルベルガ様とルッチラも同居するからな、少し隣の家との距離が欲しいかな。あと庭も」

「それなら問題ない。まさに条件にぴったりである」


 鳴きたいときに鳴けないとゲルベルガが可哀そうだ。


「あ、配慮ありがとうございます」

「ココゥ」


 ゲルベルガを抱えているルッチラが頭を下げた。

 そのとき、ハイロードの部屋から助けてきた狼が俺の横に来て手をぺろぺろ舐めた。

 自分も忘れないでくれと言っているかのようだ。


「がう」

「安心しろ。お前も一緒だからな」


 それから、俺たちは王宮に部屋を借りて寝た。

 狼とゲルベルガ、そしてルッチラと同じ部屋で寝た。



 次の日、王宮のメイドに起こされる。

 朝ごはんを食べ、身支度を整えたころ、再びメイドがやってきた。

 論功行賞を行うということで、ルッチラとともに謁見室へと向かう。


 謁見室には狼の獣人族の族長たちとシア、ゴランとセルリスがすでにいた。

 全員がそろうとエリックがやってくる。


「皆の者。大儀であった。ヴァンパイアの跳梁ちょうりょうを防げたのはそなたたちの功績である」


 エリックはそういって、順番に褒美を与えていく。

 獣人族の族長たちとシア、ルッチラには騎士爵と褒賞金が与えられた。

 族長以外の獣人族の戦士にもそれなりの額の褒賞金が出たようだ。

 それから獣人族の希望する者には王宮警備の職も与えられた。

 エリックの考えた、ヴァンパイア対策だろう。


 そして、ゴラン親子には褒賞金が、俺には屋敷が与えられた。



 論功行賞が終わった後、獣人族の族長の一人が駆け寄ってきた。


「シアがお世話になりました」

「あたしの父であります」


 シアの父は右手を三角巾でつるしていた。


「お怪我は大丈夫ですか?」

「まったくもって大丈夫ですよ」

「父は安静にしろと言われていたのに、昨日の戦闘に参加したでありますよ。死にたいでありますかね」

「ははは。今朝から娘に怒られてばかりです」


 そういって、シアの父は困った顔になる。だが、尻尾は揺れている。

 娘が心配してくれて嬉しいのだろう。


 話を聞くと、シアの父は一族の皆が止めたのに無視して参戦したのだという。


「本当に危ないですよ」

「まったくもってその通りでありますよ」

「だが、我が一族は力を合わせてロードを二体倒しましたからな」

「それはすごいですね」

「全快ならばもっと活躍できたはずですが」


 シアの父は少し悔しそうだ。

 獣人族の他の部族との関係上、族長が参戦しないというのは体裁が悪いのかもしれない。


「あたしが活躍するからいいって言ったのでありますが……」

「娘を死地におくって、俺だけぬくぬくしていられるか!」


 それからシアの父に何度もお礼を言われて、俺も何度もお礼を言った。


 昼過ぎ、俺はエリックが用意してくれたという家に向かった。

 さすが国王、一晩で家を用意してくれたのだ。

 エリックにはいい物件に心当たりがあると言っていたので、きっとその家だろう。


 ルッチラやシア、ゴラン、セルリスたちもついてきてくれた。

 馬車に乗って、家に向かう。あっという間に到着した。


「これなら徒歩でよかったな」

「馬車で移動するのが、貴族の常識なんだろ」

「それにしても、この家、少し大きくないか……」

「そうでもないだろ?」

「いや、でかいって」

「なんか、しばらくまえに断絶した男爵家の家らしいわ」


 そんなことをセルリスが言う。

 貴族の屋敷ならば、納得の広さである。

 二階建てで、部屋の数が20ぐらいありそうだ。


「掃除が大変だろ……」

「掃除夫を雇えばいいわよ」

「それはそれで、面倒だな」


 困っている俺をみて、ゴランが言う。


「なんなら俺んちに来るか?」

「いや、やめておこう」

「そ、そうか」


 だが、ゲルベルガと狼は広めの庭を気に入ったようだ。


「コッコケー」

「がうがう」


 一羽と一匹は庭を楽し気に走っている。

 その様子をみながらシアが言う。


「広くていいでありますねー」

「シアも王都に来たときは泊って行っていいぞ」

「いいでありますか?」

「想定以上に広いしな」

「助かるであります!」


 シアは嬉しそうだ。尻尾がぶんぶんと揺れている。

 そんなシアのもとに狼が駆けよる。


「がうがぅ」

「可愛い狼でありますね」

「そうだな」

「名前はなんにするでありますか?」

「がう」


 狼が期待を込めた目でこちらを見てくる。


「えっと……」

「がう」

「もう少し考えさせてくれ」

「がぅ……」


 狼は少ししょんぼりしていた。


「しっかり考えるからな」

「がふ」


 狼とゲルベルガたちとの新居での生活に俺の胸は期待に膨らむのだった。

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