第14話 ロストフ公爵登場

庭から、ボードヒル子爵が大柄な若い男と一緒にモンゴメリ卿へ向かってやってくるのが見えた。


「あら、ボードヒル子爵が来られましたわ? 珍しい」


目ざといシルビア・ハミルトン嬢が気がついて、モンゴメリ卿に伝えた。


モンゴメリ卿は眉をしかめた。


子爵は卿の従兄弟にあたる。


ただし、彼は一度もモンゴメリ卿のガーデンのパーティなんかに参加したことがなかった。彼は謹厳実直で鳴らす堅物である。若くもない。こんなパーティに用事はない筈だ。


それが、モンゴメリ卿目指してまっしぐらにやってくるのだ。


「おかしい。悪い予感しかしないな」


モンゴメリ卿はつぶやいた。


「やあ、アーサー」


子爵は暗い声でいかにも気軽そうに声をかけてきた。

アーサーはモンゴメリ卿の名前で、子爵の声質が暗いのは元々である。気軽そうというのは、いつもの子爵にしては、という意味だ。


「ああ、モリソン、久しぶり。一体どうして今日は……」


「実は珍しい賓客を案内してきたんだ」


子爵は早口で説明した。


「紹介しよう。陛下のまた従兄弟に当たられるピョートル・ドルゴルーキ殿だ。ロストフ公爵である」


「は?」


ロストフ公爵?


「公爵はしばらくこの街に滞在される。私は接待係を仰せつかった。面白く楽しいところをご案内せよと」


モンゴメリ卿は半目になって従兄を眺めた。

この世で、この従兄ほど融通が付かず、遊びと程遠い男がいるだろうか。


紹介された公爵は、にっこり微笑んでいた。モンゴメリ卿はあわてて言葉をつないだ。


「アーサー・モンゴメリでございます。このようなささやかなパーティにお越しいただき光栄に存じます」


モンゴメリ卿もうわさは聞いて知っていた。この若い高貴の公爵は北のはずれの帝国に嫁いだ、陛下の伯母君の孫のはずだ。

ここ数か月は祖母君のお勧めで、この国での社交シーズンを楽しむ予定らしい。


確か、金だけはたんまりあるはずだった。


ただ、王族とは言えド田舎の国の出身なので礼儀作法が少々あやしく、さらに困ったことに美しい女性に目がないと言う。

マナーがなっていない公爵は、高い身分を盾に、人妻に話しかけたり、遠慮を飛び越えて若い娘に馴れ馴れしく声を掛けたりしているらしい。その武勇伝のいくつかはモンゴメリ卿も聞いて知っていた。


どうして私の庭園に、前触れもなくそんな野獣を連れてくるんだ。


モンゴメリ卿は心の中でののしった。


いくらでも繁華街があるじゃないか。パリ程ではないにしても、この街だって結構派手に遊べるところがある。お前が知らんだけじゃないのか、モリソン。


「そうではなくて、社交界の花をお楽しみになりたいとおっしゃるのだ」


どうしてモンゴメリ卿の考えが分かったのか、子爵が答えた。


「モンゴメリ卿、突然の訪問を申し訳ない」

テノールの声がしゃべった。


モンゴメリ卿は、改めて公爵を見た。


見た目は悪くない。流行の服に身を包み、キラキラと輝く金髪はきれいに整えられ目鼻の整った顔立ちだ。豪華な服でうまく隠しているが、放蕩で太りかけているのがわかった。


よおく目を凝らして観察すると、年齢の割に頭髪が薄い。それで髪をきれいに整えているのか。手を見ると、ぽってり太って、指輪が肉に食い込んでいる。


公爵はいかにも面白そうにきょろきょろしていた。そして、テーブルの一つを指さすと座ってもよいかと尋ねた。


「もちろんでございます。失礼がないようご一緒しましょう」


子爵が慇懃に申し出ると、公爵はいとも簡単に断った。ノーである。ひとりで行って、何をやらかすつもりなんだろう。モンゴメリ卿は冷や汗が出てきた。


「それでは、わたくしがご案内いたしますわ」


かわいらしい声がして、小柄で美しい女性が名乗り出てきた。シルビアだった。


ちょっと待って、シルビア嬢。そんな野獣に……

しかし、子爵はいかにも安心したような声を出した。


「ハミルトン嬢なら、安心ですな」


いや、子爵は安心でもモンゴメリ卿は安心できない。公爵はいかにもシルビア嬢が気に入ったと言う様子で、シャーロットたちが談笑している木陰のテーブル目指して一緒に歩いて行った。


「ハミルトン嬢なら、ものすごい事態をどうにかこうにか避けてくれそうです」


「ものすごい事態って、どんな事態のことですか? モリソン」


モンゴメリ卿はものすごい目つきで従兄を眺めた。

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