第36話

 それはただの皿だ。それなりに高級な陶器製だが、ただの大皿だ。

 一般家庭にあれば、目立つだろうが、王宮にある分にはとても自然である。

 だが、その皿から異様な魔力を感じるのだ。


「セルリス。この皿はいつからここにあった?」

「さっき、メイドさんがおやつを入れて運んできてくれたものよ」


 俺はよく皿を観察する。

 皿の裏に魔法陣が刻まれている。転移魔法陣の一種だ。

 とても高度な魔法陣で、容易に作れるものではない。

 しかも、まだ魔法陣は生きている。

 魔法陣に魔力を流して励起れいきさせればどこかに行けるだろう。


 だが、どこに繋がっているかわからない間は怖くて使えない。


「セルリス。そのメイドさんとやらに話が聞きたい」

「わかったわ」


 走って駆けだそうとするセルリスを俺は止める。


「シアもセルリスと一緒に頼む。眷属か魅了にかかっている可能性がある」

「わかったであります!」


 シアとセルリスが駆けだしていった。

 セルリスはメイドの顔を知っている。それに戦闘力も充分だ。

 だが、ヴァンパイアの眷属や魅了されたものへの対応に不安が残る。

 ヴァンパイアの専門家であるシアが同行すれば、その点は大丈夫だ。


「さて」


 俺はゴランが抑えているヴァンパイアを調べる。


「レッサーだよな?」

「そうだな。まあレッサーじゃないと王都内で活動するのは無理だろうしな」


 神の加護と呼ばれる結界により、上級魔物ほど王都内では力が抑えられるのだ。

 レッサーでも制限されているのだが、呪符やらを大量に使えば活動できる。


 レッサーヴァンパイアたちは三体とも縄で拘束されている。

 アークヴァンパイアなら、霧への変化などで、逃げられる可能性がある

 だが、レッサーは霧に変化することができないので縄でも充分なのだ。


 ゴランが尋問をしているが、まったく答えない。


「とりあえず、俺に任せてくれ」


 俺はレッサーヴァンパイア三体相手にまとめて、幻術を発動する。

 ルッチラからラーニングした幻術だ。


 見せる幻はヴァンパイアロードである。シアと一緒に討伐した奴だ。

 ロードが部屋に飛び込んできて。俺やゴランを叩きのめす。

 そんな幻をまず見せる。

 そして幻のロードに語らせる。


「むざむざと捕まりおって、恥を知れ」

「も、申し訳ございません」


 ロードが王都にいることを疑問にすら思っていない。

 レッサーたちを幻術による認識阻害の術にかけることに成功したのだ。


 幻を見せるだけよりも、認識阻害状態にするほうがはるかに難しい。

 ルッチラもセルリスを認識阻害状態にした。

 だが、魔力の高い俺には幻を見せることしかできなかった。


「誰の配下だ?」

「第六位階のロード閣下です」

「あいつか」


 全く誰か知らないが、とりあえず、ロードの幻にはそう答えさせておく。


「第六位階の奴の配下が、こんなところまで何しに来た?」

「神の鶏をとらえに……」

「俺は聞いておらぬ。ハイロードさまから俺が受けた重要な使命を邪魔しおって」


 ロードの幻にそう言わせて、にらみつけさせる。

 怯えた様子で、レッサーが語る。


「だ、第六位階さまが、ハイロードさま直々に命じられたとのことで」

「ご存知の通り、第六位階さまは人間の眷属が多くおり、王宮にも多数侵入しておりますゆえ」


 重要な情報を知ることができたと思う。

 王宮にも侵入しているとは、恐ろしい話だ。


「ハイロードさまが? ならばすれ違いがあったのやも知れぬな。第六位階に挨拶せねばならぬだろう。第六位階はどこにおる?」

「はい。それは……」


 レッサーヴァンパイアは教えてくれる。

 王都から歩いて1時間足らずの村だった。


「魔法陣を通れば、第六位階のもとに行けるのか?」

「はい、そうなっております」

「そうか。ところで……」


 俺はまだ情報を引き出そうとした。


 だが、

「うぐうううがああはっ」

 レッサーヴァンパイア三体は、同時に苦しみだした。

 そして血を吐いて動かなくなり、魔石を残して体が灰へと変化していく。

 俺は幻術を解除した。


「見事な幻術だったぞ。ヴァンパイアも見事にペラペラしゃべっていたな」


 感心した様子でゴランが言う。


「ルッチラの幻術を真似させてもらった。勝手に真似してすまない」

「いえ、全然かまいません! ラックさんに真似していただけるなんて光栄です。ぼくよりうまいかも」

「コッコ!」


 ゲルベルガも興奮気味に鳴く。

 ルッチラが首をかしげる。


「それにしても、どうして急に灰になったんでしょう?」

「一定時間が経てば、死ぬ毒でもあらかじめ飲まされてたんだろうさ」


 灰を調べていたゴランが言う。恐らくゴランの見立ては間違っていない。


「ゴラン。俺はちょっと、第六位階とやらを殺してくる」

「なんだと?」

「魔法陣を向こうからふさがれる前に飛び込んでおこうと思ってな」

「俺もともに行こう」

「いや、ゴランは王宮を頼む。まだ、第六位階の配下がいるらしいからな」

「そうか、任せろ」


 俺が魔法陣に飛び込もうとしたとき、

「捕まえて来たわ!」

 セルリスとシアが帰ってきた。メイドを一人捕まえている。


 メイドは、舌をかまないよう口に布をかまされ、腕は後ろでくくられていた。

 シアの判断だろう。


「眷属ではないであります」


 眷属ならば、シアは見分けられるのだ。眷属ではないとすると恐らく魅了だ。

 魅了にかかった人間を外から見分けることは難しい。


「魅了ならまだ助かるでありますよ」


 シアはほっとしたようだった。

 眷属にされていれば治すことは、ほとんど不可能だ。

 だが、魅了ならば治療可能だ。


「治療するには、優秀な治癒術士が必要でありますから……」

「急いで呼んできた方がいいわね」


 駆けだそうとするセルリスを止める。


「少し待ってくれ。ヴァンパイアの影響下にあるものは、まだ沢山いるようだ」

「そ、そうなの?」

「ああ、だからゲルベルガさまの防衛に専念してくれ」

「わかったわ」

「任せるであります」

「俺はちょっと第六位階とやらを殺してくる」


 支配者たるヴァンパイアロードを倒せば、魅了は解け、眷属は灰になる。

 だから、ロードを倒すのが先決だ。


 俺は魔法陣に魔力を流して、励起させる。

 そして、転移魔法陣に飛び込んだ。

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