第23話

 少年をみてセルリスは身構える。

 魔族は魔力の高い種族だ。この辺りでは非常に珍しい。

 平均的に人族よりも戦闘力が高いものが多い。

 セルリスが小さい声で尋ねてくる。


「ま、魔族よね?」

「そうだな」


 俺は少年に笑顔で呼びかける。


「見事な幻術だったぞ」

「……あ、ありがとうございます」

「俺はロック。こっちはセルリスだ」

「……ぼくはルッチラです」


 そういって、ルッチラはぺこりと頭を下げた。

礼儀正しい少年らしい。


「それでルッチラは、なにを守っていたんだ?」

「……ええと」


 ルッチラは少し考える。

 話していいものか、悩んでいるのだろう。


「まあ、どうしても話したくないならそれでもいいぞ」

「えっ、いいんですか?」

「いいの?」


 ルッチラとセルリスがほぼ同時に声を上げた。

 性格が似ているのかもしれない。


「ギルドから受注したクエストクリア条件には、それは入ってないからな」

「そうかもしれないけどー」


 セルリスはやや不満げではある。

 セルリスの気持ちもわからなくもない。俺も正直知りたい。

 それでも、他人が絶対に隠したいものを無理やり聞き出すのは悪趣味だ。

 どうしようもない理由がない限りは、避けたい。


 俺はルッチラに優しく話しかける。


「ただ、村の人間たちは怖がっている。恐ろしい魔獣がいるってな。原因はわかるよな」

「はい、わかります」

「それは何とかならないか?」


 ルッチラの幻術のせいで、村人は怯えているのだ。

 ルッチラが幻術をやめてくれれば、村人の恐怖の原因を解消したことになる。

 それで、クエストはクリアだ。


「……難しいです」

「難しいか」


 それを聞いてセルリスがささやいてくる。


「難しいらしいわよ。どうしたらいいの?」


 俺はセルリスを無視してルッチラに語り掛ける。


「幻術で守っている何かがあるっていうのはわかるんだ。それは移動できないのか?」

「……移動ですか」

「移動の手助けぐらいならするぞ。場所が必要なら、探してもいい」


 金が必要でも、何とかなる。

 死亡扱いで国庫に入った俺の財産を返してもらえば、かなりの額だ。

 エリックにいえば、すぐ返してもらえるだろう。


「俺たちは別に無理やり暴こうとはしない。だが、このままだとクエストは失敗になる。それはわかるな?」

「はい。わかります」

「それはまあ、かまわないんだが……」

「かまわないの!?」


 なにやらセルリスがびっくりしていた。

 俺の袖を後ろから引っ張ってくる。


「ちょ、ちょっと、ロックさん、私は失敗したら困るんですけども」

「ちょっとぐらいの失敗なんて気にするなよ」

「気にするわよ……。初任務で失敗なんて……パパになんていわれるか」

「ゴランは気にしないぞ。それにFランクには降格がないからな」


 当たり前だが、ゴランは冒険についてとても詳しい。

 一度や二度の失敗でとやかく言うわけがないのだ。


 Eランク以上なら、成功率3割を切ると、ランクが下がる可能性が出てくる。

 だが、Fランクには降格がないので、失敗しても問題ない。


「なんてこというの? ……困るわ。私はパパに追いつくために早くランクを上げたいのだけど」


 ランクを上げるためには失敗は少ない方がいいのは確かである。


「セルリス、ちょっと黙っててくれ」

「……はい」


 セルリスは意外と素直に静かになった。

 俺は改めてルッチラに語り掛ける。


「クエスト失敗自体はどうでもいい」

「ッ」

 セルリスがびくりとしたが、無視をする。


「ただ、俺たちが失敗したとなると、別の冒険者が派遣されることになる。それはわかるな?」

「はい。わかります」

「次の冒険者は無理やり暴くタイプかもしれない。ルッチラごと討伐しようとするかもしれない」

「はい」

「それは、誰も幸せにならない。だからなるべく避けたい」


 ルッチラは真剣な顔で考え込む。

 俺は黙って待った。セルリスが後ろから袖を引っ張ってくるが無視をする。


 しばらくして、ルッチラが、意を決したように口を開いた。


「わかりました。ロックさんにはお見せしましょう」

「いいのか?」

「はい。捨てられた剣も拾っていただいて構いません」

「すまないな。あれは大事な剣なんだ」


 俺が剣を拾うと、ルッチラが言う。


「それではロックさん、セルリスさん。ついてきてください」


 ルッチラは深い森の中へ入って行く。山の方へ向かっているようだ。

 歩きながらルッチラに尋ねる。


「どうして、見せてくれる気になったんだ?」

「ロックさんには、ぼくの幻術が通用していないと思いました」

「いや、通用していないことはないぞ。ドラゴンは見えてたし」

「いえ、通用していません。本当のドラゴンに対するように戦っていなかったですよね」

「まあ、幻術だとわかっていたしな」


 ドラゴンに対するように戦うとは、セルリスのような戦い方を言う。

 爪や尻尾をかわしつつ、剣で切り裂く。そういう戦い方だ。


 俺は幻術だと知っていたので、魔力の塊を除去しようとした。

 そのことを言っているのかもしれない。


「ロックさんは、ぼくよりずっと強いと思いました。ぼくを説得するより、力づくで無理やり調べようとしたほうが簡単だったのではないですか?」

「まあ、それはそうだな」

「だから、信用することにしました」

「そうか、ありがとう」


 誠意が通じたのだ。かなりうれしい。

 だが、セルリスが後ろから袖を引っ張る。


「つまり、どういうことなのかしら?」

「えっと……またあとで教えてやる」


 セルリスはわかっていないようだ。だが解説するのはとても恥ずかしい。

 力づくでやった方が簡単なのに、説得しようとした。

 だから秘密を見せても力づくでどうにかしようとはするまい。そうルッチラは判断した。

 そんなところだろう。


 しばらく山道を歩いて、ルッチラが足を止める。


「到着しました」


 小さな祠があって、その中には立派で神々しい……、ニワトリがいた。

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