百地さんと僕とサバサンド

@dekai3

サバサンド(前編)

「サバサンドって知ってるー?」


 夏休み明けのホームルーム中、隣の席に座っている百地さんがそんな事を聞いてきた。

 彼女は三つ編みで眼鏡をかけた大人しそうな外見とは裏腹に、かなりのやんちゃガールの百地さん。

 夏休み中も新型のウィルスが流行っているからってなるべく外に出ないで自宅に居ろって町の広報でも言っていたのに、『夏なら花火よね!!』と言って町から市へと抜ける道に突如ナイアガラを2km程並走させたアグレッシブすぎる女の子。

 自分でクレーンとか操作して設置したらしいんだけど、一体警察は何をやっていたんだろう。あの辺りは私有地だからオッケーって感じなのかな?


「ねえ、聞いてるー? 舌の上にマジックで書いちゃうー?」

「そこは脳みそに直接じゃないのか…」

「聞いてるじゃーん。サバサンド知ってるー?」


 百地さんはそう言いながら机に突っ伏した格好のまま顔だけこちらに向けて語り掛けてくる。なんという笑顔。これは間違いなく学校一の美人。いや、世界一の美人に違いない。小野小町もびっくりだ。

 一方僕はというと百地さんに毎日の様に(下手すると毎分)振り回されている一般ピーポーであり、百地さんのお陰で自分の欲望に正直に突っ走る女の子の扱いについてはそこらの人間より耐性がある。

 耐性があるだけで得意ってわけじゃないし百地さんの一直線に壁を破壊する軌道を曲げたり止めたりする事も出来ないんだけど、それでも他のクラスメイトよりかは百地さんに詳しいから実質的に僕が百地さん係だ。つまり、僕と百地さんはベターカップル。ベストと言わないのはまだ見ぬ百地さん適応力に優れた男性が出てくるかもしれないからなだけで、実質的には僕が一番だと思う。はず。多分。きっと。


「ねーえー、サーバーサーンードー。サーバーサーンードー知っーてーるー?」


 と、ここで物思いにふけっていた僕を涙目でぐわんぐわんと揺らし始める百地さん。

 百地さんは頭の中にニコニコマークの太陽を飼っているタイプの温かい娘なのだが、自分が構って貰えないとなると段々とテンションが下がって行って最後には泣き出してしまうというとてもカワイイ困ったちゃんだ。まるで幼稚園児みたいな娘だと思うかもしれないが、これでも学力は学年1位どころか全国でもトップクラスな上に色々な特許も持っていて百地さん個人でこの町の税収の何割かを収めていると言う強者だ。

 だけど僕からしたら涙目で僕の腕を掴んで離さない小動物の様にカワイ痛っ! 握力めっちゃ強っ!!? 痛たたたた!!!?


「サバサンド! サバサンドね!! うん、多分知ってるかも!!!」

「ホントー! いっちゃんも知ってるんだねー!」


 とりあえず適当に返事をするとさっきまでは涙目だった顔を急に パアァ と輝かせて喜び出す百地さん。その笑顔はまるで天使。握力はゴリラ並だけど外見は天使というハイブリッドエンジェリラ。

 名前を愛称で呼んでくれるのは嬉しいけど、『ちゃん』付けは恥ずかしいから止めて欲しいんだよなぁ。出来れば親密さがアップする様に呼び捨てにして欲しい。


「あー、でも、もしかしたら僕の知ってるサバサンドと百地さんの知ってるサバサンドは違うかもし…」

「じゃあ、食べに行こっかー!」

「へ?」


 百地さんの言うサバサンドがどんな物かの探りを入れようとした時、百地さんは天使の笑顔のまま僕の腕を引っ張って教室から出ようとする。


「ちょ、ちょっ待っ、これから授業だよ?」


 ここは学校で今は朝のホームルーム。

 健全な中学生ならばこれから勉学に励まなくてはならない時間であり、夏休み明けという事はテストが近いのでしっかりと先生の話を聞いておかなければならない。


「先生! 私といっちゃんはサバサンド早退しまーす!」

「おう、分かったぞ。いっちゃん頑張れ」

「はぁ!???」


 だというのに、百地さんの元気の良い声に担任の先生は二つ返事で応え、更に自分に向けて適当なエールを送る。ここは教師としてずる休みいしょうとする生徒を止めるべきじゃないの? というかクラスメイトの皆もなんか反応してよ。まるで僕と百地さんを居ない物として扱ってない? それはそれで百地さんを独占できるからいいんだけど、中学校のクラスで空気として扱われるの結構きついんだからね?教育委員会巻き込むよ?


