第4話

 久しぶりに見たエリックもだいぶ老けていた。


「エリック、お前も老けたな」

「当たり前だ。それにしてもお前は老けていないではないか。むしろ若返ってないか?」

「そうか?」


 俺がそういうと、ゴランもエリックに同意する。


「ラック、お前は異常に若々しすぎるんじゃねーか」

 そう言って鏡を見せてくる。


「自分ではよくわからないな……。いつも通りじゃないか?」


 老けていないと言われたらそうかもしれない。

 エリックが笑った。


「10年経ったのだ。それで変わってないというのが異常であろう」

「変わってないというより、むしろ若返ってるからな。ラック、すげーな」

「そういわれたら、確かに変だな」


 次元の狭間の効果だろうか。それともドレインタッチの生命力吸収の効果だろうか。

 次元の狭間美容法、もしくはドレインタッチ美容法で一儲けできないだろうか。


 そんなことを考えていると、

「10年経ったのだぞ……10年……」


 そこでエリックは言葉に詰まる。


「どうした?」

「よく、よくぞ帰って来てくれた……うぅうう」

「な、泣くなよ!」


 ゴランに続いて、エリックまで号泣し始めた。

 エリックは落ち着いて見えたので驚いた。平静を装っていたのかもしれない。


 おっさんに泣かれると、本当に困る。


 しばらくして、泣きやんだエリックにもこの10年について説明する。

 エリックが持ってきた重湯を飲みながらだ。

 信じられないぐらい重湯がうまい。10年間の断食の効果かもしれない。


 ゴランに語ったばかりだから、スムーズに説明できた。

 さっき聞いたばかりだというのに、ゴランはまたうんうんと聞いている。


 語り終えたところで、重湯を飲み干した。


「重湯なんて食えたもんじゃないと思っていたが、うまいな」

「そうか。余程飢えてたんだろうな。そんなに飢えながらも世界のために……」


 またゴランが目に涙を浮かべる。涙腺が緩くなりすぎだと思う。

 きっと年のせいだろう。


「俺たちが仕留めそこなった魔神王まで倒してくれるとはな。……なあ、エリック」

「そうであるな。何らかの褒章を考えなければなるまい」


 エリックが真剣な表情で言う。


「いや、別にそういうのはいいぞ」

「そういうわけにはいかぬ。安心するがよい。俺は今は国王だからな」

「……随分と出世したんだな」


 もともと勇者エリックは王子だった。だが王太子ではなかった。

 継承順位は5位前後だったはずである。


「エリックの功績に報いるために前王陛下が禅譲してくださったんだぞ」

「エリックは国王だとして、ゴランは今何やってるんだ?」

「俺は冒険者ギルドのグランドマスターってのをやってるぞ」


 エリックもゴランも出世したようでよかった。

 友として嬉しい限りである。


「ラック。だから望みを言うがよい。ある程度ならかなえられる」

「うーん。特にないんだがなー」


 俺がそういうと、エリックもゴランも困った顔をする。


「何でもいいんだぞ? 金か、名誉か? 領地でもかまわぬぞ?」

「どれも、いまいちぴんと来ないな」

「そういうでない」

「まあ、いまは思いつかないから考えとくよ」

「そうか、10年次元の狭間にいたのだものな。落ち着いてからゆっくり考えたらよい」


 そのあと、ゴランが革袋を取り出した。革袋の中には金貨が入っていた。


「これは?」

「100万ラックだ。褒賞としての大金はともかく、生活費はいる。これだけあれば、一、二週間は大丈夫だろう?」

「それは助かるが、いやちょっとまて。……100万ラック?」


 貨幣単位がちょっと聞き捨てならないものになっている。


「100万では足りねーか?」

「いや、そうじゃなくて。100万ラック? ってなんだ」

「ああ、そうだったな。貨幣単位が変わったことも知らないんだったな。100万ラックは100万ゴールド相当だぞ。足りねーか?」


 100万ゴールド相当なら、充分だ。

 100万ゴールドあれば、貧民の成人男子が、倹約して1年暮らせなくもない金額だ。

 だが問題はそこではない。


「いや、足りるとか足りないとかじゃなくて……、足りるんだけどさ。なんでラック?」


 俺の問いにエリックがどや顔をする。


「俺が国王になって、最初にやったことが貨幣単位の変更であるぞ」

「まじか……」


 国民は大迷惑である。経済は混乱しなかったのだろうか。

 不安になる。


「それだけ、ラックに国が、世界が恩を感じたってことだ。あのままだと魔神の大群で大きな被害が出ていたかもしれぬしな」

