第32話

 ルッチラもどうやら英雄ラックのことは知っていたらしい。


「ロ、ロックさんは、あの英雄ラックだったのですか?」

「ココッココッ」

「そ、そうだぞ」


 ゲルベルガまで驚いているのか、細かく鳴いている。

 まさかゲルベルガが英雄ラックを知っているとは思わなかった。


 ルッチラは北の遠くに住む部族の一員だと聞いている。

 北の方まで英雄ラックの名は轟いているのかと思うと少し憂鬱になる。


「だから、エリックとも仲がいいんだよ」

「そうだったのですね。すごいです」

「コッコ!!」


 ゲルベルガがバサバサとはばたいて俺のひざの上に飛んできた。

 ニワトリも短い距離なら飛べるのだ。


「ど、どうしました? ゲルベルガさま」

「ココゥ!」

「ゲルベルガさまは英雄ラックに挨拶がしたいようです」

「そうなのか」


 ルッチラがそういうなら、そうなのかもしれない。

 だが、本当にルッチラはゲルベルガの言葉がわかるのだろうか。

 多分わかってない。そんな気がする。


「コゥコッコ」

 そう鳴きながら、ゲルベルガは俺の肩の方に首を伸ばす。

 まるでハグを求めているようだ。

 俺はゲルベルガをそっと抱きしめた。


「コゥ」

 ゲルベルガは機嫌よさそうに鳴く。


「ゲルベルガさまは、英雄ラックの物語が好きでしたからね」

「そうなんだ」

「はい。絵本を読んであげると喜んでいました」

「え、絵本?」


 そんなものがあるとは知らなかった。

 俺はゴランの方を見る。


「ああ、そういえば、そんなのもあったな。民の識字率向上を目指してエリックの奴が国中に配ったんだよ」

「うちにもあるわよ? 読んでみる?」

「……いや、必要ない」

 自分の絵本を読みたいとはあまり思わない。


 その後、ゴランが王宮に連絡を取ってくれる。

 すぐに謁見の許可がおりて、エリックに会えることになった。


「緊張するであります」

「そんな緊張しなくても大丈夫よ?」

「そ、そうでありますか?」


 緊張するシアをセルリスが元気づけていた。

 ゴランの持つ馬車に乗り、すぐに王宮へと向かう。


 王宮につくと、侍従じじゅうが応接室のようなところへと案内してくれた。


「ここが、王宮でありますかー」

「すごいですね」

「コッコ!」


 シアとルッチラはきょろきょろしている。

 ルッチラに抱かれた、ゲルベルガも興奮気味だ。


 俺も王宮は久しぶりだ。以前来たのは、十年以上前になる。

 雰囲気が少し変わった気がする。

 俺は応接室の中を見回した。おかれている調度品などが十年前とは変わっているようだ。

 質のいい物だが、豪奢ではない。エリックの好みだろう。


 その時、少年がお茶を運んできてくれた。

 所作はしっかりしているが、セルリスより若そうだ。


 少年が退室した後、ゴランに尋ねる。


「随分と若い侍従だったな」

「侍従の見習いだろ。エリックは徒弟とていを山ほど養っているからな」

「徒弟?」

「騎士見習い、侍従の見習い、料理人の見習い、いろんな職人の見習いとかいろいろ。2000人ぐらい養っているぞ」


 それは知らなかった。

 それにしても2000人は多すぎる気がする。


「教育政策の一環なんだよ。貧乏貴族の次男三男とか。戦死した騎士の子とかな」

「なるほど……」


 教育だけではなく、福祉政策でもあるのだろう。

 その他にも様々な効果が見込める。


 戦死した騎士の子を王宮で大切に育てることには大きな意味がある。

 自分が死んでも子供はしっかり国王が育ててくれるとなれば騎士の忠誠心は篤くなる。


 貧乏貴族の次男三男などは継承するべき爵位も領地もない。

 だからといって、一族の者だから雑な扱いもできない。

 その者たちを王宮で引き取れば、下流貴族層に恩が売れる。


「親を亡くした子も国中から集めて徒弟にしているからな」


 王宮で育てられた人物なら、独り立ちもしやすかろう。

 特に優秀なものは王宮でそのまま雇えばいい。

 育ててもらった恩があるから、エリックに忠実に仕えるに違いない。


「エリックも色々考えているんだなぁ」

「エリックは教育にも熱心なんだよ」


 そういって、ゴランは笑う。

 だが、教育に熱心な結果、英雄ラックの絵本が配られたと考えると笑えない。

 あとで絵本について、エリックに文句を言ってやろう。


 そんなことを考えていると、扉が開く。

 エリックが満面の笑顔で入ってきた。


「おお、ラック。元気でやっておったか?」

「ああ、おかげさまでな」

「それは何よりである」


 そんなエリックの後ろには二人の幼女がいた。

 10歳前後と3、4歳ぐらいの可愛らしい幼女だ。


「ラック。会うのは初めてだろう? 俺の娘であるぞ」


 あらかじめ全員が俺の正体を知っていることは伝えてある。

 だからいきなりラック呼びである。


「はじめまして。シャルロットです」

「はじめまいて。まりーです」


 マリーは緊張しているのか、挨拶の途中で噛んだ。

 そんなところも可愛らしい。


 姉のシャルロットが優雅に礼をする。

 それを真似してマリーも礼をするがたどたどしい。


「はじめまして。おじさんはお父さんのお友達のラックっていうんだ」

「お会いできて光栄です。フランゼン大公閣下。お噂はお聞きしております」

「ふぁー、えいゆうラックだー」


 フランゼン大公閣下と呼ばれたのは初めてだ。

 姉の方は大人びた態度である。とても落ち着いている。

 セルリスより大人びているかもしれない。

 一方、妹はきらきらした目で俺を見つめてくる。


 俺が全員をエリックに簡単に紹介する。

 紹介の後、マリーはゲルベルガに興味を持ったようだ。


「げるべるがちゃんっていうの?」

「コケッ」

「かわいいねー。よしよし」

「ココっ」


 マリーに撫でられて、ゲルベルガは機嫌よさそうに鳴く。

 小さい子供ということで、ルッチラも特に何も言わない。


 そんな様子を見ながら、俺たちは本題に入ることにした。

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