第55話 その後の話(モンゴメリ家のお家事情)

ジャックとシャーロットは、モンゴメリ卿とシルビア・ハミルトン嬢とほぼ時期を同じくして結婚式を挙げた。


ジャックは自分が事業の総責任を取るつもりだったが、マッキントッシュ家の事業についてはシャーロットが父について勉強を始めた。


「筋がいい。優秀な娘だ」


思いがけず商才があると父親は目を細めた。



そして、元シルビア・ハミルトン嬢、現在のモンゴメリ卿夫人は、拝謁できるような身分ではなかったのだが、密かに王妃にお目通りを許された。


ロストフ公爵がどこの家の娘も連れ帰らず、希望者の男爵令嬢を連れ帰っただけで済んだ件を誉めたいとのことだったが、実は例の乱痴気騒ぎのおかげでロストフ公爵が王位継承権をはく奪され、年金を減らされたのが痛快だったらしい。


「女の子に猥談を聞かせるだなんて」


王妃は実はカンカンだった。ロストフ公爵に一泡吹かせるチャンスを虎視眈々と狙っていたのだ。


そして、今回の乱闘事件の立役者、モンゴメリ卿夫人が関わっている孤児院についてもおたずねがあり、モンゴメリ卿夫人は、何かしてあげようと言う王妃からの申し出に対し、孤児院への王妃の慰問を願い出た。


「もっと何か別なものをねだったらいいのに?」


夫は聞いたが、妻は頑固に首を振った。


孤児院や救貧院の慰問は、王妃の通常業務である。

もっとお願い出来るものがあるだろうと夫は思ったのだろう。


だが、モンゴメリ卿は妻をなめていた。

彼は、なんと、自慢の庭園をシルビア・ハミルトン嬢が牛耳っている孤児院に寄付させられた。


「え? なんで?」


その上、ハミルトン家で使っていた老庭師が、意気揚々とモンゴメリ卿の庭園に進出してきた。

そのほかにも、続々と七十歳を回ったような年寄りの庭師たちがやって来て、彼の自慢の庭をひっくり返し始めたのである。

美しくはあったが、今まで呑気にバラバラと樹木が生えていた庭に、バラのパーゴラや、四阿が設えられていく。


「何を始める気? シルビア」


妻にベタ惚れのモンゴメリ卿は涙目で愛妻にすがったが、無視された。


「いいから、あなたは黙ってなさい」


孤児院から男の子たちがやって来て、年寄りの庭師連中ではできない力仕事を代わりにやった。年寄りと子どもだから人件費はほぼタダだ。


「王妃様肝入りの孤児院ですわ」


工事が終わると、王妃様が訪問され、小さな孤児院と美しい庭園は世の注目を浴びた。


「夢のような美しさね」


王妃は様変わりした庭にうっとりした。


そして、庭園は孤児院の庭になり、シルビア嬢はこれまでのモンゴメリ卿のガーデンパーティを慈善パーティに変更したうえ、パーティーには参加料を、パーティがない時は入場料を取ることにした。否、入場料ではない。寄付金である。

この庭に来る者は慈善を施すことになるからだ。



結婚して、モンゴメリ家の帳簿を確認したシルビア夫人は渋い顔をした。

大赤字である。

パーティがよろしくない。こんなことをしていたら、いつか破産してしまう。


「貴族なんてそんなものだよ?」


「まあ、ご冗談を」


妻のこの「まあ、ご冗談」をと言うセリフを聞いたのは何度目だろうか。


孤児たちはこの庭で遊ぶことは厳重に禁じられていた。

「貧乏臭いモノの出入りは厳禁です」

シルビアは言った。


「ここは浮世を忘れる夢の庭。冬でも庭を鑑賞できるガラス張りの建物を造りましょう」


慈善家のマダムや紳士たちは寄付をした。陰気臭い教会や汚らしい子どもがうじゃうじゃしている孤児院に寄付するより、美しい庭園付きの孤児院に寄付する方が気が利いているような気がしたからだ。それにここは王妃様お気に入りの庭園だ。


遊び人の貴族たちは令嬢たちを伴って、入場料を払ってやって来た。ここなら木の陰があったし、連れ込んでも慈善のためと言う大義名分が成り立つ。モンゴメリ卿夫人のセンスのおかげで、最新流行の場所だと言うもっぱらの噂だった。


「シルビア、寄付金をせしめているって言うのだけはないよね?」


「そんなこと、ありませんわ。パーティーをモンゴメリ家の出費なしで行なっているだけですわ」


モンゴメリ卿は妻を見た。元々私財を投じて孤児を助けていた人である。


「そうだよね」


「もちろんですわ。信用で成り立っている商売ですのよ?」


孤児院経営は、商売ではない。


「逆ですわ。あなたのお好きなパーティーを無料で行う方法を考えた結果ですわ」


「あの、シルビア、僕はもうパーティーなんかしなくていいんだ」


モンゴメリ卿は愛妻に向かって言い出した。


「君さえ、そばにいてくれれば……」


結婚前と真逆で、今では妻の方がパーティーに熱心になってしまった。



「でも、モンゴメリ卿夫人のパーティーは、特別ですわ」


今やパーシヴァル夫人となったシャーロットが言った。


「毎回、趣向が違うのですもの。同じクリスマスでも白いクリスマスだったり、緑のクリスマスだったり」


モンゴメリ卿夫人はそのセンスを遺憾なく発揮していた。

そして、年に何回か開かれるイベントは名物になっていった。


「貴族なのにパーティーに入場料を取っても外聞が悪くないように寄付にしたのよ」


モンゴメリ卿夫人は夫に向かって解説した。


「そうですか……」

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