第8話

 ゴブリンロードは、さっきまで俺たちがいたところまでやってきた。

 まるで痕跡に気づいたかのように足を止める。


 ゴブリンは人間の小児ほどの大きさだ。

 だが、ゴブリンロードは一般の成人男性の1.5倍ほど身長がある。

 胴も足も、腕も太く、ゴブリンというよりオークに近い。


 アリオとジョッシュはカタカタと震えている。


 ゴブリンは雑魚だ。1対1ならFランク冒険者でも苦戦しない。

 だが、ゴブリンロードとなると、1対1ではBランク冒険者でも危険である。

 Fランク冒険者がいくら束になっても勝てる相手ではない。


 Fランク冒険者であるアリオたちがゴブリンロードに怯えるのは当然だといえる。


 ちなみにFランクは新人、Eは新人を抜け出したころ。

 Dで一人前、Cで熟練、Bは一流、Aランクは超一流だ。

 俺のSランクは歴史的に見ても、ごくわずかな人物しか与えられていないランクだ。


 俺はアリオたちに向けて小声で言う。


「落ち着け」

「だが……」


 Fランクパーティーなら、ゴブリンロードに遭遇した時点で全滅必至だ。

 だが、俺はSランクなのだ。


 俺は世界を滅ぼしかねない魔神王をソロで倒している。

 俺にとって、ゴブリンロードごときは脅威ではない。


「いざとなれば、俺に任せてアリオたちは逃げろ」

「そんな、俺たちだけ逃げるなんてできません……」


 10年前にも似たような会話を交わした。

 少しだけ懐かしい気分になった。


「GAAAAAAAA」


 ゴブリンロードは俺たちが近くにいることには気付いているようだ。

 ゴブリン種は総じて鼻がいい。俺たちの臭いに気づいたのだろう。


 だが、どこにいるかはわからないらしい。目はあまりよくないのかもしれない。


 大声でわめきながら、武器を振り回している。

 大きな鋼鉄のこん棒だ。坑道の壁に当たって、大きな音が鳴る。

 岩が砕けて散らばった。


 俺は注意深く、それを観察する。


 ゴブリンロードぐらいはすぐ倒せる。だが、怪しい。

 大きな群れを率いるゴブリンロードともなると、それなりに賢いものだ。

 だが、このゴブリンロードに知性が感じられない。


 近隣の村から家畜を少しずつ盗むというのがまずおかしく思える。

 知性の無いゴブリンならば全部盗まないとおかしい。

 30匹もいる群れだ。

 家畜どころか、村人ごと全員さらわれていても、不思議はない。


 まるで、小さなゴブリンの群れだと誤認させたがっているように見える。


 それに、坑道の入り口に見張りを置いていた。

 組織としてゴブリンたちを運用しようとしている証左だ。


 目の前の、苛立って壁を殴りつけているゴブリンロードにできるとは思えない。

 恐らく、さらに背後に何かいる気がする。できればそいつを逃したくない。


 だからじっと俺は観察した。

 ゴブリンロードが侵入者を仕留めきれないと判断したら出てくるかもしれない。

 もしくはゴブリンロードが報告しに戻るかもしれない。

 それを待った。


「GRAAA……AAA?」


 吠えていたゴブリンロードが一瞬固まる。


「りゃああああああああ」


 坑道の入り口方向から、何者かがまっすぐに駆けてきた。

 速い。一気に間合いをつめると、ゴブリンロードに突きを繰り出す。


 獣人の少女だ。なかなかの戦士に見える。

 細身の剣を的確にゴブリンロードの急所へと繰り出している。


「GAAA!!」


 巨体に見合わぬ速さで、ゴブリンロードは反応する。

 巨大な鋼鉄のこん棒を木の枝であるかのように操って、少女の突きをすべていなした。


「雑魚が邪魔するなであります!」


 少女は、巧みに間合いを詰めたり広げたりしてゴブリンロードを翻弄する。

 だが、ゴブリンロードも、見事に対応して見せる。

 両者とも致命的な一撃を与えられていない。膠着状態に陥った。


「すげぇ……」

 

 アリオが、小さな声でつぶやいた。その瞬間、少女の耳がかすかに動く。


「そこにいる奴ら! 逃げられるなら今のうちに逃げるでありますよ!」


 獣人だけあって、耳が非常にいいようだ。


「アリオ、ジョッシュ、とりあえず走れ」

「お、おう」

「わかりました」

「一応奇襲には注意しろ」

「う、うん」


 アリオたちは側道から外に向けて駆けだしていく。


「GAA!」


 ゴブリンロードはアリオたちを追おうとするが、

「させない!」

 少女が牽制して防いだ。


 俺は少女に向かって言う。


「手伝おうか?」

「逃げなかったでありますか!」

「逃げる必要がないからな」

「好きにすればいいであります。だが邪魔はするな!」


 少女はゴブリンロードと真剣な表情で向きあっている。

 邪魔をするなと言われたら、見守るべきだろう。

 冒険者には色々な事情がある。手を出すのはやばくなってからでいい。


 しばらく少女とゴブリンロードは互角の戦いを繰り広げた。

 その力量は互角だった。差を分けたのは武器の差だ。


 ――パキッシ 


 軽い音がなって、少女の剣が砕けた。

 鋼鉄の巨大なこん棒と何度も打ち合っていた。そうなるのは必然だ。

 武器を失い、少女は防戦一方に追い込まれる。

 それも武器で受けることすらできない。すべてかわさねばならない。


 俺はもう一度問うた。

「手伝おうか?」

「いらないのです! お前もいいから逃げるのですよ」


 腰から短刀を抜いて戦い始める。

 だが、これまでの剣ですら倒すことが叶わなかったのだ。短刀が届くはずがない。

 あっという間に短刀も弾き飛ばされる。

 慌てて少女は、距離をとる。少女が直前にいた場所でこん棒が空を切った。


「ぐぅ……」


 悔しそうに少女がうめく。

 もう限界だ。少女が倒されるのも、時間の問題だろう。


「もう尋ねない。勝手にやらせてもらう」

「いいから逃げるでありま――」

「もともと、ここには俺が先着だ」


 そういうと、俺は背中の剣に手をやった。

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