サバサンド(後編)
「ねー、いっちゃーん。起きてー」
うーん、睡眠中だと言うのに百地さんの声がする…
「いっちゃーん。いっちゃーん?」
寝てるって事はここは家のはずだし、それで百地さんの声がするという事は、とうとう僕と百地さんが一つ屋根の下で生活する事に…
「起きないならー、この鳩ぐらいの大きさで十本の脚があってー、口は三つあってふさふさした虫さんを服の中にー…」
「おはよう!!!」
よく分からないけれど嫌な予感して飛び起きる僕。目の前にはきょとんとした顔の百地さん(カワイイ)。その手にはぎちぎちと鳴いている大きな虫が握られている。
「おはよーう」
「ちょっ! 百地さん!! 起きたから!! 起きたから服をまくらないで!!! 虫入れようとしないで!!!」
艶めかしい手つきで僕の服をまくろうとする百地さんの手を必死で抑え、めちゃくちゃ怪しい虫を入れようとしてくるのを阻止する。百地さんから服を脱がされる妄想はした事はあるけれど、それをして欲しいのはこういう状況じゃないし場所ももっとムードがある所がいい。
と、そこまで考えてから気付く。ここは自分の部屋じゃない。というか、植物の茎を束ねて作ったテントの様な物の中なので、下手すると日本でも無いと思う。
「あ、れ? そういえば、飛行機が落ちたんじゃ…」
僕の中ではついさっきの事である飛行機の中の事を思い出す。
鳴り響く警告音、灯るランプ、叫ぶ人、揺れる機内。百地さんと一緒に過ごして来て命の危険を感じる事は何度もあったけど、あんな死の臭いを感じる状況は久しぶりだった。僕も百地さんも五体満足だったって事は上手く脱出出来たのかもしれないけれど、あれから飛行機はどうなったんだろう。
「飛行機ならもう飛んでったよー?」
「………なんて?」
百地さんののほほんとした声に癒されつつも、理解が追い付かないので疑問が口から出た。
「だーかーらー、飛行機なら無事に乱気流を抜けて―、一旦どこかに着陸するって言ってたから私達だけ降ろして貰ったのー!」
「は? え?」
え、あの揺れって百地さんのせいじゃなかったの? 乱気流? というか降ろして貰ったって?
「もしかして、パラシュートで?」
「うん! パラシュートーでー!」
普通の旅客機ってパラシュート降下出来たっけ…出来ないよね……でも百地さんだしなぁ……
まあいいや、飛行機は無事に飛んで行ったって事と、僕と百地さんは無事だったって事だけ理解しておこう。分かんない事は分かんないままの方がいい場合ってあるしね。
で、それはいいんだけど、ここは一体何処なんだろう? 日本とトルコの間って事は中国か中東のどこかの国なのかな?
「襍キ縺阪◆縺」
僕が色々と諦めて新しい疑問を考えた時、入り口と思わしき場所から聞いた事の無い声が聞こえた。
そして、 ノッシノッシ という音を立てながら鰻か鯰にそっくりな顔をした何者かが現れる。
「う、うわっ! 百地さん、僕の後ろに!!」
僕は咄嗟に飛び起き、百地さんを庇う様に腕を広げる。どれだけ力が強くて頭も良くて顔も綺麗でお金も持ってて地位もあって初めてでも何でも出来る天才で顔も綺麗で美人でカワイイかったとしても、僕は百地さんの事が好きだから百地さんを守らなくてはならない。
「あ、菴占陸縺輔s。縺ゅj縺後→縺?#縺悶>縺セ縺」
「縺昴≧縺九?√◎繧後?繧医°縺」縺」
は?
