第3話

 像の正体を教えてくれた親切な人は、俺が広場で立ち尽くしている間に去っていった。


「なぜ俺の像が……似てないけど」


 そうつぶやいてから考える。

 明らかに、エリックとゴランの仕業だ。もともと友情に篤い奴ではあった。

 俺が彼らを逃がすために魔神を足止めしたことに恩を感じて暴走してしまったのだろう。


「というか、これ絶対、俺が死んだと思ってるだろ……」


 とつぶやいたところで、ふと気づく。

 さっきの優しい通行人は10年前と言っていた。10年もの間、戦っていたのだろうか。

 そんなに長い間戦っていた覚えはない。何かの間違いでは?


 俺は先程とは別の通行人を呼び留める。


「お急ぎのところ申し訳ありません。今日って何年何月ですか?」


 一瞬びくっとした後、笑顔になって答えてくれる。

 ぼろぼろの服を着ているのに、通行人が優しい。

 やはりよそ者には親切にするというポリシーでも持っているのだろうか。


「王国歴315年6月10日ですよ」

「ありがとうございます」

「いえいえ」


 通行人は去っていった。

 俺が、魔神と戦い始めたのは、王国歴305年のことだった。

 やはり、10年前ということになる。


 戦闘に必死過ぎたせいで、時間感覚がおかしくなったのだろうか。

 いや、もしかしたら傀儡人形マリオネットの副作用かもしれない。


 自分の魔法で自分の体を操作するというのはイレギュラーな運用だ。

 それを長期にわたって何度も何度も使い続けた。

 時間感覚がおかしくなっても不思議ではない。


 本当はなにが理由かはわからない。

 どちらにせよ、俺の時間感覚がおかしくなったのは事実らしい。


「……これは困った」


 改めて呆然とした。

 見上げるとやはりイケメン過ぎる俺の像が目に入る。

 視線を下に戻すと、楽しそうに散歩する親子が目に入った。

 10年前よりずっと平和でよい街になっていると思う。

 それはとても嬉しい。


「きゃっきゃ」

「走ってはいけませんよ」

「あぅっ」


 子供が転んだ。3,4歳ぐらいだろうか。可愛らしい男の子だ。


「う、う。うえぇぇ」

「ほら、走るから」


 子供が泣いて母親が駆けよる。


「強い子なのだから泣いてはいけませんよ」

「うぇぇぇ」

「泣き虫だとラックさまみたいになれませんよ」

「……うぅ……泣かない」

「偉いですね」


 子供は涙を拭いて立ち上がった。母親と手をつないで歩いていく。


「……人をだしに教育しないでほしいぞ」


 思わず俺は小さな声でつぶやいた。

 俺はけして立派な人間ではないのだ。見本にされても困る。


 俺はとぼとぼと歩きながら、冒険者ギルドへと向かった。

 冒険者ギルドの建物は変わらない。

 10年経っているから少しだけ古くなっていたがそれだけだ。


「なんかうれしいな」


 懐かしさを感じる。少し嬉しくなった。

 すこしうきうきしながら、冒険者ギルドの扉を開ける。

 途端に肩をつかまれた。


「やっと来やがったか!」

「ちょっ!」

「こっちに来い! 話はそれからだ」


 冒険者ギルドでは、ゴランが待ち構えていた。

 髪に白いものが混じり、顔には少しだけしわが増えている。


 ゴランは俺の肩をつかんだまま、建物の奥へと引っ張っていく。


「お前、老けた?」

「あたりまえだろうが! 10年経ったんだからな! というかお前が変わらなさすぎじゃねぇか。というか若返ってるだろ」


 奥の部屋に入ると、ゴランが俺の両肩をつかむ。


「よく生きて戻って来てくれた……」

「お前泣いてる?」

「な、泣いてねーよ!」


 ゴランはそういうが、ぽろぽろ涙をこぼしている。

 目に涙を浮かべるといったレベルではない。号泣だ。

 号泣しながら、泣いてないと強弁されても困る。


「な、泣くなよ」


 男は女の涙に弱いとかいうが、男の涙にも弱いのだとわかった。

 たとえおっさんでも泣かれると困る。いや、むしろおっさんの方が困るかもしれない。

 抱きしめるわけにもいかないのだ。

 ただ、黙って立っているしかない。申し訳程度に肩に手を乗せておいた。


 俺はゴランが泣きやむまで、しばらく待った。


 泣きやんだゴランが照れくさそうに言う。


「……すまんな」

「いや、いいさ」


 それからゴランが、説明してくれた。


「ラックを名乗る奴が家に来たって、うちの門番に聞いてな。本当にお前なら、次に向かうのは冒険者ギルドだろうと、ずっと待ってたんだ」

「それは面倒をかけた」

「いや、面倒でも何でもないぞ」


 その時、部屋にお茶とお菓子が運ばれてくる。

 一口食べてみた。

 ものすごく美味しかった。10年ぶりの食べものだ。


「……うまい」

「そうか。次元の狭間では食事はどうしてたんだよ?」

「いや、なにも食ってないな」

「それで、よく死ななかったもんだな」

「それはだな」


 俺はドレインタッチについて説明する。

 ゴランはほうほうと感心しながら聞いていたが、突如慌て始めた。

 お菓子を取り上げられる。


「10年何も食べてなかったんだろ?」

「そうだが……」

「断食明けに固形物食べたらやばいんじゃねーか?」

「そういえば、そういう話は聞くな」

「お、重湯でも、持ってこさせよう」

「大丈夫だ。なぜかわからないが、意外と大丈夫だぞ」


 俺はそういって説得しようとしたが、ゴランは納得しない。


「せっかく生き延びたのに、こんなことで死んだら困るだろうが。うまい物ならこれからいくらでも食えるんだからな」


 そういって、職員に重湯を持ってくるよう指示をしていた。

 気を使ってくれるのはありがたい。

 だが、お菓子がものすごく美味しかったので、すごく残念でもある。


 重湯が運ばれてくるまでの間、俺は次元の狭間での出来事についてゴランに語った。

 お茶の代わりに果実のジュースを出されたのでそれを飲む。


「ジュースもうまいな」

「そうだろう」


 一通り語り終わったころ、重湯が運ばれてきた。

 運んできた男は、覆面をかぶっていた。ものすごく怪しい。


「お、やっと来たか。エリック。ラックが帰って来たぞ」

「おお、ラック! 本当にラックじゃないかっ!」


 男が覆面をとった。それはまさしく勇者エリック本人だった。

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