第31話
シアが丁寧に説明してくれる。
神鶏の血はとても神聖なもの。
それをヴァンパイアが吸うということは、神の血を汚すことに他ならない。
だから、とても冒涜的であり、それゆえに呪いが溜まるのだという。
「神聖なものを吸って呪いが溜まるなんて」
「ココゥ?」
ルッチラもゲルベルガもショックを受けている。
それを見てシアが補足してくれる。
「ネズミの血を吸うより人の血を吸った方が呪いは溜まるでありますよ。そして、ネズミを殺すよりも人を殺した方が呪いは溜まるであります」
「それは、そうね。そんな気がするわ」
セルリスがうんうんと頷いている。
「それならば、人の血を吸うよりも神の血を吸った方が、そして人を殺すより神を殺した方が、呪いは溜まる気がしてこないでありますか?」
「確かに……。そんな気がするわね」
セルリスは納得したようだ。
ルッチラやゲルベルガも同様だ。
「神聖で侵しがたい存在だからこそ、昏き者どもには狙われるでありますよ」
「ゲルベルガさまは神聖不可侵な存在ですから、そうかも知れないですね」
ルッチラは深刻そうな表情でつぶやいた。
俺はゴランに改めて言う。
「そういうことなら、ますます連れて行かないほうがいいと思うのだが」
「そうだな。それに異論はねーぞ」
「ということで、屋敷に結界を張らせてほしいのだが」
「それはありがたいが……」
ゴランは少し考えている。
結界範囲内は、結界を張った魔導士の影響下に入る。
魔法的に言えば支配下にはいると言っても過言ではない。
自分の屋敷が自分以外の支配下に置かれるのだ。
それは気持ちのいい物ではないだろう。
「やはり、結界はやめておくか?」
「いや、結界を張ってくれることには何も問題はない。神鶏さま抜きにしても、今からでも張ってほしいぐらいだ」
「そ、そうか」
ゴランはとても俺のことを信頼してくれているらしい。
それはとてもありがたい。
「そろそろ、俺もこの屋敷をでて、俺の家を手に入れないと駄目だとは思ってはいるんだ」
「えっ?」
なぜかゴランは驚いている。
いつまでも居候しているわけには行かないのは当たり前だ。
その上、ゴランの奥方も近いうちに帰ってくる。
友人と同居というだけならともかく、友人の妻と娘と同居というのは色々気を遣う。
家を出るのは当然だ。
「神鶏さまを保護するにも、そのほうが都合がいいしな。だが、ヴァンパイアハイロードの討伐を急がないといけないだろ」
「ちょっとまて」
「だから……、ってゴランどうした?」
家を手に入れる時間が惜しい。
だから討伐を終えるまで、ゴランの屋敷でゲルベルガを保護してほしい。
そう言いたかったのだが、ゴランに遮られてしまった。
「な、なぜ出ていくんだ? 飯がまずかったりしたか? 部屋が使いにくいか?」
「いや、飯はこの上なくうまいし、部屋も快適この上ないぞ」
「セ、セルリスが迷惑をかけたか?」
「私は迷惑なんて……あまり、それほどは……かけてない……と思うわ」
そういって、セルリスが申し訳なさそうな顔をする。
色々迷惑なことはあった気がしなくもないが、大したことではない。
「大丈夫。迷惑はかけられてないぞ」
「じゃあ、なぜ、そんなことをいうんだ」
「いや、単にいつまでも居候しているわけにはいかないだろ」
「いつまでも居候してていいぞ?」
「迷惑をかけるのもあれだしな」
「迷惑じゃねーし」
ゴランが全力で引き留めてくる。
「そうよ。ロックさんはいつまでも居候すればいいわ! ね、パパ」
「そうだぞ、いつまでも居候してくれよ」
セルリスまで加わって引き留めてくる。
居候をやめるのを、反対されるとは思わなかった。
「と、とりあえず、俺の独り立ちは後日話し合うってことで、今は神鶏さまの保護についてだ」
「お、そうだったな」
「神鶏さまをこの屋敷で保護してもらうってのは問題ないか? 一応結界を張るが、危険はある」
「ヴァンパイアが襲ってくるかもしれないからだな」
「ヴァンパイアロードクラスは王都の中には入れないだろうが、レッサーなら可能性はある」
大きな町には神の加護と呼ばれる結界が張られている。
というより、神の加護のある場所に大きな町ができるのだ。
神の加護は強力な魔物ほど制約を受けるという結界だ。
壊すには長い時間と多大なる労力が必要になる。
ヴァンパイアハイロードであっても、神の加護はたやすく壊せるものではない。
だから、ゴランがいなくても、セルリスさえいれば、おそらく守り切れるだろう。
「その危険っていうのも、かまわねーんだがな」
「なにか問題があるか?」
「エリックに頼まねーか?」
勇者エリックは今では国王だ。
「王宮の方が安全度は上だろ? 神鶏さまは神さまなわけだし、王宮でも丁重に扱ってもらえるだろ」
「……そう言われたら、そうだな」
俺には王宮に保護してもらうという発想がなかった。
エリックが国王であるというのは当然知っている。だが、普段は意識していない。
俺の中ではエリックは勇者なのだ。
頭ではわかっていても、どうしても国王とエリックというのが結びつかない。
それゆえ、頼るという発想に思い至らなかった。
「これは、反省しないとだな。確かに王宮の方が安全だ」
「そうね。確かに、王宮の方がいい気がするわ」
セルリスもうんうんと頷いていた。
「お、王宮ですか? だ、大丈夫なんですか?」
ルッチラは少し気後れしているようだ。
「大丈夫だぞ。エリックも優しいしな」
「国王のことを呼び捨てにするとは、ロックさんは一体何者なんですか?」
「あっ」
そういえば、まだルッチラには正体を明かしていなかった。
どうせバレるのだ。
あらかじめ、正体を明かしてから口止めした方がいいだろう。
「実は……」
俺は英雄ラックと呼ばれていることをルッチラに告げる。
「えええええええええええええええ?」
「コケッココォォォォ!」
ルッチラとゲルベルガは驚きのあまり大きな声を上げた。
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