妹と温泉旅行! 混浴は無いよ!

「お兄ちゃん! 旅に出ませんか?」

 旅か……憧れはあったりするんだよな。

「でも雲雀、旅行なんていったら連休が丸々潰れるぞ? いいのか?」


 連休に妹と旅行、悪くはないけれど俺に時間を全振りさせるのは少し申し訳ない。

「お兄ちゃんは嫌ですか?」

「いいや全く」


 妹と旅に出るとか雰囲気最高じゃないですか、やだー。


「じゃあ準備だな、どこへ行くんだ?」

 コイツとだったら地獄の果てだって構わないが。


「そうですねえ……海……には少し早いですか。適当な田舎に行きましょうか、できるだけ遠く、私たちを全く誰も知らないところがいいですね」


 ふむ……俺たちと無関係な場所か……

 場所自体はいくらでもあるが、そこが楽しいかどうかはまた別の話だ。せっかくなので楽しんで欲しいと思う。


「まあ、お兄ちゃんと一緒ならどこでもいいんですけどね」

 身も蓋もないことを……

 確かに雲雀と一緒ならどこだって楽しいもんな。


「電車で行ける範囲なら、この辺の温泉くらいか?」


 俺がスマホでちゃちゃっと調べて提案すると雲雀は自分のスマホでそのあたりを調べだした。

 ……

「そうですね、この辺が連休の限界でしょうかね。じゃあさっさと準備しますよー!」


「おう、一応訊いとくが翡翠と蛍は……」

「誘うわけないでしょう! お兄ちゃんと二人きりなのが良いんじゃないですか!」

「まあ……そもそも誘っても来ないだろうしな」


 雲雀がこちらを胡乱な目で見ながらため息をつく。

「まあ、そういうことにしておきましょう、いいですか、絶対に知られちゃいけませんからね!」

 そんなに向きになるようなことだろうか? 義理で誘ったって定型文で断るだけだろうに。

「お兄ちゃん、ちょっとガードが甘いですよ?」

「へ?」

 聞き返したが返答は無かった。


「じゃあ今日準備で明日出発しますかね、準備しておいてくださいね?」

「ああ、着替えと……歯ブラシやらなんやらか、食べ物は現地でなんとかなるだろ」


 雲雀は思い出したように言った。

「そうそう、モバイルバッテリーは持ってるの全部充電しておいてくださいね、万が一もありますし、最近電源がUSBになってる機械多いのでバッテリーが多いに越したことはないです」


 それもそうだな、最近のモバイル器機は大体USB給電になっている、USB-PDまでは必要ないにしても5V2Aくらいの電源があっても問題は無いな。

 

「ホテルは安いのでいいか? 二部屋素泊まり数千円のとこあるぞ」

 俺がスマホで即日予約が取れそうなところを探すとビジネスホテルみたいなところがヒットした。ここなら予算内ですみそうだ。

「は? 一部屋で十分でしょう?」


 雲雀がこちらを威圧しながらそう言う、そうは言うがな……

「さすがに不味いんじゃないか? 兄妹だって分かってる人相手じゃないんだぞ?」


「今更ですね、一つ屋根の下に暮らしているのになにを恥ずかしいことがあると言うんですか?」

 まあ確かにそうなのではあるけれど……普段行かないようなところで一緒の部屋で寝る……いいのか?

