第5話 どうせジョブを選ぶのなら、バグの温床になってそうなやつを選ぶ

「お父さん。娘を俺にくれ!」

 


 俺が続ける。

 


「「「「はい!?!?!?」」」」

 


 満場一致のはい!?!?!?が響く。

 


 なにかおかしなこと言ったかな。

 いやいや、至極当然な流れだろうに。

 


 旅のパーティとして迎え入れる、ただそれだけの話だのに。

 


「ぼ、ぼくのむすめを!? あわわわ…」

 


「ええい! 娘を寄越さんか!」

 


「ちょっ、違うでしょ!? あんた…!」

 


 サキュ子は顔を赤くして口をパクパクさせている。

 


「サキュ子さんとデバッグおにいさんが…?」

 


 アリ子はあんぐりを口を開けている。

 


「絶妙なワードセンスですね…デバッグおにいさんという人は…」

 


 サキュ美に至ってはもはや呆れたような表情をしている。

 


 おかしい…何がおかしいんだ?

 


 結局その場が落ち着くまで20分ほどを要した。

 


 


「───なるほど、事情は分かったよ。お父さん悲しいなあ。もう娘が旅立つ年頃だなんて…」

 


 


「だ・か・ら! まだあたしが旅に出るなんて言ってないでしょ? 大体、諦めてもらうために呼んだんだから。パパも言ってやってよ。あたしに旅は無理なんだって」

 


「とは言ってもねえ。僕も旅立たれるのは寂しいけど、デゼルはなんでもできる子だし、後はデゼルの気持ち次第なんだよなぁ。無論デバッグおにいさんとの旅が嫌なら分かるけど、そうでもないんだろう?」

 


「それは…」

 


 少し/かなり長い間を空けてから、続ける。

 


「い、嫌に決まってるでしょ!? 大体、見ず知らずの人間の男となんか…」

 


「デゼル、本当に?」

 


「嘘を言って何になるって言うのよ!」

 


「うーん、分かったよ。聞いたかいデバッグおにいさん、すまないけど、そういうことだからお引き取り願う───」

 


「でもまあ折角来たんだし、魔族の暮らしくらいなら教えてあげる。今日は泊まっていきなさい」

 


「もちろんそのつもりだったんだが」

「です!」

 


 そう俺たちが答えてから少し間が空く。

 


「……デゼルがいいなら、僕はいいけどさ…」

 


 サキュ子パパは何か呆れたような、悟ったような表情をしていた。

 


「ありがとうね、パパ。さ、ちょっとお腹すいたし、ご飯にしましょうか」

 


「そうだなサキュ子。それとサキュ子パパ、不束ものだが、よろしく頼む」

 


 これからサキュ子は俺の家族”パーティ”になるのだから、お父さんにはしっかり対応しないとな。

 


「はい…ですが…の…」

 


 サキュ子パパは表情を曇らせる。

 


「うん? なんだって?」

 


「ひゃい!? やっぱりなんでもござらんのでしゅ…」

 


 サキュ子パパはすぐもじもじしてしまうので話しづらいな。

 


 


 


 


「昼食を作るわよ」

 


 サキュ子の呼びかけに応じ、俺、サキュ子、サキュ美、アリ子は厨房に辿り着いた。

 


「厨房、結構大きいんだな」

 


 思ったことをサキュ子に質問する。

 


「そりゃそうよ。あたしたちの飼ってる下僕たちにも食べさせてあげないといけないんだから」

 


「飼ってる? 人間をか?」

 


「そうよ人間よ。一日三食食べさせて、みすぼらしい服を取り上げて魔カタログから好きな服を与えてやって、毎日一時間の強制労働。そしてゲームパーティに参加させて強制的にいい魔夢を見させるのよ。あたしたちは人間の夢を食べないと死んじゃうもの。せっかく食べるのならいい夢を食べたいじゃない? そのためにあたしたちのエゴのためだけに人間には地獄の生活を強いているのよ。うふふ、恐ろしいでしょ」

 


「なんて恐ろしい…家畜ってことか」

 


「そうよ! これが魔族式人間いじめよ!」

 


 ちょっと羨ましいじゃないか。

 だがこの建物が東京ドーム級のサイズなことに納得はできた。

 


 


「ちなみにサキュ子さん、献立はどうされますか?」

 


 アリ子が素朴な疑問をぶつける。

 


「ふふん。今日は魔食の定番、家庭の味とも評される『オ魔ゥライス』よ。さ、そこの席で待ってなさい」

 


 そう言うと、サキュ子は机に並べられている二つの椅子を引き、座れるスペースを確保する。

 そこに俺とアリ子は座る。

 


