平日昼間にテレビを見るテレビは面白い

 ゴールデンウィークも終わり、そろそろ夏の足音が聞こえてきたころになって雲雀が風邪をひいた。


「ゲホゲホ……お兄ちゃん……可愛い妹をおいて一人で登校したりしませんよね……?」

 そう言われてはシスコンを自称する兄としておいていくわけにはいかないので今日は一日妹の看病ということになった。

 顔も若干赤いし熱を測っておくか。

 俺は階下から薬箱を開けて体温計を取り出し、雲雀の部屋に戻る。

 体温計を差し出すと何故か恥ずかしそうにして言った。

「これ……お兄ちゃんが口に入れて計ったやつですか?」

 うん、コイツ元気だわ。

「違うし脇に挟んで計るやつだ、おでこの赤外線方式は高いんだよ」

 一瞬でピッと測れる体温計にはメカ的ロマンを感じないでもないが一万以上払う気にもならない。


「じゃあ計ってみます」

 そう言って服を脱ごうとするので慌てて止めた。

「なんで脱ぐんだよ! 服の中から差し込め」

「ソレはホラ、お兄ちゃんへのサービスです」


「不要なサービスをするんじゃない」

 そう言うと渋々服のボタンを外す手を止め体温計を腋にはさんだ、コイツといるとツッコミが追いつかないんだよな……

 ピピ

 体温計が測り終わった音を立てたので抜いてから表示を見てみる。

「38.3か……悪すぎるわけでもないけどキツい数字だな」


 インフルエンザほど酷いわけではないけどそこそこ高い数字だ。学校を休ませたのは正解だろう。

 赤い顔になるのも宜なるかなといった感じではある。

「じゃあ、朝ご飯なにが食べられそうだ? お粥くらいいけるか? ゼリードリンクレベルでないと無理か?」

 風邪をひくとあまり重いものは食べられないのであまり選択肢はない。

「お粥ってお兄ちゃんが作ってくれるんですか?」


「ああ、お粥くらいならなんとか作れるぞ。幸いご飯は昨日予約機能で今朝炊けたのがあるしな」


 すると雲雀は即答した。

「お粥! お粥がいいです! 是非お兄ちゃんの手作りを望みます!」


 なんだろう、いつもの雲雀ほど賢そうな物言いではないのが気になるが風邪のせいだろうか?

「じゃあ作ってくる、待っとけ」


 俺は部屋を出てキッチンに行く、幸い昨日は雲雀も平気だったので今日のためのご飯の仕込みはしてある。あとはこれを出汁や塩を入れて煮るだけですむイージーモードだ。

 鍋に水を入れIHに乗せたところでスマホがピコンと鳴った。差出人は……翡翠か。


『アンタ今日なんで学校休んでるの? いやまああんたが休むのはいいんだけど雲雀ちゃんも休んでるわよね? 駆け落ちでもする気?』


『雲雀が風邪ひいたんだよ、俺は家で看病するから今日は休む』


 それに対する返事はスタンプだった。


 納得はしてくれたのだろうということで鍋にご飯を入れ、出汁の素と少しの塩を入れる。

 お粥は結構簡単に作れるので助かる、だからこそ病人食なのだろうか?

