第35話

 エリックが前線に出るのは、まずい気がする。

 最高指揮官が討ち取られることで敗北した軍など歴史上いくつもあるのだ。

 最高指揮官は前線に出るべきではない。

 たとえそれが比類なき力を持つ勇者であってもだ。


 そのようなことを言って俺は説得しようとした。

 だが、エリックは首肯しない。


「その時は王太弟に国王をやらせればよいではないか」


 今の王位継承順位の第一位はエリックの弟である。

 十年前に会った時は、賢そうな少年だった。

 いまはどう成長したのか、俺は知らない。


「そうはいってもなぁ」

「我が弟は名君になるだろう」

「そういうことじゃなくて……」

「いや、そういうことなのだ」


 そしてエリックは断言する。


「国王は弟にも務まる。俺よりも良き王になるやもしれん。だが当代に勇者は俺しかいないのだ」

「それは、そうかもだが……」

「グランドマスターも代わりはいくらでもいるがな、Sランク戦士ゴランの代わりはそういない。だろ?」


 ゴランまでそんなことを言う。事実なので、反論できない。


 エリックとゴランたちなら魅了にも抵抗できるだろう。

 エリックたちから吸血するのは魅了よりさらに難度が高い。

 首筋に噛みついて、血を吸って、代わりに自らの血を送り込む。

 ゴランたち相手にそんなことができるとは思えない。

 たとえヴァンパイアハイロードであってもだ。


「じゃあ、エリックとゴランにも同行してもらおうか。シアもそれでいいか?」

「も、もちろんであります!」


 そしてシアは頭を下げる。


「よろしくおねがいするであります。かの大英雄たちとともに戦えるとは光栄の至りでありますよ」

「こちらこそよろしく頼む。ヴァンパイア狩りはおそらくシア殿の方が経験があろう。勉強させていただこう」

「ギルドの有望な若手とともに戦えるのは楽しみだ」


 エリックとゴランとシアは互いに握手をしていた。

 それを見ていたルッチラも真剣な顔で言う。


「ヴァンパイアは我が一族の仇。ぼくも参加したいのですが……。ゲルベルガさまの保護が第一です」

「ルッチラ、気持ちはわかるぞ」

「口惜しいですが、皆様にお任せするしかありません。ヴァンパイア討伐よろしくお願いいたします」

「ガハハ! 任せとけ!」


 ゴランが盛大に笑って、ルッチラの肩をバシバシ叩いた。

 それから、具体的にどう討伐するかの相談を始める。


 しばらく相談をしていると、

 ――ゴガッ、ドッドガ、カキンカカ

 隣の部屋から物騒な音が聞こえてきた。


 何かよくないことが起こったのだろう。

 全員が一斉に動く。だが、ルッチラは遅れた。魔導士だから仕方あるまい。


 先頭で部屋を飛び出したのは俺だ。

 次にエリックとゴランが続く。


 一気に不穏な音が響いている隣室へと突っ込んだ。


「このっ!」

 セルリスが、レッサーヴァンパイアと戦っていた。

 足元にはすでにヴァンパイアが一体転がっている。


 王女二人とゲルベルガをその背後にかばいつつ、セルリスは剣をふるっている。

 どうやら狙いは王女ではなくゲルベルガらしい。


 セルリスは一体の攻撃を防いでいる。

 その横から、ゲルベルガを目掛けて別のヴァンパイアが迫る。

 即座にセルリスは目の前のヴァンパイアの顎を真下から上へと蹴りぬいた。

 ぐしゃりとヴァンパイアが崩れ落ちるのと同時に、セルリスは剣を投げつける。

 ゲルベルガを目指すヴァンパイアに向かって的確に剣は飛ぶ。

 剣を避けるため、ヴァンパイアは宙に跳んだ。


「セルリス。よくやった!」


 俺はそういいながら、宙に浮かんだヴァンパイアにとびかかる。

 右手で額をつかむと、そのままドレインタッチを発動した。


「ぐがあががああ」

 ヴァンパイアの顔色が一気に土気色になった。力が抜け、ひざから崩れ落ちる。

 魔力をほとんど吸い取ったのだ。


 エリックは娘のもとへと走る。

 ゴランはセルリスの足元に横たわるヴァンパイアに駆け寄った。


 その瞬間、ヴァンパイア二体は同時にゴランに襲いかかる。

 死を擬態していたのだろう。


「調子に乗るな。下等魔物が!」


 ゴランはヴァンパイアの顎に左手の裏拳をあてる。

 顎が砕け、牙が折れて宙を舞う。

 ほぼ同時にもう一体のヴァンパイアの首を右手でつかんでへし折った。


 ヴァンパイアを殺せば灰になる。残されるのは討伐証明品の魔石だけだ。

 セルリスはともかく、ゴランは知っているので、擬態にだまされるわけがない。


 そのころにはエリックは娘のもとにたどり着いている。ぎゅっと抱きしめた。


「大丈夫か? 怪我はないか?」

「うん。お父さま大丈夫よ?」

「せるりすねえさまがまもってくれたの!」


 この状況なのに、王女二人は怯えていない。

 なかなか肝の太い幼女である。


 俺は無力化したヴァンパイアをシアに任せると、ゲルベルガに近寄る。


「ゲルベルガさま。大丈夫か?」

「コココォー」


 バサバサバサとはばたいて、俺の胸元に飛んでくる。

 俺はそれを受け止める。

 ゲルベルガはかすかに震えていた。


「ココォ」

 ゲルベルガは俺に密着すると肩の方に首を伸ばす。

 抱きしめて欲しいのだろう。


「もう安心だからな」

「ココ」


 どうやら怖かったらしい。

 しばらく抱きしめてやるとゲルベルガは落ち着いた。

 そこでやっと、ルッチラに引き渡す。


「ココゥ」

「ゲルベルガさま。大丈夫ですよ」

「コゥ」


 ルッチラに抱かれて、ゲルベルガは大人しくなる。


 奇襲されたにもかかわらず、けが人は出なかった。

 セルリスの対応がよかったおかげだ。


「セルリス。こいつらはどこから入って来た?」

「そこに急に魔法陣が浮かび上がったの。そして魔法陣の中から三体のヴァンパイアが順に……」

「なるほど」


 転移魔法陣の類だろう。

 王宮には魔法的な防御もしっかりとなされているはずだ。

 容易に転移魔法陣を書き込めるわけがない。

 だが、外から完成した転移魔法陣を運び込むならば可能だろう。


 俺は魔導士として痕跡を探す。

 その背後では、シアとゴランがヴァンパイアの尋問を始めていた。

 もちろん王女二人はエリックが別室に連れて行っている。


「これは……」


 俺は、強い魔力を感じるアイテムを見つけた。

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