「オムライス…! いいですね」

 


「どこまでゲームの中で料理を再現出来ているのか、見ものだな」

 


「…? とりあえず作っていくわよ。ジゼル、食材取って」

 


「任されました、おねえちゃん」

 


「それじゃあたしも…っと」

 


 そう言うとサキュ子は左手にくまさん手ぶくろを左手に着ける。

 素材はスライムの皮、だろうか。

 


「サキュ子、それは?」

 


「見ての通り、くまさん手ぶくろよ。それも調理スキル向上のエンチャント付きね」

 


「ほう…」

 


 だからか、食材を切るサキュ子は力強く、それでも繊細で精密な動作をしている。

 調理スキルというのはこれほどにも強力なスキルだったろうか。

 


 パッと見ただけでも、魔力、力、素早さの三つに補正が乗っているように見える。

 


 だが、強靭な魔物肉はそれでも切るのは難しいようだ。

 


「ちょっとこの包丁切れ味悪いわね」

 


「おねえちゃん、研ぎましょうか?」

 


「いや、その必要はないわ。エンチャントアクア」

 サキュ子が呟くと、包丁が水の刃を纏う。

 


「エンチャント魔法か。かっこいいな」

 


「人間だとあまり人気のない初期生産職、付呪士"エンチャンター"でジョブレベルを上げなければいけませんからね。あまり見る機会ないですよね。それにしてもすごい切れ味です!」

 


 ナイス解説、アリ子。

 水属性を纏った包丁は次々と食材を切り刻んでいく。

 


 そういえばさっきからサキュ美は料理をしないな。

 


「サキュ美は得意料理とかないのか?」

 


「いえ、ありませんよそんなもの」

 


「そうなのか…」

 


 思わず声のニュアンスに出る。

 


 ああなるほど、料理できない系なのね。

 


「フライパンの具合もいい感じに温まってきたわね。エンチャントファイア」

 


 サキュ子は炎魔法の扱いもうまいようで、絶妙な火加減を保っている。

 


 具材を入れて…ケチャップを入れて…

 


「そしてここで隠し味の〜…マヨネーズ!」

 


 いやいやいや。

 ちょっと待ってくれ。

 そう言えば彼女はマヨラーだったな。

 


 オムライスにマヨネーズなんてそんな悪魔的な発想…

 


「最高だろ!!!!!!」

 


「えぇ…」

 


 アリ子は露骨にドン引きしているが、そんなことは知ったことではない。

 マヨは多ければ多い程よい。

 


 古事記にもそう書いてあるし、アーサー王伝説でもそう語り継がれてるし、ピラミッドの壁画にも描かれている。

 


「でっしょ〜。これが悪魔的テクニック略して魔テク。隠し味ね」

「いいや隠すな。隠さんでいい。いいぞ! もっとだ! もっとやれ!」

 


「マヨネーズ!」

「マヨネーズ!」

 


「出来たわ!マヨネーズ!」

 


 こうして食卓には、魔ヨネーズが上がった。

 


 


 


 


 


 マヨネーズ祭を終えた俺たちは、至福のひとときを味わっていた。

 


「もうマヨはいいマヨ…」

 


「仕方ありません…おねえちゃんは味覚音痴なので…げぷっ」

 


 アリ子もサキュ美も満足そうで何よりだ。

 


「なかなかやるわねデバッグおにいさん。まさか魔の食を耐え忍ぶなんて」

 


「まさかサキュ子お前、あれほどにメシウマだったとはな。ますます仲間になってもらうしかないじゃないか」

 


「「同志!」」

 


 俺とサキュ子はガッチリと握手を交わす。

 


 


「そういえばサキュ子。あのくまさん手ぶくろはなんだったんだ?」

 


「ああ、アレはごく普通のエンチャントアイテムよ。調理スキルレベルが一時的に上がる代物ね」

 


「いや、それはおかしいぞ。ヘルプを見る限り調理スキルは調理時間が短くなったり具材が切りやすくなったりするものだ。それなのにステータスの力にも補正が加わるなんて…まさかな。ちょっと貸してくれ」

 


「いいけど、はい」

 


 心が踊る。

 さあ、本職の時間だ。

 


 


 もう一度ヘルプを確認する。

 


 


 調理

 カテゴリー:クラフトスキル

 調理スキルは、調理に関するあらゆることに影響します。

 調理のスキルレベルは、調理することによって上昇します。

 スキルレベルは100が上限で、1で25%、50で100%、100で200%の効果を発揮出来ます。

 さらにレベルアップで獲得することができるスキルポイントを調理スキルツリーに割り振ることで、さらなる効果を発揮することができます。詳しくはスキルツリーを参照してください。

 


 


 やはり思った通りだ、スキルツリーも力などに補正が入るわけではないようだ。

 このくまさんてぶくろは調理スキルではない?

