第51話 別の修羅場、開催される

「何をしている」


突然冷たい声がした。


おたがいに夢中になっていたシャーロットとジャックが目を上げると、着飾ったフレデリックが立っていた。パーティに来ていたのだ。


「ジャック……」


フレデリックは大男だ。ジャックよりだいぶ大きい。力もありそうだった。本気で怒っているようだった。それを必死で抑えている。


「君は、何をしているんだ。人の婚約者に向かって。そんな男だったか?」


それ、誤解ですから! 


……とシャーロットは叫びたかったが、声にならなかった。


フレデリックはジャックを見つめていた。


「あんたなら安心だと思っていた。友情に篤い男だ。信頼できる。それが、こんな……」


彼は一呼吸置いた。苦々しげだった。


「二人きりで話し込んでいるだなんて」


すみません。その前にファーストキスを済ませました。


「人間、間違いはある」


ジャックはしばらくフレデリックの顔を眺めていたが、落ち着き払って言いだした。


「え?」


「え?」


なんの間違い? まさか?


「実は彼女に結婚を申し込んでいた」


「なんだと? 人の婚約者にか?」


「婚約していないと思ったが」


「婚約は発表していないが、もう少しのところだ」


「もう少しのところは婚約とは言わない。ピアで一緒に暮らしている間に彼女に惹かれた」


「え……」


「ついては、譲っていただきたい」


「は?」


フレデリックは言葉の意味を理解するまでに少し時間がかかったが、真っ赤になった。


「だめだ」


「フレデリック、しかし、実はすでに……」


「えッ?」


「どういう意味?」


二人……というのはシャーロットとフレデリックのことだが、同時に激しくジャックの方を振り返った。


ジャックはいかにもつつましく二人に向かい合っていた。

そして、にっこり笑って見せた。


「あまりにもシャーロット嬢がかわいらしくて、つい」


フレデリックも驚いていたが、シャーロット嬢の方がもっと驚いていた。フレデリックは叫んだ。


「一体、マッキントッシュ夫人は何のためについて行ったんだ!」


「同じアパートメントだ。どうにかなる。そう思わないか?」


「思わない!」

「思わないわ!」


異口同音に二人が叫び、ジャックはいかにもしおらしくうつむいて言った。


「すまない、シャーロット、ばらしてしまって」


「何、言っているのよ!」


「ああ、本当なのか!」


「違うわ!」


「否定しないでくれ……」


「お前らは!……俺がバカだった!」


「そんなわけで責任を取らせてほしい」


ジャックがひっそりと目を輝かせた。


「申し訳ない。そして、このことはシャーロット嬢の名誉のために黙っておいてくれ」


「それは……それは、黙っておくが、シャーロット嬢、君は……」


フレデリックは真っ赤になって憤怒に駆られているシャーロットの顔を見た。


「なんて、行動的なんだ……」


「そんな事実はありません! ジャック、なんてことを言いだすの?」


「うん。フレデリックはいいやつなんだ」


「俺は、いい奴なんかではない! だが、ジャック、お前は……クソだな」


殴られなくてよかった。


フレデリックは去って行き、そしてジャックはシャーロットに向かって言った。



「さて、フレデリックは本当にいいやつなんだよ、シャーロット」


「どこが? そしてさっきのは何?」


「大丈夫。フレデリックは女を寝取られたのは初めてじゃないんだ。でも、一度だって、寝取られた女を悪く言ったことはない。紳士だからな。心配いらない」


「え?」


「いいじゃないか。結婚してくれるんだろう? シャーロット」


「ねえ、ジャック、あなた、本当にフレデリックと親友なの?」


ジャックはニヤっと歯を見せて笑った。


「親友かな? 友情って、なんなんだろうな。モンゴメリ卿やハミルトン嬢とかわしているのは友情かも知れないな。尊敬と仲間意識かな?」


彼は付け加えた。


「言っとくけど、僕は君が君だからどうしても結婚したい。でも、自分の家の家業を継げないからと言って、マッキントッシュ家の跡取り娘との結婚を好ましく思うのは愛情なの?」


シャーロットにはわからなかった。

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