第24話

 ニワトリは堂々と岩の上に鎮座していた。

 そこは古い遺跡のようだ。雨風はしのげそうだが、快適ではなさそうである。


 とても立派な雄鶏おんどりだ。上質の絹のような純白の羽、血のように真紅のとさか。

 綺麗なニワトリだ。

 だが、言い方を変えれば、羽が白くて、とさかが赤い。

 ぱっと見、どこにでもいるニワトリともいえる。


 セルリスが驚いて、こちらを見る。


「え? ニワトリ?」

「無礼な。神鶏しんけいたるゲルベルガさまにたいして、ニワトリ呼ばわりするなど……」

「コッコッ」


 ルッチラはセルリスのニワトリ呼ばわりに憤慨している。

 だが、どこからどう見てもニワトリだ。

 確かに白くてきれいだし、とさかの赤は目を引く美しさではあるのだ。


「コッコッコ」


 ルッチラの後ろでは、ゲルベルガが鳴いている。

 ルッチラが用意したのだろう。ゲルベルガの前には小さな餌箱が置かれていた。

 その中には草とか虫とかが入っているようだ。

 それをゲルベルガは食べている。その姿は、ニワトリそのものだ。


「あの、ルッチラ。えっと、ゲル……」

「ゲルベルガさまです」

「そのゲルベルガさまは、一体何者なんだ?」

「神鶏です」

「なるほど。その神鶏ってのは一体?」

「神の力を持つニワトリです」

「やっぱりニワトリじゃないの!」


 セルリスが突っ込んで、ルッチラに睨みつけられる。

 ゲルベルガは、興味なさそうに餌を食べていた。

 よく見たら、王者の風格的なものが漂っている気がしてきた。


 俺はルッチラに尋ねる。


「ルッチラ。まだよくわからないんだ。神の力というのはどのようなものなんだ?」

「そうですね……お話しなければならないでしょう」

「それに、ここから移動させられないっていう理由も知りたいわ!」


 セルリスが元気に尋ねると、ルッチラはキッと睨みつけた。

 ニワトリ呼ばわりをしたせいで、怒っているのかもしれない。


「セルリス。静かにしといて」


 ルッチラを刺激しないようにセルリスを黙らせる。

 しばらくして、ルッチラは静かに語りはじめた。


「神鶏さまは我が一族が祀る神様です」


 ゲルベルガの先祖は、その鳴き声で世界を目覚めさせたという伝説を持つらしい。


「世界を目覚めさせた……よくわからないわね」

「ゲルベルガさまにも、その不思議な力っていうのがあるのか?」


 ルッチラはどや顔になる。


「神鶏さまの力は、世界に境界を引く力です。世界を目覚めさせたというのも、朝と夜の境界をひいたということですから」

「つまり……どういうことなの?」


 ルッチラは、セルリスをみて呆れたような顔になる。

 でも、優しく説明してくれた。

 世界と世界の境界をはっきりさせるのだという。

 つまり、簡単に言うと次元の狭間への入り口を閉じることができるらしい。


「それは、すごいな」

「はい、すごいのです!」

「コッコ」


 ルッチラは嬉しそうにする。ゲルベルガはその後ろで毛虫を食べていた。

 ただのニワトリに見えるが、すごい力を持つらしい。


「なるほどー。すごいのね。それはそれとして、どうして動かせないの?」

「それは……」


 セルリスの言葉に、ルッチラは口ごもった。

 それから、沈痛な表情で語り始める。


 ルッチラの一族は、神鶏を代々守ってきたらしい。

 だが、襲撃されて、ルッチラ以外全滅してしまった。


「敵は恐ろしいヴァンパイアでした」

「ヴァンパイアか。強敵だな」


 この前戦ったヴァンパイアロードは次元の狭間への入り口を開こうとしていた。

 せっかく開いた次元の狭間への入り口を、神鶏に閉じられたらたまらない。

 だから、ルッチラの一族を襲ったのかも知れない。


「族長は、最も若いぼくに神鶏さまを託されて、逃げるように指示したのです」

「どこからここまで、逃げて来たんだ?」

「我が一族は北の方に住んでいます。その場所は……」


 ルッチラはかなり長い間旅をしてきたようだった。


「敵の追撃はしつこく……幻術と魔法を駆使して逃亡し続けてきたのですが、いつ逃げきれなくなるかわかりません」

「ヴァンパイアは厄介だからな」

「はい」


 深刻な顔でルッチラはうなずく。

 ヴァンパイアの血を吸って眷属を増やす能力も、魅了も厄介だ。

 近づいてきた人間が魅了されている可能性もある。眷属である可能性もある。

 そうなると、人間に近づけなくなってしまう。


 だから、ルッチラは幻術で人間を追い返し続けたのだろう。


「ここから動けないってのは、なぜなのかしら?」

「この場所は、古代の神殿の跡地で……ヴァンパイアよけの結界が張られているのです」

「そうなのか?」

「はい。一族に伝わる古代の地図に書いてありました」


 ルッチラははっきりと断言した。


 確かに遺跡の痕跡のようなものはある。だが、結界が張られている様子がない。

 本当にヴァンパイアよけの効果があるのだろうか。

 疑問になって、ルッチラに尋ねる。


「ここに来てから、ヴァンパイアが襲ってこなくなったのか?」

「いえ、最初は何度か襲ってきましたが、最近は襲われていません」


 本当に、結界の効果があるとは思えない。


 しばらく前に、シア一族がヴァンパイアの一族と抗争した。

 その結果、ヴァンパイアロード以外のヴァンパイアは全滅したのだ。

 ヴァンパイアロードも重傷を負って、ゴブリンを配下にして力を溜める羽目になった。

 そのせいで襲撃がやんでいるだけではないだろうか。


 そのことをルッチラに説明した。


「えっ? そうなんですか?」

「コッ、コケッ」

「そんな……、ぼくはどうすれば……」


 ルッチラはショックを受けている。


「仕方ない。王都に来るか?」

「いいのですか……? ご迷惑では?」

「王都には都市全体に魔物除けの結界が張ってあるからな。ヴァンパイアも近づきにくかろう」


 王都に限らず、大きな町には神の加護とも呼ばれる結界が張ってある。

 強い魔物ほど体に激痛が走り、力をふるえなくなるという結界だ。

 だから、ヴァンパイアロードが大きな町に入り込むことは、まずない。


「それでも、ヴァンパイアの眷属などに襲われるかも……」


 強い魔物ほど制約を受けるということは、逆に言えば弱い魔物は入りこめる。

 ゴブリンや魔鼠、そして下級のヴァンパイアの眷属程度なら受ける制約も少ない。

 無理をすれば、レッサーヴァンパイアなども入れるだろう。


「家に弱い魔物を弾く類の結界を張ればいいだろ。俺は魔導士でもあるからな。多少結界の心得はある」

「ロックさん……」


 ルッチラが感動してこちらを見てくる。

 そのとき、セルリスが言った。


「でも、ロックさんはうちの居候じゃない? ペット飼うの、パパが許してくれるかしら?」

「ゲルベルガさまはペットじゃないです!」

「コケっ」


 ルッチラが抗議して、ゲルベルガが可愛く鳴いた。

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