 ふつふつと炊けてご飯が崩れたら下ろして茶碗に注ぐ。


「ほら、お粥だぞ」


 部屋に持っていくと無理をしているように喜んだ。

「やった! お兄ちゃん特製のお粥だ!」


「はいはい、熱が結構あるんだからはしゃぐなよ」

「はーい」


 そう言うがお粥のおかれたお盆を前に手を動かそうとしない。

「どした? なんか失敗してたか?」

 そう聞くと雲雀はタダでさえ赤い顔を真っ赤にした。


「こういうときは食べさせてくれるものでしょう? お兄ちゃんが食べさせてください」


 幼児かよ……とは思うのだが、まあ俺も大概甘いのでスプーンですくって口へ運ぶ。

 ぱくりと雲雀はお粥を口にしてとても嬉しそうにパタパタとした、それだけ動けるなら自分で食べられるだろうとは思ったが口にしない。

 そうして、しばしお粥を口へと運んでいってようやく全部食べてくれた。


「ほら、あとは寝とけよ、こじらせたら困るんだから」

「はい! 私は大変満足です!」


 なにが満足なのかは知らないが機嫌が良いので俺も良しとしよう。

「ところでお兄ちゃん……その……お粥が温かかったので汗をかいたのですが……」


「ああ悪い、タオルはあるし部屋から出とくな」


 そう言えばこの時期に熱いものを食べればそりゃ汗もでるか。


「違いますよ! そこは『俺が拭くよ』って言うところでしょう!」


「さすがにそこまではちょっと……バスタオル持ってくるのが限界だよ」

 妹とはいえ服を脱がせるのは絵面的に高校生には不味いのではないだろうか。

 そういうわけで部屋を出た、しばらくして拭き終わったというので部屋に入る。その前に待っている間に用意しておいたタオルと水の入った洗面器も一緒に持っていく。


「お兄ちゃん……もし私が死んだら……」

「死んでたまるか、38度台なんだよ! 死ぬような体温じゃないぞ」


 はぁ……と雲雀はため息をつく。

「ですがね、こういう場の雰囲気って言うのがあると思うんですよ? 重病人なら行ってみたい台詞じゃないですか?」

 重病(38.3度)の言うことじゃないよなあ……

「ほら、おとなしく寝とけ」


 俺は雲雀を寝かせてタオルをおでこに置いた。


「わあ……ひんやりして良い感じですね」

 おとなしくなった雲雀の横で俺は座って見守る、何かがあるような様子はないが、それでも病気なら不安だろう。

 しばらく待つとスヤスヤと寝息をたててきたのでいいかなとおもい部屋を出て昼食の準備をする。

 昼もお粥って言うのも飽きるかなあ……

 そんなことを考えていると玄関のチャイムが鳴った。

「はいはいどちらさま……えっ?」

「お邪魔するわよ」

 そこにいたのは翡翠だった、あれ? 学校って休みになったのか?


「何よ不思議そうな顔して、私がお見舞いに来たのがそんなに不満?」


 ああお見舞いか……学校は?

