第25話

 俺はセルリスに向けて言う。


「いい機会だし、家を手に入れるさ」

「えっ?」

「え? じゃなくてさ」


 セルリスが少し驚いていた。驚かれるようなことではないと思う。

 俺だって、いつまでも居候しているわけにはいかない。

 はやく新しい住居を手に入れるべきなのだ。


 ルッチラが遠慮がちに言う。


「ぼくも、ゲルベルガさまと一緒に住みたいのですが……」

「ああ、別にいいぞ」

「ありがとうございます」

「じゃあ、私も」

「セルリスは、立派な自宅があるだろ」

「え?」

「え? じゃなくてさ」


 セルリスはゴランの屋敷で過ごすべきである。そうでなければ、ゴランが心配する。

 それに、新しく手に入れる家はゴラン邸ほど大きくなる予定はない。


 それから、俺たちは、村に向けて移動することにした。

 村長に事態が解決したことを報告しなければならないのだ。


 歩き始めたとき、

「めぇぇ」

 後ろから鳴き声が聞こえた。


「む?」

「いま、羊の声が聞こえた気がするのだわ」


 セルリスがきょろきょろする。

 すると、ゲルベルガのいた岩の後ろの方から羊がひょっこりと顔を出した。


 俺はルッチラに尋ねる。


「あの羊って、最初の被害の?」

「最初の被害というのが、羊飼いの人たちを驚かしたことならそうです」


 ルッチラが言うには、羊飼いを脅したら、一目散に逃げだした。

 そして、一頭の羊が取り残されたのだという。

 ルッチラは羊を放置しようとしたが、懐いたらしくずっとついてきたらしい。


「村に羊を返せたら、喜んでもらえるな」

「そうですね」


 セルリスが、冒険者セットの中にあるロープを羊の胴体に結び付けた。


「さて行くわよー」

「めぇ」


 羊を連れて、セルリスが歩き出す。どこか嬉しそうだ。

 ルッチラもゲルベルガを両手で抱いて歩き出す。


「コケッ」

 ゲルベルガも懐いているのか、大人しい。

 

 ルッチラはキョロキョロしながら、恐る恐る進んでいく。

 それを見てセルリスが優しく微笑む。


「そんなに怯えなくても大丈夫よ?」

「でも、ヴァンパイアに襲われるかもしれないし」

「襲われても大丈夫だぞ」


 俺がそういうと、ルッチラが怪訝な顔をする。


「ヴァンパイアですよ? 恐ろしい敵ですから。遭遇しないのが一番です」

「この前俺がヴァンパイアロードを倒したという話はしたかな」

「いえ。狼の獣人の一族がヴァンパイアと抗争してたってのは聞きましたけど……」


 改めて、俺は説明しておいた。

 ゴブリン退治に出かけて、ヴァンパイアロードを倒したと説明する。


「ロックさん、ヴァンパイアロードを倒せたのですか?」

「Bランクの狼の獣人戦士の協力はあったがな」

「そうですか」


 そして、ルッチラはセルリスの方を見た。


「な、なによ?」

「いや、今は獣人戦士の方がいらっしゃらないから不安だなって」

「わ、わたしだって、剣技は鍛えているんですけど? 超強い戦士なんですけど!」

「へー、Fランクの割に、すごいですね」

「コッコケッ」


 ルッチラは全然信用していない様子だ。

 セルリスはルッチラに信用されてないのが悔しいのだろう。

 こぶしをプルプルさせている。


 特に何事もなく、村についた。

 村長に報告して、羊を引き渡すととても喜んでくれた。

 問題を解決して感謝されるのは、冒険者としてとても嬉しい。


 王都への帰り道、セルリスはご機嫌だった。


「ふんふーん」

 鼻歌まで歌っている。


「セルリスどうした?」

「喜んでもらえたなーて思っているだけよ」

「そうか、それはよかった」

「ココッ」


 ゲルベルガは、相変わらずルッチラに抱えられている。

 暴れることもない。たまに小さな声で鳴くぐらいだ。

 それを見てセルリスがぽつりとつぶやく。


「やっぱり、ニワトリにしか見えないわね」


 実は俺もセルリスとは同意見だ。

 だが、ルッチラの大切なゲルベルガさまに対して、ニワトリ呼ばわりはできない。


 ルッチラはやはり、セルリスの言葉に憤慨した。


「あなたねぇ! ゲルベルガさまを馬鹿にしてるんですか!」

「してないですー」

「なんで、にやついてるんですか!」

「にやついてないですー」


 まるで子供の喧嘩である。

 ある程度は好きにさせとけばいいだろう。


 そんなことを考えながら歩いていると、殺気を感じた。


 上空からルッチラに向けて高速で、何者かが急降下してきたのだ。

 俺は、急降下してきた何者かよりも速く動く。

 ルッチラを軽く押しのけ、何者かの首をつかんで地面に叩きつけた。


「ぐあああっ」

 何者かはヴァンパイアだった。地面にぶつかり血を吐いている。


「コッ!」

「えっ?」


 ゲルベルガとルッチラは驚いている。

 セルリスは殺気を感じて剣を抜くまでは出来ていた。なかなかの反応速度だ。

 だが、ルッチラをかばうまでは出来ていなかった。


 俺はヴァンパイアに向かって言う。


「まだ太陽は沈んでないぞ?」

「貴様……なにものだ?」

「レッサーヴァンパイアに名乗る名前などないわ」

「貴様! 愚弄するか!」


 怒るということはレッサーヴァンパイアではないのだろう。

 レッサー以外のヴァンパイアに、レッサーというのは挑発としてすごく有効なようだ。

 今後も使わせてもらうことにしよう。


「なにが狙いだ?」

「ゲルベルガさまを狙ったんですよ!」


 ヴァンパイアではなく、ルッチラが答えた。

 正解かもしれないが、俺はヴァンパイアから聞きたかった。


「ルッチラは少し黙っていて」

「はい。わかりましたけど……」


 改めて問いかける。


「ヴァンパイアロードにでも命じられたか?」

「誰がこたえるか!」


 ヴァンパイアはコウモリに変化しかけた。

 逃がすわけにはいかない。

 俺がドレインタッチを発動しようとしたその時、

「コケッコッコォォォオオオ!」

 ゲルベルガが高らかに鳴いた。


 次の瞬間、ヴァンパイアのコウモリになりかけていた部分が一瞬で灰になる。


「なんと!」

「やはり神鶏……逃がしてはくれぬか……」


 ヴァンパイアはそうつぶやくと、血を吐き、そして全身が灰と化した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る