第2話

 どのくらい戦っていたのだろうか。必死過ぎたのでわからない。

 数週間のような気もするし、数か月のような気もする。

 一年以上戦っていた気もする。


 俺は魔神王の魔剣を拾った。


「服もボロボロになっちゃったし……お金もないし。これでも売ろう」


 熾烈な戦いだったのだ。着ていた服はとうに破れている。

 魔法耐性と物理耐性に優れたとても高い服だったのに残念だ。


 服が破れた今、俺はほぼ全裸である。

 冒険者カードもなくしてしまった。お金の入っていた魔法の鞄も燃え尽きた。

 一文無しなのだ。


 とはいえ冒険者カードを再発行してもらえば、ギルドに預けたお金を引き出せる。

 何も心配はない。


 俺は、意気揚々と次元の狭間の外へと向かった。



◇◇◇

「……ここは?」


 次元の狭間を出ると、だだっ広い平原だった。

 時刻は夜。


 次元の狭間から出るときはどこに出るかは確定できない。

 大体この辺りというのがあるだけだ。

 この次元の狭間からは、確か王都の近くに出るはずだ。


「まあ、歩いて行けばそのうち街につくだろ」


 俺はほぼ裸のまま、魔剣だけ担いでさまよいだした。

 途中で魔物などを倒しながら、しばらく歩く。


 運のいいことに、明け方になって街に到着した。


「王都……だよな?」


 少し俺の知っている王都とは雰囲気が違うが、王都なのは間違いなさそうだ。

 俺は王都の門へと向かう。

 二人の衛兵に呼び止められた。


「ちょ、ちょっとまて」

「どうしました?」

「どうしましたじゃないよ。君どうしたの?」


 衛兵は俺の姿をじろじろ見ている。全裸に近いので気になったのだろう。


「激しい戦いで……」

「なるほど。追剥おいはぎか……。最近は山賊も減ったのだが、まだ出るところには出るんだよな」

「いえ追剥ではなくて……激しい戦いをこなしている間に無くしてしまって」


 俺が正直に言うと、衛兵は俺の肩に手を乗せる。

 そして衛兵二人とも、慰めるような口調になった。


「うんうん。わかるぞ」

「冒険者なんだろう。悔しかろうな」


 追剥ではないと否定したが、冒険者だから見栄を張っていると思われたようだ。

 追剥から一般人を護衛をするのが冒険者だ。


 その冒険者が追剥に遭ったなどと知られたら商売にならない。

 だから衛兵たちも深くは聞いてこないのだ。


「どうしたどうした」

 数人の衛兵が集まってくる。

 最初に俺に応対した衛兵が、仲間たちに説明した。


「うむ。君は命があっただけでも幸運だよ」

「どんな凄腕だって、敵の数が多ければな。そういうことはあるさ」

「王都に知り合いはいるのかい?」

「あ、はい。います」


 勇者エリックと、戦士ゴランは王都に住んでいるはずだ。


「それはよかった。身分証はあるかい」 

「なくしちゃって」

「うんうん、そうだろうな。財布とか一緒にとられちゃうものな」


 衛兵は同情してくれる。


「臨時の身分証を発行するから名前を教えてくれ」

「ラックと言います」

「ラック。いい名前だな」

「ありがとうございます」


 臨時身分証の発行はすぐに済んだ。

 お金を貸そうかという衛兵の申し出を丁重に断る。


「だが、服はこのままだとやばいな」

「裸で歩くと捕まりかねん」


 衛兵は相談の結果、奥から布をとってくる。

 それは古着のようだった。


「これはボロだが……裸よりはましだろう」

「こんなものしかなくてすまないな」

「いえ、ありがたいです」

「捨てる予定だったから、返しに来なくていいぞ」


 優しい衛兵たちにお礼を言って、俺は王都の中に入った。

 少し違和感を覚える。街の雰囲気が変わりすぎている気がするのだ。

 戦いすぎたせいで感覚がおかしくなっているのかもしれない。


 俺は冒険者ギルドに行く前に、エリックとゴランに会いに行くことにした。

 友達に挨拶するのが先だと思ったのだ。


 通行人に尋ねてみた。


「エリックさまですか? ああ、それなら――」

「戦士ゴランさま? それなら――」


 さすがは有名人だ。エリックの家もゴランの家もすぐわかった。

 どうやら、ゴランの家の方が近いらしい。俺はゴランの家へと向かうことにする。


 到着したゴラン邸はものすごい豪邸だった。


「で、でかい」

「どうされました?」


 あまりの大きさに驚いていたら、ゴラン邸の門番に声を掛けられる。


「ゴランに会いたいのだけど、いま家にいますか?」

「はぁ……。お約束はございますか?」

「約束はないんですけど……」

「それではお会いになれません」

「ゴランに、ラックが来たって言ってくれたらわかります」


 そう言っても、門番は対応してくれない。


「困ります」

「いえ、絶対ラックが来たって言えばわかりますって」

「そういう方、よく来られるんですよ……」

「本当ですって」

「だめです」


 見た目が、ぼろぼろだからダメなのかもしれない。


「また、すぐ来るからな!」

「もう来ないでください!」


 俺は出直すことにした。

 今の俺は怪しげな大剣を背負ったボロボロの服の男だ。

 門番としては通すわけにはいかないだろう。職務に忠実なのはよいことである。


「服を買って、いや、その前に冒険者カードの再発行だな」


 冒険者ギルドに向かう途中、俺は王都の中央広場を通った。

 中央広場のど真ん中に、立派な石像が立っている。

 高さは人の身長の10倍ぐらいあるだろうか。とても大きい。

 リアルな造形だ。恐らく魔導士なのだろう。ローブと大きな杖を装備している。


「それにしてもイケメンだな……」


 とても凛々しい美男子だった。一体、誰の像なのだろう。

 俺は近くいた人に聞いてみることにした。


「すみません。この像って誰の像なんですか?」

「え? ご存じないのですか?」

「はい。すみません」


 その人は俺に怪しい人物を見るような目を向ける。

 そしてしばらく観察した後納得したようだ。


「ああ、なるほど」


 俺のボロボロの服を見て、田舎者だと思ったのかもしれない。

 たちまち笑顔になった。よそ者には親切にするというポリシーでもあるのだろう。


「これは英雄ラックさまの像です」

「ラックさま?」


 自分の名前が出てきて驚いた。いや、ラックなど別に珍しい名前ではない。

 偶然同じ名前なだけだろう。


「はい、10年前次元の狭間にて、自分の身を犠牲にして魔神の大軍を一人で食い止めた英雄です」

「なんだって!!」

「ラックさまのおかげで世界は救われたんですから、ありがたい話ですよね」


 俺のことだった。でも、全然似ていない。

 かっこよすぎるのだ。俺はこんなにイケメンではない。


「こ、こんなにかっこよくないんじゃ……」

「あ、あなたねぇ、失礼ですよ。そんなことを言うと、ラックファンに殺されますよ!」


 俺のファンはとても凶暴らしい。怖い。

 実像とかけ離れたほどイケメンな自分の像を見上げながら、俺は茫然と立ち尽くした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る