第44話

 俺たちは巨大な檻の前に集まった。

 檻の中には馬ぐらい大きな狼がいた。狼は熟睡しているようだった。

 檻を見てゴランが言う。


「これ、ミスリルか?」

「ミスリルとオリハルコンの合金っぽいな」


 檻はドラゴンでも閉じ込められそうな頑丈さだ。

 シアが檻に近づき、真剣な顔で調べ始めた。


 それを後ろから見ながらエリックが言う。


「立派な狼であるな……魔獣であるのは間違いないだろうがヴァンパイアハイロードの使い魔であろうか?」

「わからねえ」


 ゴランも首を傾げている。


「使い魔ならこれほど厳重に檻にはいれないんじゃないか?」

「それもそうだな」


 そんなことを話していると、シアが立ち上がってこちらを向く。


「わかったでありますよ。霊獣であります」

「霊獣の狼ってことか?」

「はい。狼の霊獣は、神話では我らの祖先とされているでありますよ」

「なるほど、ルッチラにとってのゲルベルガさまみたいな?」

「少し違うであります」


 シアが説明してくれた。

 狼の霊獣と、狼の獣人は神話的に祖先が共通だと考えられているのだという。

 だからシアたちにとって、狼の霊獣は遠い親戚といった感覚らしい。


「ゲルベルガさまみたいに崇め奉っているというのとは違うであります」

 だが、互いに敬意を払う関係なのだという。

 そして、霊獣の狼も狼獣人と同様にヴァンパイアの魅了や眷属化などが効かないらしい。


「とても賢いので、言葉も通じるし、暴れたりすることもないでありますよ」

「そういうことなら解放するか」

「そうだな」


 俺は檻の扉を開けることにした。

 魔法で鍵がかけられていたが、無理やり解錠した。

 扉が開いても狼は眠ったままだ。


「おい。起きなさい」

「がう……」


 ゆすっても起きない。


「これは……眠りの雲スリープクラウドの効果じゃないか?」

「かもしれない」


 精神異常への耐性自体は低いのかもしれない。

 俺は魔法解除ディスペルマジックを狼にかけた。


「が……がう! う、うー!」

 狼は起きると、俺たちから距離をとるように、檻の隅へと飛んだ。

 そして、唸りはじめる。怯えて警戒しているのだろう。


「落ち着け。危害は加えないからさ」


 そう言いながら、自分も檻に入り手を伸ばすと、

「がうがうがうが……」

 とびかかってきた。暴れたりしないというシアの言葉は何だったのか。

 牙をかわして潜り込む。爪は障壁で防ぎながら、抱きしめた。


「暴れなくていい。もう吸血鬼は倒した」

「が……がう……」


 しばらく暴れようとしていたが、大人しくなった。


「恐らくでありますが……ここにいたということは、狼獣人の力の秘密を解明するための実験動物にされていたのかも」

「そうなのか?」

「がぅ」


 返事の仕方から言って、そうなのかもしれない。とても可哀そうだ。

 しばらく抱きしめた後、俺は狼を放す。


「もう自由だぞ。好きにしていいんだぞ」

「がう」

 狼は尻尾を振って、俺の顔を舐めた。きっとお礼を伝えているのだろう。


「一応、檻も持って行った方がいいな。オリハルコンだからな!」

 そんなことを言いながら、ゴランは檻を魔法の鞄に放り込んだ。


「ゴランの鞄すげーな」

「だろう? いい奴だからな」

 ゴランはどや顔をしていた。


 それから俺たちは他の部屋なども見て回る。

 眠っているレッサーを殺し、捕らえられた人間がいないか調べるためだ。

 結果、狼の獣人5人と人間20人を保護することに成功した。


 俺たちがハイロードの拠点から外に出ると、そこには狼獣人の戦士が数百人いた。

 ヴァンパイアロードたちを倒した後、加勢に来たらしい。


「ハイロードは討伐した。これは皆の勝利であるぞ!」

「「おおおおお!! わんわーん!」」


 エリックがそう宣言し、狼獣人族から勝どきの声があがった。

 シアと狼も一緒に、「わんわーん!」と叫んでいた。

 それが狼獣人の勝どきの声なのだろう。


 それから、獣人族たちに後処理を任せると、俺たちは馬で王宮へと戻る。


「なんか、ついてきてねーか」

「そうだな」


 なぜか狼がずっとついてきていた。

 俺は馬から下りて、狼に言う。


「どうした? 好きにしていいんだぞ」

「がう」

「好きにしていいのだからこそ、ラックさんについてきているでありますよ」

「がう!」


 シアの言葉に同意するように狼は鳴いた。


「ラックさんに助けてもらったと思っているでありますねー」

「いや、助けたのは俺一人ではないんだが……」

「がう!」

 狼はぺろぺろと俺の口を舐めてくる。可愛い。


「懐いているでありますねー」

「じゃあ、一緒に来るか?」

「がう!」

 狼の尻尾がぶんぶんと揺れた。


 そのまま、俺たちは王都に戻り、王宮へと向かった。


 可愛らしい王女二人に出迎えられる。


「おかえりなさいませ。ご無事で何よりです」

「おかえりにゃさいませ」

「お前たちも無事で、父は嬉しいぞ」


 エリックが嬉しそうに娘たちを抱き上げる。


「セルリス姉さまが守ってくれましたから」

「セルリスねーさま、すごいんだよー」

「そうなのか」


 王女の指さす方を見ると、部屋の端の方にセルリスとルッチラがいた。

 その前には魔石が積み上げられている。


「かなりの数じゃねーか」

「パパ。これらの魔石はただのレッサーよ? 私とルッチラなら難しくないわ」

「そんな。ぼくは幻術つかってただけですから」

「二人とも見事だぞ」


 ゴランに褒められ、セルリスとルッチラは照れていた。

 ルッチラの幻術とセルリスの剣技は相性がいいのかもしれない。


「全部で何体襲ってきたのか?」

「15体です」

「それは恐ろしいことだ」


 エリックの顔が引きつっている。いくらレッサーとはいえ15体は尋常ではない。


 俺は一応セルリスたちの倒した魔石を調べる。


「む?」

「どうした?」

「これ、アークヴァンパイアの魔石が二つ混じってるぞ」

「そんなバカな。神の加護の中だぞ」

「だが、これを見ろ」

「確かに……これはアークヴァンパイアの魔石だな」


 じっくり調べなければならないだろう。

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