「ほらほらー、いっちゃん早くー」

「百地さん、ジャージ伸びる、ジャージ伸びるからあんまり引っ張らないで…」

「私のあげるから大丈夫だよー」

「それはそれで嬉しいけど違うっ!」


 そんなこんなで僕は百地さんとサバサンドを食べる為に教室から連れ出され、今は飛行機に乗って雲の上に居る。


「って、なんで飛行機!!?」

「やだなーいっちゃん。サバサンドって言えばトルコだよー?」


 トルコ。

 正式名称はトルコ共和国で、西アジアに位置するアナトリア半島(小アジア)と東ヨーロッパに位置するバルカン半島東端の東トラキア地方を領有する共和制国家。首都はアナトリア中央部のアンカラ。アジアとヨーロッパの2つの大州にまたがる国である。

 昔はトルコのお風呂が卑猥な物の名前として扱われていてイメージが悪かったらしいんだけど、今は肉を串にさしてぐるぐる焼いてるケバブサンドの屋台が有名。

 いや、トルコの説明はいいんだけど、なんでトルコ? 日本にもトルコ料理の店あるんじゃないの? サバサンドがトルコ料理かは分からないけどさぁ。


「楽しみだねー、サバサンド。どんな味がするのかなー?」

「え、食べた事無いの!?」

「だから食べに行くんじゃなーい。いっちゃんったらおっかしーぃ」


 百地さんは機内で無料で貰えるコーヒー(砂糖と生クリームたっぷり)の6杯目を飲みながらニコニコして応える。そんなに沢山飲んだらトイレに行きたくなると思うんだけど大丈夫なんだろうか。確か離陸と着陸の時はトイレ行けないよね? 流石に好きな人でも漏らしちゃう姿はあんまり見たく無いなぁ。

 そして周りの大人たちはこんな中学生二人が学校名の書かれたジャージ姿のまま飛行機に乗っている姿をどうして不思議に思わないのだろうか。これがまだ団体なら修学旅行かと思うだろうけど、二人だけだよ? 普通は家出とか心配しない? 百地さんと二人なら地の果てでも月にさえも行ける自信はあるけどさぁ、ちょっとこれは大人がストップをかけるべき場面じゃないの? 親も『百地さん所のお嬢様と一緒なら安心ね』とか言って普通に送り出してきたし、中学生が二人きりで海外に行くとかもっと不審に思おうよみんな。


「んんぅ?」


 と、そこで7杯目のコーヒー(砂糖と生クリームたっぷり)を頼もうとした百地さんが何かに気付いて頭を左右に捻る(カワイイ)。


「どうしたの、百地さん。トイレ?」

「もう、いっちゃんったらそんな事聞かないでよぉ!」

「痛っ!?」


 百地さんはビンタが バシーン と決まり、僕は窓に押し付けられる。まあ、女の子にトイレの事を聞くのはデリカシーが無かったね。


「トイレじゃなくてー、なんか向こうで揉めてるおじさんが居るみたいでー」

「百地さん、そんな自然と機内で歩かないで!」


 急に立ち上がったかと思ったら、そのまま テクテク と手をペンギンみたいに左右に軽く広げながら歩き出す百地さん(カワイイ)。

 じゃなくて、飛んでる最中に勝手に出歩くのはマズイって百地さん。戻ろ?ね?席に戻ろ?うわ、力めっちゃつよ。中学生とはいえ人一人を引きずりながら ルンルン で歩くとか力めっちゃつよ。


「こっちかなー?」


 僕と百地さんが居たのは飛行機のビジネスクラスで、百地さんが向かっているのはどうやらエコノミークラス。ちなみにお金は百地さんが払っていて、最初はファーストクラスにしたいって言っていたけど流石にそれは悪いから『中学生なのにビジネスってカッコよくない?』と説得してビジネスクラスにして貰った。

 ちなみに時期が時期だからか座席はがらっがらで、ビジネスクラスには僕と百地さんの二人しか居なくて貸し切り状態だ。他のクラスも多分同じ感じだと思う。


「あれかなー?」


 流石にここまで来ると僕の耳にも揉めてるというおじさんの声が聞こえてきた。


「侮辱です! 謝罪してください!!」

「いえ、ですからそれは…」

「お願いなら承ります!!!」

「そうではな…」

「承ると言っている!!!!!」


 どうやらエコノミークラスでおじさんが大声を出して客室乗務員さんと揉めている。よく見るとおじさんは プルプル と震えて口の端から泡を出しながら叫んでいて、あれはかなり危険な状態だと思う。


「あれだねー」

「ちょ、百地さん、危ないって」

「お、お客様!?」

「ん、なんだお前は?」


 気になる騒動の元を見付けた百地さんは、おさげを左右に振りながら トテテ と客室乗務員さんと揉めているおじさんに近付く(カワイイ)。

 そして客室乗務員さんが止めに入るのも構わず、そのままおじさんの隣で手を振りかぶり…


「うるさーい!」


ズゴン!


