第16話 ロストフ公爵の恋人探し
「まあ、公爵様、それでは閣下はこの国で恋人探しを?」
穏やかで品のいいハミルトン嬢が、笑いを含んだように聞こえる口調でロストフ公爵に尋ねた。
公爵はあからさまに笑って見せた。あまり品があるとは言えない。
「もちろん! もちろんですとも! 気に入った令嬢がいれば我が国にお迎えしたいと思っています」
「でも、公爵様におかれましては、ふさわしい家柄のご令嬢をお探しにならないといけませんわね」
「いやいや! 家柄なんぞより、大事なもんがあると私は思っているので!」
シルビア・ハミルトン嬢がせっせと家柄に話を誘導している理由は、公爵の視線の先にあった。
テーブルに着いた途端、公爵は一渡りその場にいた三人の令嬢の顔を眺めて品定めを始めた。同席していた男二人のことは完全無視である。
娘たちは固まった。
こんな不躾な目線に測定されたことはない。
髪の色、髪質から始まって、胸の形大きさ、腰の線まで、舐めるように観察していって、最後に彼の目はシャーロットの目で止まった。
そして、公爵はにっこりした。
「美しい!」
それからテーブルに身を乗り出すようにして、シャーロットに尋ねた。
「お名前は?」
お目に留まったシャーロットは真っ青になった。
シャーロットは貴族の娘ではない。
自国へ連れ帰ると言っているが、平民の娘では正妻にはならないだろう。愛妾がいいところだ。確かに贅沢三昧出来るのかもしれないが、彼女の家は富豪なのだ。自前で十分贅沢出来る。おそろしい北の田舎の国なんか行きたくなかった。
しかも、どうもこれまでの話の流れから言うと、この公爵はそんなこと理解できないらしい。
どうやら彼の国では、公爵の愛人になることは、平民の娘なら誰もが切望する名誉あるお話らしい。拒否られるとは夢にも思っていないようだ。
この話を断ったらどういう事態になるのか、シャーロットにはさっぱりわからなかった。
もともと商家の娘で、宮廷のような場所とは縁が遠い。それでも、愛想よく親しげな様子でありながら、公爵の無意識のうちにも威圧的な態度、自分の意見が通らない可能性など全く考えていないらしい様子から見て、拒否は爆弾を投げつけるようなものなのだと言うことだけは理解できた。
怖い。相手は未開の地として有名な、北の圧政的な国の王家の一員だ。
「お名前は?」
かさねて貴公子は聞いた。
「彼女は平民ですので、閣下に直接お応えできないのでございます」
シルビア・ハミルトン嬢がフォローした。
「かまわない。そんな礼儀作法など、気にしなくていい。なんと美しい目の色だ。さあ、名前を教えてください。あなたの家をお訪ねできるように」
できるなら、お訪ねしないでいただきたい。現在のところ、フレデリックだけで、すでに手いっぱいだ。
「……シャーロット・アン・マッキントッシュでございます」
シャーロットは震える声で答えた。
「シャルロッタ嬢ですね!」
公爵は嬉しそうに繰り返した。
「閣下、もうひとつ、お尋ねにならないといけないことがございますわ」
ハミルトン嬢が、にこやかに微笑みながら口をはさんだ。
「年齢ですか?」
「いえ。結婚されているかどうか」
「まさか! もう、結婚しているのですか?」
「……いえ」
シャーロットが震え声で答えた。
「婚約者がおりますのよ」
ハミルトン嬢はいかにも残念と言ったように公爵に教え、シャーロットに目で信号を送った。
フレデリックがいるではないか! 北の大地に送られてしまうのと、しばらく噂に悩まされるのと、どちらがましかと言われたら! それは、取り返しがつく方だ。
「つい先ごろ、婚約しました……」
消え入りそうな声で、シャーロットは答えた。
フレデリックと婚約しているなんて言いたくなかったが、たとえどんな貴公子でも、遠く離れた野蛮な国になど絶対に行きたくない。
フームと公爵は黙った。疑ったのである。
疑うのには理由があった。
これまで彼が気に入って声をかけた令嬢は、全員婚約者がいるか、既婚者だったのである。
ボードヒル子爵によると、
「さすが公爵はお目が高くていらっしゃる。美人で魅力的で、従って売れ行きのいい娘ばかりをキッチリお選びになるから、どうしてもそうなります」
とのことであるが、既婚者はとにかく、どの娘にも必ず婚約者がいるとはどういうわけだ。
今日出会ったこの娘はことのほか気に入った。しかも、とても若い。そんなに早く婚約者が決まっているとは思えない。
もしや嘘ではあるまいな? 同席している連中をジロリと一渡り見渡すと、全員が目を逸らした。
実のところ、さっきまで、シャーロットはフレデリックとの婚約の噂を否定しまくっていたのだ。
それが、どうして婚約者がいる話に急展開したのか、同席者は頭がついていかなかった。何しろ唐突過ぎる。それに相手は、王家の親戚で、北の帝国の大公爵である。ヘタなことを言ったら、外交問題になるかもしれない。全員が押し黙った。
「本当ですか?」
「もちろんですわ」
ハミルトン嬢はぬけぬけと答えた。
「婚約者の方のお名前は?」
公爵がいかにも疑っているといった様子で、シャーロットに向かって聞いた。
「え……っと、フレデリック・ヒューズと申します」
「じゃあ、どうして、今日婚約者はここへ来ていないの?」
シャーロットは狼狽した。
「私の国ではパーティに参加するときは、必ず婚約者が同伴します。どうして一人でパーティに参加するのか?」
「ちょっと、所用がございまして……」
「婚約者は本当に実在するのか? 私が目を向けた娘全員に、婚約者がいるなんておかしいだろう」
同席者の推測が確信に変わった。なるほど。そう言うわけか。みんな、何とかして逃れたくて婚約者がいると言い逃れをしたわけだな?
公爵の眉毛が寄ってきて、危険信号を発し始めた。
シャーロットは必死になった。
「……ちょっと、遅れてまいりますの。それだけのことですわ」
「本当かな? では、しばらく、あなたのそばに居させていただこう。そのフレデリックとやらが来なければ……」
全員が押し黙り、シャーロットは真っ青になった。フレデリックは絶対に来ない。そもそも招待されていない。
公爵がシャーロットを睨みつけた。沈黙がその場を支配した。
その時、シャーロットの肩に男の手が置かれ、冷静な声が響いた。
「フレデリックは私です」
全員が現れた男に目を注いだ。
ジャックだった。
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