ここは俺に任せて先に行けと言ってから10年がたったら伝説になっていた。

えぞぎんぎつね

1章

第1話

 俺たち勇者パーティーは激戦の末、最強の魔神王を次元の向こうへと追い返した。

 異次元から侵攻してきた魔神王を次元の狭間で迎え撃ったのだ。

 とどめはさせなかったが、魔神王は深手を負った。当分は動けまい。


 満身創痍の戦士が肩で息をしながら言う。


「長かった戦いも、これでやっと終わりだ」

「思ったより時間がかかったな。もう子供の誕生には間に合わなかったのは残念だ」


 勇者がそんなことを言う。

 勇者は元パーティーメンバーのヒーラーと結婚しているのだ。

 パーティーメンバーは勇者エリック、戦士ゴランに、魔導士の俺ラックの3人である。

 男ばかり3人だ。


 勇者に向けて俺は言う。


「なに、これからは好きなだけ、子供と一緒に居られるさ」

「そうだといいがな」

「うちの子供もきっと大きくなっているんだろうな。俺の顔も忘れられているかもしれん」


 自嘲気味に戦士が言う。

 勇者も戦士も妻帯者で子供がいるのだ。独身なのは俺ぐらいだ。


「さて、そろそろ帰るか。この辛気臭い次元の狭間ともおさらばだ」


 帰り始めてしばらくたったころ。

 魔神の大軍が、異次元の方向から追ってきていることに気が付いた。

 数十ではない。数百を超えている。

 俺たちは既に満身創痍。まともに戦ったら全滅必至だ。


「まだ、これほど敵が残っていたのか……」


 呆然としている勇者に向かって俺は叫んだ。


「ここは俺に任せて先に行け!」

「何を言うか、お前だけを残していけるか!」

「俺の継戦能力を知らないわけではあるまい?」


 俺は自信ありげに見えるように、笑顔でそう言う。


「ラック。だが……」

「子供が待っているんだろう!」


 俺の言葉で勇者と戦士は悔しそうな、泣きそうな複雑な表情を見せた。

 俺は笑顔を向けてやる。


「なに、すぐに追いつくさ」

「……すまない」


 勇者たちは走りはじめた。勇者たちは去る前に、貴重な回復POTなどを置いていく。

 これだけあれば、しばらく戦える。俺は大切に鞄へとしまう。


 魔神王はまだ倒せていない。復活したとき、勇者の力が必要になる。

 勇者をここで死なせるわけにはいかないのだ。


「さあて。かかってこい魔神ども。ここを簡単に通れるとは思わぬことだ」


 少しかっこつけてみた。

 敵の数は多い。魔力の消費を抑えて、戦わなければならない。


 突っ込んできた魔神の頭に直接触れて、魔力弾で吹き飛ばす。

 俺の横を突破して、勇者たちを追おうとする魔神には拘束バインドで足止めしてから吹き飛ばす。


 最初は順調だった。10体、20体と倒していく。

 魔力の減少。身体の疲労。意識がもうろうとし始める。

 魔神王との戦いでだいぶ消耗していたことも響いている。


 ――GGAAAA

「くぅっ!」


 魔神の腕が俺の肩を傷つける。焼けるような痛みが走った。

 朦朧とした意識がはっきりした。魔神の腕をつかんで吹き飛ばす。


「まだまだ!」


 それから、どれほど戦っただろうか。転機が訪れる。


 ――GRYAAAGGGGG

 魔神の掌が俺の腹に当たった。途端にエネルギーを吸い取られた。


「ドレインタッチか!」


 高位の魔神だけが使える魔術だ。俺が初めて食らう魔術である。

 いつもは前線に出ないため、魔神に直接触れられることはなかったのだ。


 ドレインタッチを食らった瞬間、俺はその術理を理解した。

 俺は魔法ラーニングが得意なのだ。


 傷ついた体を癒すため、魔神に向かってドレインタッチを発動する。

 何度も使っているうちに、傷は癒え、体力が回復していく。


「かかってこい。今なら何年でも戦えそうだ」


