第56話 その後の話(ジャックとシャーロット)

一方で、グレンフェル侯爵夫人は、街にあるデカ過ぎる自邸を改築して一部をブルジョア連中に貸し出すことにした。


外交官夫人として外国にいることの方が多かったからだ。邸宅を使用することがほとんどない。


侯爵家の持ち物と聞くと、成金連中は目の色を変えた。


「使って頂けると、長持ちします。きれいにご利用くださいませ」


何やら貴族よりも貴族らしい執事から慇懃に説明を受けると、つい、うっかりへいへいしてしまう。


そして、何年か経つと、グレンフェル侯爵家の利用が出来る連中には、なぜか箔が付いた。


部屋を汚したり、醜聞を出した連中は二度と貸してもらえなかったからだ。続けて借りられる人々は、それなりの振る舞いが出来ると認められたことになる。

社交シーズンになると田舎から出てくる連中も多いが、滞在先がグレンフェル侯爵の邸宅とわかると、尊敬されるようになった。


このため、成金どもにとっては、喉から手が出るほど滞在したい場所になった。


しかもグレンフェル侯爵家の邸宅の賃料は高いわけではなかった。なかなか良心的な値段であった。

高かったのは保証料で、こっちは異例と言えるほど高額だったが、部屋を汚しさえしなければ全額戻ってくるので気にする者はいなかった。


フィオナはその莫大な金をせっせと高利で回していた。


「あなたって、商売人ねえ」


クリスチンが感心した。


「だって、領地から上がる収益なんて、ほんとにたかがしれているのよ」


フィオナは微笑んだ。


「それに、私の商売なんて不動産貸しだけよ。シャーロットなんか、お父様と一緒にどんどん仕事をしているわ」


「本当にねえ」


クリスチンは義妹の活躍に呆れ果てていた。


「すごい嫁をもらったものだわ」


女性が表立って商売することはできない。

モンゴメリ卿夫人は慈善事業を行い、趣味のよさを発揮してるだけなので誰からも非難されなかったし、グレンフェル侯爵邸の貸し出しは夫君が行っていることになっていた。シャーロットも父と夫が事業を行っている態ではあったが、商機を見ると目の色が変わった。楽しそうで、ポイントを突いてきた。


「彼女と一緒に金が動く。ため込む気はないらしいな」


「お金は嘘をつかないところが好きよ」

シャーロットは言った。


ジャックは、妻の様子をにっこり笑って見ていた。

商機をつかみ、世の動きを感じ取る能力はどうやら天賦の才らしい。

しかし、実行するのは別の話だ。


人を集め、信頼を得て動かすためには、まずその人物に信頼や行動力、責任の厚みがないと誰も動かない。


ジャックは軽そうに見えたが、決してそうではなかった。彼の約束は必ず実行されたし、ダメなときにも理由があった。



ヒューズ夫人はいまだにベッドから動けなかった。


「フレデリックには手に余る嫁だったろうねえ」


彼女はシャーロットの噂を聞いて言った。


「ジャックは尻に敷かれている」


フレデリックは不満そうに指摘した。彼は女は自宅にいるべき派だった。だが、母親のヒューズ夫人は息子に首を振って見せた。


「尻に敷かれて平気でいられるのは、男の度量だよ」



ちなみにクリスチンは王妃の気に入りになってしまった。なるようにしてなったと言う言葉こういう時に使うべきだろう。


モンゴメリ卿の庭の見学の際、知り合ったのである。


「足払いをしてロストフ公爵を突っ転ばしたのですって?」

王妃は極めて愉快そうだった。

「そのお話、聞かせてちょうだい」


数々の武勇伝を誇る大富豪の夫人クリスチンと、数々の陰謀をそれとなくしれッと実行するモンゴメリ卿夫人シルビアは、年回りもさほど変わらぬ王妃と、残念なことにすっかり意気投合した。


「ここへ外交官夫人のグレンフェル侯爵夫人と、実力で実業界に食い込むパーシヴァル夫人が加わると……」


モンゴメリ卿とボードヒル子爵は意気阻喪した。


「次には何が起きるんでしょうねえ」


二人は、すっかりロマンチックに模様替えされた庭園で、その自分たちが全く似つかわしくない存在で、むさくるしい感じに見えるんじゃないかと恐れながらお茶をしていた。周りでは、やる気満々の年寄りの庭師たちがせっせと働いていた。


でも、シルビアがモンゴメリ卿を見つめる時はいつだって甘えた顔だった。

モンゴメリ卿にはわかっていた。


シャーロットも、ジャックに見惚れていた。大好きであこがれていて、やっと手に入れた夫だった。


「まあ、なんでもいいかな」


モンゴメリ卿はつぶやいた。日が暮れていき、邸内にはオレンジ色の明かりが灯されていく。


「あなた?」


シルビアが呼んでいる。


「ここだよ、シルビア」


「ジャックとシャーロットが来ているのよ」


薄暗がりに、部屋の明かりを受けて二人のシルエットが浮かび上がった。寄り添って、ジャックはシャーロットを大事そうに撫でていた。


「そうか。もうすぐ生まれるんだったね」


「実はね、モリソン」


重々しくモンゴメリ卿は言いだした。


「なるほど、アーサー、君のところにも遂にコウノトリが来たわけだ」


何を言われるのか察知したボードヒル子爵が先回りした。


「僕が名付け親になってやる。そして従兄弟の君の子に、僕の爵位は譲ろう」


モンゴメリ卿はちょっと驚いて、従兄弟のモリソンの顔を眺めた。モリソンはシルビア夫人を指した。


「どんな男でも、ああはいかない。恐るべき女だ」

シルビア・モンゴメリ夫人のことだった。


「うん。シャーロットもだ」


男しか目になくて、それをバレないように取り繕うために、いつもクソ真面目で陰気臭い雰囲気を漂わせている子爵が、珍しく笑顔になった。


「あの女たちを見ているとね、モリソン」


彼は微笑んだ。


「世界の半分は女だが、それでもいいかと思い始めたよ」

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