「そうだぞ。もしかしたら世界は滅んでいたかもしれねーんだぞ」

「……それは照れるのだが、……いや、でも貨幣単位にまでされると、逆に困るんだが」


 俺の困惑に意に介さず、ゴランが言う。


「ちなみにエリックがその次にやったことは、石像の建設だ」

「中央広場にあったやつか」

「お、見たか? いい男であろう?」


 エリックはどや顔をしている。少し腹立つ。


「あんなでかい、しかも、美化しすぎだろ!」


 実際の俺を見たら幻滅されることになる。とても困る。


 俺が怒っているさまを見て、エリックとゴランは言い訳を始めた。


 石像の制作者は俺と会ったことがない。

 だから、ゴランやエリックの証言をもとに像を作ったのだという。

 その結果ああなったらしい。非常に困る。


 話題を変えようとしているのだろう。ゴランが笑顔で言う。


「そうだ! 10年経ったからな。ラックの冒険者カードは失効しているだろ? 新たに発行するぞ」

「そうか、7年で失効するんだったな」


 冒険者は危険の多い職業だ。生死不明のまま行方不明になるものは珍しくない。

 だから、行方不明のまま7年経つと、死亡扱いになる。


 魔神との戦いの途中、俺は冒険者カードをなくしていた。

 だが、どうせなくしていなかったとしても同じだった。


「名義は大公ラック・フランゼンで。職業は大賢者にして、我々の救世主、偉大なる最高魔導士のSランクでいいな?」

「ちょっとまて」

「なんだ? 確かに俺たちはもともとAランクだったが、魔神との戦闘歴と魔神王討伐があれば、Sランク昇格には充分だぞ?」

「そうだぞ、俺とゴランも、今やSランクなのだ。俺たちより功績の大きいお前がAランクのままなわけないだろう」


 そっちではない。いや、そっちも大事ではあるのだが。

 Sランクなど常設のランクではない。歴史上でも数えるほどしかいない特別なランクだ。

 それに、大賢者とか我々の救世主とか偉大なる最高魔導士というのがおかしい。


 だがその前に突っ込まなければならないことがある。


「大公ってなんだ? いや、その前にフランゼンってなんだよ」

「まあ、落ち着け、落ち着け」


 ゴランがなだめてくるが、これが落ち着いていられるか。

 勝手に爵位を与えられたうえ、大公だと?

 それにフランゼンって初めて聞いた。俺は貴族ではないので家名などない。


「世界を救ったラックに報いるという意味でな。俺が爵位を与えたのだ。8年前に」

「エリックが石像建設の次にやったことだぞ」


 ゴランが補足してくれた。この国王、大丈夫なのだろうか。

 不安になる。


「で、爵位を与える以上、家名が必要だろ?」

「そうだな」

「だからフランゼン」


 突っ込むのも疲れてきた。


「まあ、家名はそれでいいや……。それにしても大公とは随分と思い切ったな……反対はなかったのか?」

「なかったぞ。死んでると思われてたしな。お前は子供どころか家族もいないし」


 それだと貴族たちにとっては、死人に名誉を与えただけだ。

 実際に大公になるものはいない。

 つまり、過去の記録が一行増えるだけに過ぎない。


 家族がいれば、誰かが大公家を継いで、新たな大公が増えることになる。

 そうなると大事だ。貴族の勢力図が変わる。

 当然、貴族たちからの反対も多くなるだろう。


「大公位は、すこし困るな」

「確かに、生きてると知っておれば、伯爵ぐらいで手を打ったのだが……」


 エリックは少し困ったような顔をする。だが、ゴランはわかっていなさそうだ。


「なぜだ?」

 首をかしげていた。


 俺が生きていたとわかれば大公が一人増えることになる。

 大公というのは尋常ではないほどの大貴族だ。貴族の中でも特に偉い。

 そうなれば、貴族連中は黙っていない。権力闘争に巻き込まれかねない。

 暗殺者を差し向けられるかもしれない。


 そんなことをゴランに説明する。

「そうか、そういうものなのか。だが暗殺者ぐらいどうとでもなるんじゃねーか?」

「そりゃ、どうとでもなるだろうが、嫌だぞ。面倒だし」

「そうかー。それもそうだなー」


 ゴランもやっと事態の面倒さに気づいたようだ。


「俺が、生きてるってことはあまり知られないほうがいいかもしれない」

「だがなー」


 俺は嫌がるゴランを説得して、別名で新人冒険者として登録してもらうことにした。

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