 それからは無我夢中で戦った。

 次元の狭間は魔素が濃い。その分レベルアップも早い。

 どんどん強くなる実感がある。だが戦いは楽にはならない。

 敵もどんどん強くなっているのだ。


 眠たくなったら、傀儡人形マリオネットという魔法を自分にかけた。

 傀儡人形は本来は、敵を操る魔法である。

 それを利用して、寝ている間の自分の体も動かして戦い続けた。


「時間の感覚がない……」


 もう長いこと戦っている気がする。何日戦っただろう。

 もう数か月たったかもしれない。食事もとらず寝ている間も戦い続けている。


 途中からは魔神将から奪い取った魔剣を振るって戦い続けた。

 俺はその魔剣に、ドレインソードと勝手に名付けた。

 その魔剣で敵を切り裂くと、生命力を吸収してくれるのですごく助かる。


 そんなある日、次元の向こうから強大な魔力が近づいてくるのを感じた。


 ――GOOOOOOAAAAA

 巨大な咆哮とともに現れたのは、魔神王だった。


「復活しやがったのか。早かったな」


 10年は、いや少なくとも数年は復活できないと思っていた。

 想定外だ。


 魔神王はその強大な魔力をつぎ込んだ灼熱の炎を放ってくる。

 障壁で防いでも、熱が伝わる。髪が焦げた。


 魔神王が灼熱魔法を撃ち終わる寸前。俺は一気に間合いをつめる。

 ドレインソードで切り裂いた。


 ――GYAAAAAAA


 魔神王が悲鳴を上げる。思いのほか効いていた。

 ひるんだ魔神王に向けて、すかさずドレインタッチを発動する。

 だが、魔神王は魔法の防壁を張っている。

 ドレインタッチが通じない。


 苦しみながら魔神王が魔剣を振るう。とっさに間合いを取った。

 それでも、腹の表面が一文字に切り裂かれる。


 俺はドレインソードを、魔神王は魔剣を振るって、戦い続ける。

 数合数十合と剣をまじえた。戦いは長引いていく。


 ついに、俺の相棒、ドレインソードが砕け散った。

 魔神将の剣では、魔神王の魔剣には勝てなかったらしい。


 ――GRR


 魔神王が余裕を見せる。一瞬笑ったように見えた。

 魔神王の余裕は明らかに油断、隙である。

 それを見逃す俺ではない。


「剣がどうした。こちとら剣士じゃなくて、魔導士なんだよ!」


 魔神王の腹に火炎弾をぶち込んだ。一瞬で魔神王は燃え上がる。

 間合いを詰めて、その火炎の中に手を突っ込む。

 ドレインタッチだ。


 魔法の防壁リソースは火炎を防ぐために、すべて使われている。

 ドレインタッチが魔神王に通じた。


 俺の皮膚が燃え、焦げる。

 だがドレインタッチによって吸収した生命力によって回復していく。

 俺の皮膚が焦げ続け、回復し続ける。

 ものすごい激痛が俺を襲う。だが構わない。燃えながらドレインし続ける。


 逆に魔神王は体を燃やされながら、生命力を吸収され続けているのだ。


 ――GRAAAA……


 ついに魔神王が動かなくなった。

 ただの炭と化す。そして魔素となって消えていく。


 完全なる消滅だ。


 魔神王を倒した後、俺はしばらくの間油断なく周囲をうかがった。

 魔神の出現もおさまっている。


「やった……のか?」

 そんなことをつぶやいてみたが、反応はなかった。


 ついに成し遂げたのだ。俺は勇者たちと世界を守り切ったのだ。


☆☆☆

新作はじめました。

「転生幼女は前世で助けた精霊たちに懐かれる」

可愛い幼女がモフモフたちや精霊たちとのんびり奮闘する話です。

よろしくお願いいたします。

https://kakuyomu.jp/works/16817330650805186852

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