カッコつけて百地さんの前に立っては良い物の、なんと百地さんが未知の言語でこの鰻頭の人(?)と会話をしている。そういえば百地さんってちょっと勉強しただけでいろんな国の言葉を話せれる様になるのが得意だったけど、いきなり現地に来ても出来るんだね、それ。
「あ、えーっと…その…その、人? が、助けてくれたって感じなの?」
無駄にカッコつけた事を恥ずりながら自分の置かれた状況を整理して百地さんに尋ねる。
おそらく、パラシュートで着陸してからこの人に助けて貰ったりしたのだろう。
「ううん、この菴占陸縺輔sがサバサンドに襲われていたのを私が助けてあげたのー」
「ごめん、もう一度言ってもらっていい?」
「菴占陸縺輔sがサバサンドに襲われていたのを私が助けてあげたんだよー?」
聞き間違いじゃなかったかぁ。
サバサンドに襲われるってなんだよ…
「それでー、いっちゃんがパラシュートで降りてる途中に寝ちゃったからー、菴占陸縺輔sの寝床を借りていたんだよー」
成程、よく分からないけど分かった。
……菴占陸縺輔sってどうやって発音してるんだろう。
グオオオオォォォォ!!!!
そこに、突如響き渡る何者かの叫び声。
「蜊ア讖溘′霑ォ繧区姶縺」
「うん、謌ヲ縺?コ門y」
全く何を言っているか分からないけど、百地さんの真剣な顔でなんとなく何を言っているのかは分かる。
きっと、この人(?)を襲っていたサバサンドがやってくるのだろう。
……いや、だからサバサンドってなんだよ。サバのサンドイッチじゃないの?
「来た」
「縺阪◆縺ェ」
ズゥン ズゥン
揺れる大地。
バキバキィ
外から聞こえる、恐らく樹木をなぎ倒す音。
樹木をなぎ倒す音がするって、いったい何が…
「行くよー!」
「縺翫≧」
百地さんの掛け声に合わせて、鯰頭の人も外へと飛び出る。
一応僕も百地さんを守る為に家っぽいのから外に出て、木々の間からこちらへ向かってくる、大きな影を見上げる。
グオオオオオオン!!!
それはとても大きな蜥蜴。いや、もう恐竜と言ったほうがいいかもしれない。
世界最大のワニの画像をネットで見た事があるけれど、それに勝るとも劣らない大きさをしていて、足が太くて二足歩行をしている。
これは間違いなく化け物だ。
まだ地球にこんな物が生き残って居たなんて。これがサバサンド? 嘘でしょ?どの辺が鯖?
バキベキィ!! ズゥン
家の周りにある最後の樹木を踏みつけて倒し、とうとうサバサンドと思わしき怪物が眼前へと姿を現す。
近くで見ると本当に大きい。ダンプカーぐらいはありそうな大きさだ。
グオ、ゴゴゴゥ!!!
サバサンドは興奮しているのか声を荒げながら地団駄を踏み、百地さんを見つめている。
さっき百地さんはあの人をサバサンドから襲われていたのを助けたと言っていた。という事は、サバサンドの狙いは百地さんなのかもしれない。自分の狩りを邪魔した百地さんに復讐に来たのかもしれない。
今度こそ、僕は百地さんとサバサンドの間に出て、百地さんの盾になろうと…
「うるさーい!」
ズゴン!
グゴッ!?
ズゥン
百地さんがサバサンドの鼻先にチョップを叩き込み、地面にめり込ました。
「あ、あれ?」
「縺輔☆縺後□縺帙s縺」
「もう、静かにしてよねー」
僕の覚悟はまたも空振りに終わり、百地さんはまるで幼い子供を叱るかのようにサバサンドに向けて腰に手を当てて若干前かがみになってぷんすかしていた(カワイイ)
「あんまり暴れるとお肉に血が回っておいしくなくなるんだよー?」
「え、これ食べるの?」
「もーぅ。いっちゃんったら、サバサンド食べにトルコまで来たんだよー?」
「いや、ここトルコじゃ…」
僕の疑問はさておき、百地さんがサバサンドを倒したことは近隣の住民にも伝わったらしく、鯰頭そっくりの人(?)達がわらわらとやってきてはサバサンドの解体を始め、僕と百地さんはいつの間にか櫓の上の上座みたいな所に座らされてサバサンドが焼けるのを見下ろしている。
百地さんはサバサンドを倒した功績みたいなのとしてサバサンドの牙で出来た首飾りを貰ったのだが、そんな物よりも早く食べたいと駄々を捏ねて鯰頭の長老らしき人を困らせていた(カワイイ)
後、踊り子っぽい人のめちゃくちゃ露出度が高い服を着せて貰おうとしていたから、それは僕が体を張って阻止した。いくら現地の服装だからってこんな胸丸出しでローレグどころじゃない恰好は百地さんにはさせられない。でもこの姿をスマホで撮影するのはいくら百地さんでも止めて? これめちゃくちゃ恥ずかしいから。恥ずかしいから!
