初夏と水着
本格的に暑くなってきた、夏にも入った七月、俺と雲雀は部屋でへばっていた。
「暑いです、溶けます、燃えます」
「我慢しろよエアコン回してこれだぞ」
そう、クソ暑いのだ。エアコンを25℃設定で動かしているがそれでも多少暑い。
なお25℃で動かすのは電気代の関係で一部屋のみと家庭内ルールで決まっている、なので俺の部屋に雲雀と一緒にだらけきることになった。
ちなみに俺も暑いと思っている、最近の夏は異常に暑い。俺は冷凍庫へアイスを取りに行こうとする。
「ちょっとアイス取ってくる」
「私のもよろしく」
即座に便乗する雲雀、抜け目ないな。
ドアを開けると熱気がまとわりつくように気分の悪さを運んでくる。太陽は人類に何か恨みでもあるんじゃないだろうか?
キッチンに行き冷凍庫からカップアイスを二つ取り出し、スプーンを二つ用意する。手のひらに伝わるアイスの冷たさが気持ちよい。
部屋のドアを開けると暑いとは言ってもクーラーが効いているだけあって冷気が流れ出してくる。
「ほら、お前の分な」
俺は一つのアイスとスプーンを渡して俺は椅子に、雲雀はベッドに座ってアイスを食べる。かき氷と違って、頭がキーンと痛くなるようなことはない、ただそこまで冷たくないからであってやはりかき氷の方が体が良い感じに冷えてくれる。
とはいえアイスだってそれなりに涼を感じられるので良しとする。
「じゃあお兄ちゃん、水着回やりますか?」
「水着?」
「涼しいですよ? 水風呂に入ったって世界の理から弾かれたりしません、そう! 服さえ着てればオッケー!」
大丈夫だろうか? 頭が暑さにやられたとしか思えないんだが……
水着か……あ! プールがあった。
「じゃあプールでも行くか?」
「おお……お兄ちゃんから私を誘ってくれるなんてチャンスを逃すわけないじゃないですか!」
チャンス? なんにせよ人口密度二人にPCからの排気で暑いこの部屋よりはプールの方がマシだろう。
雲雀は大急ぎで自分の部屋に入って水着セットを取ってきた。さあ行きましょうというので、俺の準備がまだなんだが……と言ったら、ノリが悪いですねと言われた。理不尽じゃね?
雲雀ほど素早く用意はできないが俺も水着をビニールバッグに入れ、市民プールへ赴くことになった……のだが……
「暑いです……エアコンってちゃんと仕事してたんですね……」
「もうちょっと機械を信用してやろうよ」
屋外の暑さにぐったりしていた。あまりにも暑い。
暑くてかなわないが、七月にお膳立てもなく外に出たらこうなるのも当然だ。
「もう少しだから頑張れー」
「うぅ……暑すぎます……」
……ようやく市民プールに着いた。
「じゃあ着替えてきますね、プールサイドで落ち合いましょう」
そう言うと女子更衣室に入っていった俺も更衣室に入ってさっさと着替える。あまり筋肉があるわけでもないので水着映えするような体型ではない。もっともアイツは気にしないのだろうけれど。
プールサイドについてキョロキョロと妹を探していると突然背中に衝撃を受けた。
「お兄ちゃん! んーいいですねぇ、水着お兄ちゃんも好きですよ?」
振り返ると結構露出度の高いビキニを着た雲雀が立っていた。
こういうときにどこを見て話せばいいのだろう? どこを見ても恥ずかしいんだが……
「あら、お二人さん、相変わらずね?」
後ろから声がかかった、振り向くと翡翠が立っていた……スク水で……
ここぞとばかりに雲雀が煽りだした。
「あらあら、翡翠さんはスク水ですか、いいんじゃないですか? 特定の趣味の人にはドストライクですよ。そういう人狙いですか?」
「違うわよ、しょうがないでしょ! 普段プールなんか来ないんだから!」
「女子力の低さをごまかすのはやめませんか?」
翡翠も赤面しながら反論する。
「だってここのところバカみたいに暑いじゃない! そんな念に何度着るか分からない水着なんて買わないわよ!」
「まあ見せる人がいない人にはそうなんでしょうね」
「一応訊くけど、喧嘩を売っているのよね?」
「あら、事実を言っただけですけど?」
「なにを言っても無駄ね……お兄さん、あなたはどう思うの?」
俺に飛び火してきた、まあスク水とビキニで勝敗は決まっているし、それを着ているのが妹ならなおのことだ。
「雲雀の方が似合ってるな、さすがに高校生のスク水を評価するのはちょっと……」
翡翠はしゅんとして出口に向かっていった。
去り際に雲雀に『いずれ私が勝つわよ』とささやいていたのが気になるが、そんなことは目の前の冷たい水を見たら秒で忘れた。
とぷん……ちゃぽん……
二人でプールに入ると冷たい水が体温を奪ってくれて非常に心地よい。温泉でもないのに『ふぃー』とため息が出そうな気持ちよさだ。
「お兄ちゃん! 二十五メートル勝負しません? 負けた方がジュースを奢るって言うことで?」
「そうだな、じゃあ勝負するか」
プールの端にいきゴーグルをかける。ここは市民プールなので飛び込み禁止だ。
「よーい……スタート!」
雲雀の声で俺はプールの壁を蹴り泳ぎ始める。スピード勝負なのでクロールだ。
ザブザブと水をかいていくが、息継ぎのときに顔を上げると少し先に雲雀がいた。
俺も妹に運動で負けるのは恥ずかしいし、全力を出す。全力だというのに雲雀には全く追いつけなかった。
ばしゃんと反対の壁に立つと、予想通り雲雀はもうすでにプールから上がっていた。
俺も上がって愚痴る。
「はぁ……妹に負ける兄かあ……」
「相手が悪かっただけですよ、私以外なら良い線いってたと思いますよ?」
