第7話

 しばらく歩いていくと、家畜の骨を見つけた。

 ゴブリンの食べたあとだろう。


「大切な財産が……」


 魔導士アリオが悔しそうに言う。

 さらわれた時点で家畜は無事では帰らない。そんなことは百も承知だ。


 だが、貴重な財産が失われた証拠を目にすると心中穏やかではないようだ。


「俺とジョッシュは農村育ちだからな」

「そうか。気持ちはわかる」


 俺とアリオが会話をしている間に、ジョッシュが家畜の骨を調べていた。

 スカウトとしての役割をよく理解している。手際が良い。

 ゴブリンの痕跡を見つけ調査し、巣穴の場所を見つけ出すのがスカウトの役割だ。


 俺はしっかりとジョッシュの仕事を確認した。

 スカウト技能については、俺も素人ではない。


 勇者パーティーは勇者、戦士、魔導士である俺の三人パーティーだった。

 エリックもゴランもスカウト的な技術が皆無だ。

 だから、俺がスカウトの役割も担当していた。


 鍵開けや、痕跡探し、罠解除などは魔法でも代用できるといえばできる。

 遠距離攻撃を担当するところは弓スカウトと似ている。

 だから、魔導士とスカウトは少し近いと言えなくもない。


 そんな俺から見て、ジョッシュの手際は中々なものだ。

 なかなか基本を押さえた筋のいいスカウトだ。


「ジョッシュ、本当にFランクか?」

「そうですよ? それがどうしましたか?」

「いや、見るところが的確だからな」


 骨についた歯形、肉の食べ残し、足跡の古さ、数。

 見るべきところは決まっている。

 それを的確に観察できるかは、経験がものをいう。


「そう言ってもらえると嬉しいです」


 ジョッシュは照れていた。

 詳しく聞くと、もともと故郷で狩人をやっていたらしい。


「道理で慣れてると思った」


 俺の言葉にアリオも嬉しそうにする。


「ジョッシュは、目端が利くいいスカウトなんだよ」

「褒めないでください」


 そんなことを言っている間に、ジョッシュは観察を終えたようだ。

 巣穴の方向を突き止めたのだ。


「こっちですね。そう遠くないと思います」

「了解した」


 俺たちはジョッシュを先頭に歩き出す。

 ジョッシュの出した結論は正しい。確かに巣穴はこちらにある。


 だが、ゴブリンの数が多いこと、ゴブリン以外のモンスターがいることを見逃している。


「ジョッシュ……」

「どうしました?」

「いや、何でもない」


 あえて何も言わないことにした。失敗から学ぶことは多い。

 だが、言わないことを選択した以上、責任が生じる。

 先達として、この二人の命の責任は俺にある。


 絶対この二人は死なせるわけにはいかなくなった。

 俺は気合を入れなおした。



 さらに歩いて、ゴブリンの巣穴らしきところまでくる。

 巣穴というより洞窟だ。恐らく、古い坑道だろう。

 入り口には見張りのゴブリンが二匹いた。


「やっかいだな」

「そうですか?」

「そうでもないだろ」


 俺の言葉をアリオたちは否定する。

 坑道は長い。そして鉱脈に沿って掘るため、迷路のようになっていることも多い。


 ゴブリン唯一の優位性である数を生かしやすい。

 アリオたちは、その点に気づけなかった。

 だから、アリオたちだけなら、確実に死んでいただろう。


 魔導士アリオが真剣な顔で言う。


「ゴブリンは夜行性だからな。明るいうちに仕掛けたほうがいい」

「それはそうだな」

「じゃあ、戦士の俺が先頭で行こう。最後尾はジョッシュが最適だろう」

「わかりました」


 アリオとジョッシュはうなずく。

 絶対、坑道の途中で後ろから襲撃される。


「ジョッシュ。後方からの攻撃への警戒を厳に頼む」

「はい。任せてください」


 俺は後ろに背負った魔神王の剣を抜く。

 なんど構えてみても、この剣はでかい。

 坑道のような狭い場所だと、振り回しにくいので向かないだろう。


「さて……」


 突入前に少し考える。一人ならば、突っ込んでいって、斬りまくればいい。

 魔法を使えばもっと簡単だ。坑道の入り口から大き目の魔法をぶち込めば一網打尽だ。


 だが、今回はアリオたちがいる。

 アリオたちの安全を確保しつつ、経験も積ませなければならない。

 それは結構難しい。


 考えていると、アリオが言う。


「ゆっくりと確実にゴブリンを仕留めて行こう」

「そうですね。ゴブリンは舐めたら危険ですから」


 ジョッシュはアリオに同意する。

 向こうから作戦を提案してくれた。しかも、見当違いでもない。

 採用すべきだ。


「それでいこう。俺が突っ込むから弓で援護してくれ。魔法は温存してくれ」

「了解しました」「わかった」


 俺は見張りのゴブリンに向けて走る。

 ゴブリンが俺に気づいた時にはもう遅い。ゴブリンの体が二つに分かれた。


「Gya……」


 その時にはもう一匹のゴブリンの頭にはジョッシュの矢が刺さっていた。


「やっぱりジョッシュ、腕がいいな」

「ロックさんこそ。見事な速さです」


 見張りを倒した後は、スピードが勝負だ。

 気づかれる前にゴブリンを倒す。

 もちろん、俺ならばどういう倒し方をしようが、どうとでもなる。


 だが、今日は新人がいる。見本となるような動きをしなければならない。


 最初の小部屋に入ると、寝ているゴブリンを音もなく倒す。

 俺一人で全部倒した方が簡単だ。だが、それでは意味がない。

 それからは、適度にアリオたちにもゴブリンを倒させながら奥へと進む。


 後方からの奇襲は二度あった。

 一度目はジョッシュはみごとに反応して見せたが、二度目は俺がフォローした。


「多くないですか?」

「もう30匹は倒したぞ」

「10匹程度だとおもったのですが……」


 やっとアリオたちも、ゴブリンの数を少なく見積もりすぎていたことに気が付いた。


「確かに多いな。そしてこういうゴブリンの群れは、ただのゴブリン以外が率いていることが多いんだ」

「ロック、つまり、どういうことだ?」


 アリオが声を震わせながら尋ねてくる。

 俺はそれには答えず、現状を認識させる。


「アリオ。ファイアーボールはまだ撃てるか?」

「無理をすれば……。だが、そろそろ限界だ」

「ジョッシュ。矢は充分か?」

「もう、残り三本しかありません」


 ほんの少しだけ考えて、アリオが言う。


「撤退しよう」

「ですが……」


 ジョッシュは悔しそうにするが、アリオは首を振る。


「これだけの群れを率いているんだ。ホブゴブリンやゴブリンマジシャンの可能性もある。魔法と矢が足りていない状態で突っ込むのは無謀だ」

「……そうですね」


 ジョッシュも同意した。賢いパーティーだと思う。

 新人特有の蛮勇がない。きっといいパーティーになるだろう。


 そのとき、

「GAAAAAAAA」

 最奥の方から、おぞましい声が響く。どんどん近づいてきていた。


「まずいぞ!」

「隠れましょう」


 アリオとジョッシュの判断は早かった。細い側道へと身をひそめる。

 そのすぐ後に、声の主が姿を見せる。


「……ゴブリンロードか」


 俺が小声でつぶやくと、

「ひっ」

 アリオとジョッシュは息をのんだ。

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