第15話 ロストフ公爵エピソード集


ボードヒル子爵は宮廷で侍従と言う役職を務めている。特に他国からの客人の接待を任されることが多い。結構なベテランである。それが張り付きになっていると言うことは……


「いや、なかなか冒険好きなお方で……」


そう言うと、子爵はシルクハットを脱いでハンカチで汗をぬぐった。


「どういう意味です?」


「ああ……すまなかった、アーサー。ここならどうにかなると思ってね。何しろ、見目麗しい良家の令嬢たちと話してみたいと頑張られてしまって。モンゴメリ卿のガーデンパーティは有名だろう? よりすぐりの美人で気の利いた令嬢たちが集まるって」


「ガーデンパーティならここだけじゃあるまい」


モンゴメリ卿は無慈悲に答えた。はっきり言って迷惑だ。突然、前ぶれもなく訪問してきて。


「ま、まあ、なにしろ、ここは男連中も機転が利くし、万一何かあっても……」


「万一何かあってもって、どういう意味だ、モリソン。ロストフ公爵のどこがまずいんだ」


ロストフ公爵は王族の一員だ。にもかかわらず、なぜ、どこぞの公爵家の晩餐会や、王妃主催のお茶会に参加せず、モンゴメリ卿のような階級の人間が開いているガーデンパーティなんかに来るのだ。


観念してボードヒル子爵は、モンゴメリ卿を半目になって見上げて、泥を吐いた。


「一週間前は、美人で有名なロックフィールド夫人に付きまとって、無理やりキスしようとして……」


モンゴメリ卿は目を見開いた。

既婚夫人にいきなりキスはひどい。しかも、あの気の強いロックフィールド夫人にとは!

ロックフィールド家は貴族ではないが、大陸全体を網羅する大金融業を営む大富豪の一族の夫人だ。ロックフィールド一族の力は王家に匹敵するとも言われていた。


「それで?」


「ロックフィールド夫人はドレスとヒールなのに、どうやったのか見事な足払いを食らわせて公爵を頭から突っ転ばした」


今度はロックフィールド夫人の身の上が心配になった。ロストフ公爵は王家の血を引く高貴の人である。王族に足払いをかまして無事で済むのだろうか。


「それで?」


「転んだ途端に夫人のスカートの中がチラ見えしたそうで、公爵はお礼を言っていた」


「………」


「素晴らしいものを見せていただいたと」


二度目の蹴りをかまされなかったか、気になった。もう、気力がなくなったのだろうか。ロックフィールド夫人の意欲を削いだのなら、大したものだ。まずい方の意味でだが。


「二日前は十歳のエリザベス王女殿下に自国のえげつない猥談を聞かせているところを陛下に見つかって、私が呼ばれて、どこでもいいから宮廷以外の場所へ連れ出せと仰せつかった」


モンゴメリ卿は思わず怒鳴った。


「それで、なんでここなんだ! 猥談好きだなんて、夜の街が似合いだろう!」


「昼間連れて行くところがないんだ。それに、こういう社交界に興味を示されていて……」


「さっさと連れて帰れ。昼間っから開いている店だってあるぞ!」


「それが、私はどうもそちら方面に疎くて……」


怒りで鼻の穴を膨らませていたモンゴメリ卿だったが、妥協した。


「……仕方ない。私の御者と家令のオスカーを貸してやる。街には相当詳しいはずだ」


「恩に着る」


「すぐにここから公爵を連れ出せ。ただし、オスカーに手を出すなよ」


堅物で有名な子爵が実はゲイなことをモンゴメリ卿は知っていた。女嫌いとか言ってごまかしていたが、この時代、男色は嫌われたのでバレるとただでは済まない。


「すぐは無理だが、様子を見て出来るだけ早くでるよ。それと、嫌がらせを言わないでくれ」


子爵はため息をついて帽子をかぶりなおすと公爵の行動の看視を始めた。


身分が高く王家の親戚にもかかわらず、微妙に礼儀知らずとは厄介極まりない。


要は王家にも、もてあまされたわけだ。


そんな面倒な人物を自分のパーティに連れてくるだなんて、嫌味の一つも言いたくなるだろう。



モンゴメリ卿も子爵と一緒に、やや心配そうに公爵の後姿に目をやった。


「モンゴメリ卿……」


後ろから声がかかった。


卿が振り返るとジャックがいた。


「何をしているのですか? みんながあのテーブルを見ていますけど」


モンゴメリ卿は、公爵しか見ていなかったのだが、今、ジャックから言われて、周りを見るとパーティの参加者全員が公爵の姿を目で追っていた。


「もしかして、あれが、クリスチン……ではなくてロックフィールド夫人にキスし損ねて転んで、石畳で頭を切って血みどろになったとか言うロストフ公爵ですか?」


頭を切って血みどろになった? 

ロックフィールド夫人はジャックの実の姉だった。事情を聞いて知っているのだろう。

子爵の話より事態が悪化しているが、それでもお礼を言ったと言うことはスカートの中身が余程よかったのだろうか。もぐりこみたいとか。


いや、そんなことを妄想している場合ではなかった。


なにやら、テーブルでの声が大きくなっている。

多分、ひときわ大きな、上機嫌のテノールの声が例の公爵ではないだろうか? 微妙になまっている。


パーティの全員が、木陰のテーブルを凝視していた。


「ちょっと、見てきましょうか?」


ジャックが言った。

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