慰めてくれているのだろうか? たしかにコイツは完璧超人だが……
「じゃ、ジュースを奢ってもらいますか!」
「はいはい」
一応同意の上なので俺もそれに異存はない。
そうしてプールから上がって、シャワーを浴びて、受付で雲雀と落ち合う
パックに入ったジュースがならんだ自販機に二百円を入れ、俺の分と雲雀の分を買う。
俺は牛乳、雲雀はレモンジュースだ。
ほら、と渡すとパックにストローを刺して少し飲んでパックを見ている。
俺は気にせず牛乳パックにストローを刺して少し吸ったところで雲雀から異議が入った。
「お兄ちゃん! これ微妙です! 牛乳と交換してください!」
なにが不味かったのか俺の牛乳と交換を要求された、一応賭で負けた負い目もあるのでパックのトレードには応じた。
雲雀が顔を赤くしながら牛乳を吸っている。それを見て察したが言わない方が良いこともあるだろう。なので俺も気にせず何の変哲もないレモンジュースを飲んだ。
……
帰宅後、疲れがどっと押し寄せてきた。さすがに雲雀の体力に付き合うには根性がいるな……
「お兄ちゃん? 疲れましたか?」
「ああ……若いって良いな、元気そうだ」
「一歳しか違わないじゃないですか……お兄ちゃんの運動不足が原因ですよ?」
「もう少し運動した方が良いか……」
「まあその時は私がしっかり指導してあげますのでご安心を」
と全く安心できない台詞を言っていたが右から左に聞き流した。
なんにせよ運動不足なのは確かだな。面倒だけど少し運動するか……
「お兄ちゃん! 聞いてますか?」
割り込みで意識が現実の方に持ってこられた。
「なんの話だっけ」
「今は私のビキニが似合って高って言う話です」
「ああ、十分似合ってたぞ? パステルカラーなのもよかったな、派手すぎず地味すぎず」
雲雀は得心したように頷く。
「そうですよ、何せお兄ちゃんの受けの良さそうな水着を選びましたからね、伊達に十年以上妹やってませんよ、お兄ちゃんの好みならちゃんと把握してます!」
どこかの検索エンジンも真っ青の個人情報の収集してるな……
「なんで俺の好みが分かったんだ?」
「お兄ちゃんの部屋の隠し本から傾向と対策を……」
「何してくれちゃってんの!?」
とても恥ずかしい、まあそういう本である。
「まあいいや……いやよくはないんだけどな……ちょっと疲れたから横になるわ」
俺はソファの上で横になる、突然背中に重い衝撃が来た。
「何をやっていらっしゃるので?」
「マッサージですよ?」
そう、俺の背中に雲雀がトンと乗ったのだった。確かに疲れているが妹にマッサージしてもらうというのも……
「まあまあ、五分くらい試してくださいって」
そう聞いた後、一分で意識が落ちた。
「ん……寝てたか」
ぼんやりと目を覚ますと雲雀の顔が目の前にあり膝枕をされていた。
「チッ、もう起きましたか」
「なんか言った?」
「いえいえ、私のマッサージは気持ちよかったでしょうと言いました」
「ああ、ほとんど記憶にないんだが身体が軽くなったよ」
どういうマッサージをしたのかは不明だが、分で意識が落ちるくらいには気持ちがよかった。
「喜んでいただけてなにより……でももう少し膝枕を楽しんで欲しかったですね」
「いや、さすがに悪いよ……ってか今何時だ?」
時計を見ると短針が八を指していた。帰宅が三時過ぎだったからゴタゴタを含めても数時間は眠っていたことになる。
「足、大丈夫か? 大分長く膝枕してたろ?」
「全く問題ありません! 何故なら愛故に!」
謎理論だがそれタダの根性論じゃないだろうか?
俺は首をコキコキしながら伸びをする。
「久しぶりの運動は気持ちいいな」
「そうですね。いっつもインドアばかりでしたしね」
「今度はみんな誘っていくか?」
すると雲雀は修羅のような顔になった。
「はぁ!? お兄ちゃんと私の二人で行くのに何の不満があるんですか? 今日みたいなアクシデントは起こりませんよ!」
「いや、不満は無いけどな、やっぱり人数は多い方が良いかなと……」
「お兄ちゃんには私以外不要です、それともお兄ちゃんは『誰からも』好かれたいんですか? 皆に好かれるなんて到底無理ですよ?」
そうだな……誰からも好かれたい、きっとそれは人類皆が思っていることなのだろう、無理なのは言わずもがなだと言うのになあ……
コイツは俺を必要としてくれるのだろうか? どこかに行ったりしないのだろうか?
……ぎゅ
突然雲雀に抱き寄せられたビックリしている俺に言う。
「私はいつまでもどこへも行きません、ただお兄ちゃんの側にいますから安心してください」
俺は妹の胸で弱音を吐くというなんとも情けないことをしていたが、雲雀が妹で本当によかったと思う。いつかきっと、死かもしれないし、新たな恋かもしれない、いつかくる別れがあったとしても、きっと俺は雲雀のことを忘れない、少なくとも俺の思いだけは本物だと思いたい。
「なあ雲雀、お前がどこかに行ってもそれを責めたりはしない、ただお前には俺という兄がいたことだけは覚えていて欲しい、これは俺の『お願い』だ」
雲雀は俺の言葉を鼻で笑って言う。
「お兄ちゃんこそ私から離れないでくださいよ! お兄ちゃんは私のただ一人の『血を分けた兄妹』なんですから!」
この閉じた関係が何時まで続くのだろう、先のことより今のことだけでも大事にしたいと俺は決意したのだった。
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