「ぶっ!!!?」


バタン


 おじさんの頭にチョップを叩きこんで黙らせた。


「お、お客様!!! お客様!!!???」

「あわわわわわわ、 何してんの百地さん!!???」


 床にめりこんでぴくぴく痙攣しているおじさんの心配をする客室乗務員さんと、百地さんがとうとう人を殺めてしまったのではないかと心配する僕。

 一方、百地さんはいい仕事をしたとばかりに笑顔で額の汗をぬぐうポーズを取りながら遠くを見ている。確かにあのままだと危険な事になったかもしれないけどさぁ…


ビー ビー ビー ビー


 おじさんが静かになったと思ったら、今度は飛行機の中に警報が鳴り響き、室内灯が消えて赤いランプが灯る。緊急事態という奴だ。


「え、何!? 何!!? 百地さんまた何かしたの?」

「いっちゃんひっどーい! 私は何もしてないよー」

「お客様、座席に着いてください! お客様ぁ!!」


 怒れる承りおじさんの奇行は見守っていただけのお客さん達もこの事態には混乱している様で、機内は急に慌ただしくなる。

 立ち上がって逃げようとする人やお経を唱えだす人、いい機会とばかりに隣の旦那の首を絞める人や生配信を始める人など様々だ。

 こんな状況はTVでしか見た事が無い。案の定百地さんは目をキラキラさせて楽しんでいるし、一体何が起きたんだ。


『えーえー、機長です。只今起きた何らかの衝撃により当機の緊急安全装置が作動しましたが、直ぐに元に戻るので安心してください』


 すかさず入る機長からの放送。そして消える警報と赤いランプ。

 とりあえず問題は無さそうだけど、何らかの衝撃ってどう考えても百地さんがおじさんを黙らせた時のあれじゃん。


「やっぱ百地さんじゃん」

「えー、じゃあこうすればいいんでしょー?」


ズボッ


 今度はめりこんだおじさんを引っ張り上げる百地さん。

 人一人を大根でも引き抜くかのように引っ張り上げるって、あんなに細身なのにどういう筋力しているんだろう。


ビー ビー ビー ビー


 そして再度鳴り響く警報と、またも灯る赤いランプ。


『えーえー、機長です。只今起きた二度目の衝撃で当機の緊急安全装置が再作動しました」


 で、もう一度入る機長からの放送。え、やっぱ百地さんのせい?


ガクン


「うわっ!?」


 突如機体が上下に揺れ始め、立っているのが耐えられなくなる。これ、もしかしてかなりやばい状況なんじゃ…

 百地さん、百地さんは大丈夫なの? 例え僕が危険な目に会ったとしても、百地さんだけは無事で居て貰わないと。


「いっちゃんいっちゃん! はい、腕上げてー」

「あ、うん。百地さん。……え、これ何?」

「パラシュートー!!」


 気が付くと百地さんは救命胴衣とリュックサックが合体した様な物を身に付けていて、それを僕にも身に付けさせてくれようとしている。ベルトで協調された百地さんの小さな胸がちょっとえっち。いやいや、普段からそんなとこばかり見てる訳じゃない。たまたま見えちゃっただけ。


「お客様、座席に着いてシートベルトをして下さい!!!」


 赤面しつつ辺りを見回すと機内は先程よりも更に混乱した状況になっていて、大きく揺れる飛行機に耐えれずに床に倒れている人や何かを大声で叫んでいる人だらけで、客室乗務員さんは必死にシートベルトをする様に声を張り上げて叫んでいる。

 そんな中、百地さんだけはしっかりと二本の足で立って僕にパラシュートを付けてくれていて、百地さんだけはまるで喧噪から隔離された女神の様に美しい。


「これで飛行機が落ちても大丈夫だね!」


 僕にパラシュートを付け終わると、笑顔でそう言う百地さん(カワイイ)。

 いや、流石に墜落したらパラシュートがあろうとなかろうと意味はない気がするんだけど、百地さんがそう言うのなら大丈夫なんだろう。なんてたって百地さんだしね。

 でも、パラシュートでも墜落は無理だと思うよ?


『衝撃に備えてください』


ガクン ガガガガガガガガジュドォォォォォォォォォォ!!!!!


 もう一度期待が大きく揺れ、体全体に重力がかかるのを感じる。きっと、飛行機が不時着の体制に入ったのだろう。


「サバサンド食べれるといーねー」


 百地さんはこんな状況でも目をキラキラとさせて当初の目的のサバサンドの事を考えていて、その顔を見た僕は何度目かは分からないけど百地さんに心を奪われてしまう。

 この百地さんのキラキラした笑顔を見る為ならば飛行機が墜落しようが世界がどうなったって構やしない。

 なんてったって百地さんの笑顔だ。世界よりも価値があるに違いない。


「そうだね。サバサンド食べれるといいね」


 僕はそう答え、やがて訪れる衝撃に備えて体を強張らせた。

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