「今日って授業昼までだっけ?」

「早退したに決まってんでしょ、雲雀ちゃんの具合はどう?」

 ああ、雲雀を気遣ってきてくれたのか。早退させたのは少し申し訳ないが雲雀のために来たなら歓迎しなきゃな。

「ああ、二階で寝てるよ。朝よりは落ち着いてるみたいだ」

「ふーん」

 そう言いながら何故か俺を訝しむ。

「なんだよそんな目で見て」

「別にー? いい『お兄ちゃん』だなって思っただけよ」


 なんだか不服そうだが一応は納得してくれたようだ。

「おにーちゃーん!」

 二階から呼ぶ声がするので階段を上がろうとする。

「ねえ、私も雲雀ちゃんに会ってもいいのよね?」

「それはもちろん、そもそも雲雀の心配をしてきたんだろ?」


 少し不思議なものを見るような目でこちらを見ているが放っておこう、雲雀が優先だ。


 俺が階段を上がると後ろから足音が付いてくる。なんだ、なんだかんだとは言っても心配はしてくれてるんじゃないか。


「入るぞ」

 ドアをノックして聞いてみると、どうぞと返ってきたので部屋のドアを開ける。

 雲雀は何故か俺のほうを見て目を丸くしていた。

「お兄ちゃん……その後ろに立っている女は誰ですかねえ……」

「誰って……翡翠だけど?」

「あらあら、私が来たのがそんなに不満だった?」


 なんか視線が俺から離れて雲雀と翡翠のにらみ合いになっている。

「いい度胸ですね、学校でお兄ちゃんと同じクラスなのにそれに飽き足らず人に家に上がり込むとか本当いい根性してますね」

「あらら、お兄ちゃんお兄ちゃんっていつまで甘えていられると思ってるの? 私もあなたも、もう高校生よ?」


 喧嘩の気配を察した俺は二人を止めに入る。

「落ち着けって。雲雀、翡翠はお前を心配してきてくれたんだぞ」

「どうですかねー? 私とお兄ちゃんの仲を邪魔したかっただけにしか見えませんけど」

「そう? 私はあなたが心配だったのだけれど? それとも私がいるとできないことでもしようとしたのかしら?」

「する気に決まってるじゃないですか? お兄ちゃんを独り占めできるチャンスですよ! そりゃもうあんなことやこんなことまでおねだりする気でしたよ!?」

「開き直ったわね」


 この喧嘩をどう止めたものかと思いつつ、昼食がまだだったことに気づく。


「とりあえずお昼ご飯でもどうだ? ちょっと雲雀も風邪で不安なんだろう?」

「そ、そうですね……とっても心細いのでお兄ちゃん『は』側にいてください。あ、翡翠さんは私の心配なんてせずに帰ってください」


「隙あらば煽ってくるわねあなた……まあいいわ、一応昼ご飯もまだでしょうしコンビニで買っといたわ」

 そういって翡翠はスポーツドリンクとゼリードリンク、それと栄養剤まで買ってきてくれていた。


「おお! ありがとな」

「雲雀ちゃんのためよ」

 コイツがそこまで雲雀を心配してくれていることに驚きつつ一セットを雲雀に渡す。


「しょうがないですね……じゃあこれ食べたら帰ってくださいね?」

「まったく……あなたはブラコンにもほどがありますね……」


 そう言いつつ三人でどこかピリピリした空気の中で食事をした。


 朝、あれだけお粥を食べるのにも一苦労だった雲雀が、ゼリーのパウチを自分で開けて一気飲みして、スポーツドリンクと栄養剤も一息で飲み込む。


「はい無事飲み終わりました、というわけで心配せずに帰ってください」


「はぁ……分かったわよ、今日のところは帰るわ。早く治してね?」

「大丈夫ですから! 全くご心配なさらず帰ってください」


 一通り雲雀の様子を見て安心したのだろう、翡翠も家を後にした。


 玄関まで見送ってから雲雀の部屋に戻ると……とても具合が悪そうに寝ていた。


「お兄ちゃん……玄関の鍵を……閉めておいてください、あと……誰が来ても出ないようにしてください……風邪をうつすと悪いので」


 まあ風邪がうつるかもというのには一理あるのだがさっきまでの元気さはどこへいったのだろう?


 玄関の鍵を閉めて戻ってくる、そろそろ夕方だが……

 ピンポーン

 ドアのチャイムが鳴る、俺が腰を上げると、雲雀がすかさず言った。

「お兄ちゃん、きっと大した用事ではないはずです、無理して対応しなくて良いですから……」


 そう言われてはしょうがないので俺は部屋に座る。

 ピンポーン

 ピンポーン

 ピンポーン

 かなりうるさい、誰か緊急の用事なんじゃないだろうか?

「お兄ちゃん……きっと悪質な訪問販売か何かです……ノルマにおわれてとかそんなところでしょう、気にしないようにしましょう」


 妹は有無を言わせないようだった。

 ……玄関の向こう

「あれ、一応お兄ちゃんも一緒って言ってたはずなんですが? 二人して具合が悪くなったのでしょうか?」


 チャイムを押し続けても何の反応も無いので蛍は家を後にした。


 ……

「ふぅ……悪は去りました」

 何故か雲雀は悪と断定しているがよかったのだろうか?


 日も沈んできて、辺りが少し暗くなってきた。


「じゃあお兄ちゃん、夕食は……」

「母さんが作ってくれるだろ?」

「クッ……じゃあ昼ご飯が最後のチャンスじゃなかったですか……不覚です」


 何やら独り言を発しているが放っておこう。

 その日は無事雲雀の介抱をすることができたので、あとは寝て起きればよくなっているだろう。

 立って部屋を出ようとすると服の裾を捕まれた。


「お兄ちゃん……不安なのでここで寝てください……」

「それは……ちょっと……」

 さすがに高校生の兄妹が同じ部屋で寝るのもどうなんだろう……?

「お願いします……お願いですから……」

 妹の涙を見ると兄としては放っておけないので俺は床で寝ることになった、大体どこでも眠れる質なので床でもカーペットが敷いてあれば十分だ。

 そうしてシャワーで汗と緊張感を洗い流して部屋に戻る。

「じゃあ、おやすみなさい……」

「おやすみ」

 そう言ってあっという間に意識が落ちた。


 ……翌日

 分かっているのでお約束のような話と言わないで欲しいが、今度は俺が風邪をひいた。


「お兄ちゃん! 大丈夫ですか? なんか顔が大分赤いようですけど……」

「大丈夫、よくあるから」

 コツン

 雲雀が急に俺の額に額をあててきた、その意味すら分からずあやふやな意識で聞いた。


「お兄ちゃん! すごい熱いですよ! 絶対風邪ですって! 今日はおとなしく休んでください! というか、私のときよりずっとやばそうですよ!? 本当に冗談でも何でもなく今日は休んでください! 命令です!」


 なんだろう、雲雀が何か言っているのは分かるのだが意味を理解できるほど意識が明瞭ではないので分からない。

「元を正せばたぶん私の風邪でしょうからね、ちゃんと一日看病をするので安心してください!」

 そう言って張り切る雲雀に腕を引かれて自室で一日看病を受けた。

 さすがに身体を拭くのは自分でやったが食べさせてもらうまで経験することになった。

 雲雀曰く『冗談にできないほどヤバそうなので私の言うこと聞いてください!』だそうだ。

 そうして昼頃にようやく意識がはっきりしてきて、ようやく雲雀が今日、俺のために学校を休んでいることにも思い至った。

「悪いな……」

「いえ、今回は私が全面的に悪かったです……ごめんなさいお兄ちゃん」

 そうして雲雀の看病を受ける一日、翡翠は今日は来なかったので、雲雀はともかく俺のほうは心配していなかったのだろう。

 それなりにはっきりした意識の中でトイレに行く途中、ドアチャイムのスピーカーの下に何故か電池が落ちていたことの意味を考えるほどには俺の意識は冴えていなかったのだった。

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