第50話 サプライズ・パーティー

モンゴメリ卿の三日後のパーティはサプライズパーティだった。

渋るハミルトン嬢を説得したのだ。


「婚約披露のパーティだ」


とにかくモンゴメリ卿は嬉しそうだった。


「目立つのは嫌ですわ」


ハミルトン嬢はごねて、モンゴメリ卿を睨んだ。


「だって、ジャックやシャーロットの誤解を解かなきゃ。なんでも、ジャックがあなたに惚れ込んでると思われたらしいから」


卿は、ハミルトン嬢の顔を覗き込んだ。


「その誤解は解かなきゃ。あんなにシャーロット嬢に尽くしたジャックが気の毒だよ」


ジャックのことになると、途端にシルビア嬢の顔が緩んだ。


「どうして、ジャックにはあまいんだ」


「だって、かわいいじゃありませんか。シャーロット嬢に夢中なのですよ?」


俺だって、あなたに夢中だ。俺もかわいがられたい。


モンゴメリ卿はシルビア嬢に腕を回した。


どうしてか、あれほどまでに辣腕のシルビア嬢が、モンゴメリ卿に腕を回されると顔が赤くなるのだ。


言葉より、行動。

モンゴメリ卿は学習した。



ようやくシルビア嬢を手に入れられて、モンゴメリ卿は心浮き立った。


屋敷を改造して、妻を迎え入れる準備をしなくては。

家具や内装について彼女の意見を聞かねばならない。ああ、それより前に式を挙げねば。どんなドレスがいいんだろうか? 彼女のセンスは抜群だ。


だが、彼は、ジャックとシャーロットのことも忘れてはいなかった。


「誤解させたからね」


モンゴメリ卿はとてもおかしそうに婚約者に囁いた。


「何とかしなくては」



彼はシャーロット嬢とジャックに招待状を送った。

シルビア嬢はジャックに、モンゴメリ卿はシャーロット嬢にそれぞれ自筆でぜひ出席して欲しいと書き入れた。



パーティ当日のモンゴメリ卿ご自慢の庭園は、秋の日差しを浴びて輝くようだった。


参加者も晴れ晴れした様子だった。

もう、訳の分からない愛人狩りにおびえる必要はない。


「今となっては、おかしいばかりの珍騒動だったよ」


ボードヒル子爵がぼやいた。


「私は夜の街に詳しくなってしまった。場末のキャバレーだとか変な秘密の飲み屋だとか」


「なんで大国の公爵がそんな所ばかり行きたがるんだ」


「行ったことがないからだろう。わずかばかりの金を出せば、何でも言うことを聞いてくれる。自分の国にだってあるはずだ。でも、行きにくかったんだろうな。我々が外聞をはばかって行かないのと同じ理屈だ」


シルビア嬢はえらく恥ずかしそうにしていたが、モンゴメリ卿は片時もそばから離さなかった。


ロストフ公爵に偽の男爵令嬢を掴ませたと言う噂が流れていた。


黒幕はモンゴメリ卿ではないかとささやかれていて、彼は噂を打ち消すのに必死だった。


「本物だよ。立派な男爵家の令嬢だ」


モンゴメリ卿は噂を否定するのに必死だったが、彼の聞こえないところでヒソヒソと話は広がり、ニヤニヤ笑いと共に、


「あのバカ公爵に一杯食わせるとは大したものだ」


「本人は知らないなどとトボけているが、知らないフリして最高の効果だよ」


と、密かに大人気になっていた。


本当の立役者はハミルトン嬢なのだが、それも表立って言える話ではない。


それで、その噂を避けるモンゴメリ卿は、「すごくカッコいいことをしたのに、ちっともえらぶらないスマートなヤツ」とさらに男をあげた。


おかげでパーティは大盛況だった。

モンゴメリ卿はシルビア・ハミルトン嬢との婚約を披露した。


「ずっと長らく結婚を申し出ていたがようやく承諾してもらえた」


中年の婚約者たちだったが、幸せそうな様子はどこの誰にも引けを取らなかった。


参加者は彼らの結婚を祝福して、シルビア嬢は真っ赤になっていたし、モンゴメリ卿はこれまで見たこともないくらい陽気だった。



そして、パーティの片隅では、ジャックがじっとりとシャーロットを追い詰めていた。


「好きなのはあなただと言いましたよね」


シャーロットは黙っていた。疑ったのは、シャーロットの方だ。


「シルビア嬢は僕よりずっと年上で、どうしたらあなたに振り向いてもらえるか相談していただけなんだ。僕のことなんか問題にもしてない。わかっていただけましたよね?」


シャーロットとジャックは、1メートルくらい感覚をあけてぎごちなく話していた。

シャーロットは紗のリボンがあちこちに着いた青のドレスを着て、とてもかわいらしかった。可愛すぎる。でも、ジャックは抵抗した。


「それで、返事をしてもらえる?」


彼はかなりぶっきらぼうに聞いた。


「なんの?」


「僕を嫌いですか? 誰か好きな人がいるのですか?」


彼女は下を向いた。


「デビューした最初の仮面舞踏会に、とてもすてきな男性がいたの」


ジャックは黙った。


「ああ。そう。でも、名前も知らないんだろ?」


「いいえ。知ってるわ」


「誰だよ。名乗ったのか」


「いいえ。そうじゃなくて、その人は仮面を外して顔を見せてくれたから」


「……顔は知っているけど、名前を知らない訳か。向こうはシャーロット嬢だって、知ってるの?」


「知らないらしいわね」


「仮面舞踏会でわざわざ仮面を取って見せるだなんて、よっぽど顔に自信があるやつだな」


ジャックは軽蔑したように言った。どんなチャラ男だ。


「水を飲むために取ったのよ。邪魔だったらしいわ。でも、私もそんな気がしてきたわ。ひどいうぬぼれ屋かも知れない。しかも、見られていることを知って、ひもを緩めるだなんて」


ジャックは瞬きした。


思い出した。


気が付いた。


「ずっと好きだったのよ。ずいぶん自分に自信があるんだなと思ったわ。大人の自信なんだなって、その時は思いました。私ではとても手が届かないと」


「シャーロット!」


ジャックは何と言っていいかわからなかった。

相当、恥ずかしい。


1メートルの間隔を縮めないと、きっとこの恥ずかしさは一生付きまとう。


ジャックは一歩前に足を踏み出した。


「シャーロット……」


手をつかまえて、腕を取り、体をつかんだ。


「ピアで本当はいつもこうしたかった」


シャーロットは真っ赤になってされるがままになっていた。


「結婚して……ずっと一緒にいてくれる?」




その日、二人は、モンゴメリ卿とシルビア嬢が一生懸命趣向を凝らしたパーティのイベントなんか全然覚えていなかった。


もっとも、のちになってそれを聞いたモンゴメリ卿夫妻は、大笑いしただけだった。






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