「オメシ…アガリクダサ…ユウシャ……」
暫くは百地さんによる僕の撮影会が開催されていたんだけど、ようやくサバサンドが焼けた様で唯一日本語を喋れる(よく見ると発音と口の動きが合ってないけど)長老らしき人が焼けたサバサンドを持ってきた。
色々あったけど、これで当初の目的の『サバサンドを食べる』っていうのは達成できるんだね。
殆ど何もしてないけど疲れたな…百地さんと一緒に居るといつもこんな感じだから変に体力付いちゃってるけど、今回は変に疲れたや。
早い所サバサンドを食べて家に帰って寝たいな。その前に温泉とか入りたいかも。
「コノチヲアラシテイタ…サバサドンデスジャ……」
ん?
今、なんて?
「えー、サバサドン? サバサンドじゃなくてー?」
「サバサンド?……サバサドンデスジャ」
ちょっと待って。
薄々そんな気はしてたけど、これ、サバサンドじゃないの?
「もーう! 折角サバサンド食べられると思ったのにー!」
目の前の物がお目当てのサバサンドではないと分かった瞬間、百地さんは立ち上がって僕の腕を掴んで櫓から飛び降りる。
そしておろおろとし出す住民を無視し、ずんずんと森に向かって歩き出す。
知ってる。これまたサバサンドを探して冒険する流れだ。百地さんが満足するまで帰れない流れだ。
「ここがトルコじゃないのならトルコってどっちなのかなー? いっちゃん分かるー?」
そして僕をずるずると引きずりながら右に行くのか左に行くのかを決めあぐねては僕に尋ねる百地さん。
その顔はとてもかわいくて綺麗なんだけど、もうちょっと好奇心に手加減を加えて欲しい。
というか、そもそもここが何処なのか分からないからあっちもこっちも無いんだけどね。というか、このまま出発するって事は…
「百地さん! 着替え!! トルコに行く前に着替え持たせて!! 着替え!!」
流石にこの恰好で旅をするのは恥ずかしい。というか国によっては露出過多で捕まると思う。
せめてジャージの上だけでも羽織らせてほしい。
「いーじゃーん。いっちゃんっておっぱい大きいしスタイルいーし、私その恰好好きだよー?」
と、唐突に立ち止まって僕の顔を覗き込みながらはにかんでそう言う百地さん。なんという笑顔。これは間違いなく学校一の美人。いや、世界一の美人に違いない。クレオパトラもびっくりだ。
百地さんが好きなら仕方ないな。じゃあ暫くはこの恰好で居てあげよう。ちょっと恥ずかしいけど、百地さんのお願いなら仕方ない。
「じゃー、とりあえずあっち行こっかー! なんとなく海っぽそうだしー!」
その後、少し歩いた先で見つけた港町で焼いたサバをトマトと玉ねぎのピクルスと一緒にパンに挟んでレモン果汁をたっぷりと絞った物を食べて『これがサバサンドだね! やったねいっちゃん!!』とあっさりと満足した百地さんと日本へ帰り、僕と百地さんはいつもの日常へと帰る事が出来た。
めちゃくちゃ卑猥な日焼け跡が残ったのは恥ずかしかったけど、これも百地さんとの思い出だから大事にしないとね。
「ねー、ワカモレって知ってるー?」
ごめん…もう数日は休ませ……あ、いやいや無視なんてしてないよ百地さん!ワカレモだね!知ってる知ってる!!だから涙目にならないで!!ね、百地さん!!!
百地さんと僕とサバサンド @dekai3
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