 


 そう思ったので、くまさん手ぶくろを装備してステータスを確認する。

 


「表示に変化はないか…おいサキュ子、こっち来てくれ」

 


「ん?なにかしら」

 


 ならば、検証するまでだ。

 


「ふんすっ!」

 


「ぐぇっ! ごほっ! くはっ!」

 


 溝落ちに3発のパンチをねじ込む。

 ダメージは20、23、22だった。

 


「ちょっとあんた、何するのよ!」

 


「いや、一番頑丈なのはサキュ子だと思ったからな。それにサキュ子はそういう趣味だしな」

 


「そういう趣味って何よ! 魔族院首席のこのあたしがそんなわけ…ないのに…この嫌なゾクゾクする感じ…何かしら」

 


 次は手ぶくろを外して…

 


「ふんすっ!」

 


「あぁん!」

 


 先程と同じほどの力で溝落ちを殴る。

 


 17、18、18。

 確かに力が落ちているようだ。

 


 力に補正がかかるスキルは『近接武器』『盾』、それと『エンチャント』だったか。

 


 まあ、もっともエンチャントは魔力値を参照して微々たる力として補正するようなので、最も小さい変化量だろうが。

 


 だがこの場合疑うのは…

 


「よし、ジョブ登録完了っと。なあ、エンチャントのコツを教えてくれないか?」

 


「えぇ? いいけど、あんた付呪士になったの? 付呪士って弱いんじゃないの?」

 


「それはどうしてだ?」

 


「だって人気ないんでしょ」

 


「確かにそうだ、それに効果も弱い。生産職っていうのはいわゆる『こわれ』になる素質を秘めているし、当然だろう」

 


「だったらなんで…」

 アリ子もサキュ美も、会話自体には入ってこないが、俺の意図がわからないような表情をしている。

 


「ものは試しってな」

 


「そう、分かったわ。まずはこうして魔石を用意して、魔力をぐーって込める感じで、ぐいっとやるのよ」

 


「なるほど、よく分かった。この小さい魔石貰っていいか?」

 


「これくらいなら無価値にも等しいから、いくらでもあげるわよ」

 


 サキュ子の解説は分かりやすいな。

 


「ふんすっ!」

 


 俺は試験的に自らの上着に魔力を集中させた。

 気持ち的には…そうだな。

 燃える情熱の炎がよろしい。

 


 ルネッサンス情熱。

 


 炎をイメージするのだ。

 


「はぁっ!」

 


 魔石は砕ける。

 服がほんのり暖かくなった気がした。

 俺はすぐさま服のプロパティを開く。

 


「げっ、あんたエンチャントの素質ないんじゃないの?」

 


 仕上がりは下の下と言ったところか。

 


「まあスキルレベル初期値ならこんなものだろう。だがこの服に付いている有効な効果を確認して欲しい」

 


「そんなの、火属性1%とかそれくらいじゃ…嘘、何これ」

 サキュ子は目を丸くする。

 


「何かあったんですか?」

 


「ふむふむ…」

 


 アリ子とサキュ美は俺のステータスを覗き込む。

 


「何よ…調理:炎属性強化+1%って! まるで服が調理されたような扱いになっているじゃない」

 


「これは俺の推測だが、システム的に調理とエンチャントは同じ、素材を加工する生産職だ。調理スキルはエンチャントのシステムをコピペで作ったんだ。そこで書き換えるはずだったプログラムをうっかり、書き残してしまったんだろうさ」

 


「なるほど…?」

 理解してないなこれ。

 


「プレイヤーキャラクターには特定のモーションで生産できるモーションクラフトと、UIから簡単に出来るクイッククラフトがある。俺はメニューから調理を選択、あとは対象を選択する状態でモーションクラフトからエンチャントを同時に実行したんだよ。そしたらなんか調理になった」

 


「えぇ…」

 みんながみんなして、ぽかーんとしている。

 


「でもそれって、ただ調理の扱いになっただけじゃない。調理になったからといって効果が変わるわけじゃないんでしょ?」

 


「それがそうでも無いんだよな。まあ見てろって」

 もう一度魔石を握り、炎のイメージを練り上げる。

 


「嘘でしょ…」

 


 そのリアクションは当然だ。

 


 


 装備プロパティ

 麻の服

 調理:炎属性強化+1%

 調理:炎属性強化+1%

 


 


 効果が重複して着いているのだから。

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