「それにお兄ちゃん、一部屋なら料金持ちますよ? 最近スマホで課金したがってましたよね?」


 うぐ……痛いところを……


 結局俺がおりて宿は一部屋になった。まあ兄妹なんだし大丈夫、大丈夫。甘いかな? 甘いかもしれないな? でもまあしょうがないよな。

 そうして俺たちは、安宿を一部屋素泊まりで予約したのだった。

 予定も立ったので俺たちは別々に荷物の準備を始めた。何故か雲雀の部屋からはガタゴトと結構な音で重いものを用意しているようだった。


 そうして翌日。


「なあ……今回の旅行って一泊二日だよな?」

 俺は明くる朝、出発の前に妹に質問をしていた。


「え? お兄ちゃんと一緒に泊まるんですよ? 快適な方が良いに決まってるじゃないですか?」


 いやまあ、それはそうではあるのだが……


「それ、多すぎない?」


 妹はキャリーバッグ一つ、それもかなり大きいものを用意していた。ダン座を越えるたびに鈍い音が立って中身がパンパンなのが開けなくても分かった。


「当たり前のものしかいれてませんよ? お兄ちゃんが暴走しても良いようなものも入ってますし?」

「危ない話はよそう、わかった、それでいい」

 君子危うきに近寄らずとはよく言ったものだ。

「しかし……駅までキツそうな荷物だな……」

 最悪俺が運ぶ可能性も十分にあるので多少気が重い。


「いいえ? 私の奢りでタクシーで行くんですよ?」

「へえ!?」

「当たり前じゃないですか、こんな思いの駅まで運べませんよめんどくさい」


 どうやらタクシーで行くことに決まったらしい。旅館は素泊まりなので送迎サービスもないので、『資金という面』さえ無視すれば確かにベストな方法だ。


「しかし、そんなお金は……」

「いやあ、世界経済の混乱様々ですよね! お金が増える増える!」


 雲雀は結構財テクが美味いらしい。

 しばくして呼んでおいたタクシーが来たようで、車が俺たちの家の前に止まった。


「どこまででしたっけ?」


 運転手さんの質問に答える雲雀。


「xx県のyy市まで、近くに着いたら細かい場所は言います」

「へぇ!? 君たちお金大丈夫? タクシーの仕組み分かってる?」


 もっともな疑問をぶつける運転手に、雲雀は平然と答えた。


「これで足りるでしょう? 不満でしたら先払いしてお釣りをもらっても良いんですよ?」


 そう言うと雲雀は財布からかなりの厚みのお札を取り出した。その資金の出所を聞くのはあまりにも怖いけれど、それが温泉まで十分な金額であることは分かった。


 運転手さんもさすがに納得したらしく、車を走らせ始めた。

 どうやら俺たちの持っている金額にビビったのか、走っている途中俺たちのことを詮索するような真似はしなかった。かろうじて俺たちが兄妹であることくらいは分かったのかもしれないが、まあ世の中知らない方が良いことは案外多いものだ。沈黙は金という格言通りほとんど道順以外はなさなかった。


「ありがとうございました!」

 運転手は妹からそれなりの金額をもらってホクホクの笑顔で俺たちを下ろしてくれた。お金がもらえるなら割の良い仕事なのだろう。


 雲雀はさっさと降りてトランクからキャリーバッグを取りだし、俺は一つのバッグを取り出すとタクシーは走っていった。誰かが損をしたわけではないのだから良いことなんだと考えておこう。


 俺が思考停止している中、雲雀に袖を引っ張られて我に返った。

 そうだった、旅館に来たんだった。


「じゃあチェックインしましょうか?」

「そうだな」


 素泊まりだけあってあまりサービスのいい旅館でもないらしく、名前を告げると部屋の鍵を渡された。無愛想ではあるがやることはちゃんとやっているので気にしない。


 部屋に行くとあまり綺麗ではないが掃除のされている部屋だった、素泊まりなのでもっと質素かと思ったが、据え付けの冷蔵庫や窓際の旅館特有のあのスペースもちゃんと合った。

「じゃあお兄ちゃん! 晩ご飯を食べに行きましょう!」


 そう、素泊まりなので夕食などと言う贅沢なものは出ない。それでも一応は小さい温泉街なので食事処くらいはあるだろうと思う。


 旅館を出て街を見渡す。バブル期はそれなりに儲かっていたんだろうと感じさせるような町並みだった。

「この辺はラーメンが有名らしいですよ?」

「じゃあそれでいくか」

 あまり高いものだと奢ってもらう一択になるからな、たまには良いところを見せないと。


「こことかどうでしょう? 味噌ラーメンでローカルテレビに紹介されたらしいですよ!」


 それなりに小綺麗な食堂と言っていいだろう建屋をしていたのでそこに入った。


「らっしゃい! ご注文は?」

 席に着くなりいきなりメニューを聞かれた、俺が少し戸惑っていると

「味噌ラーメン二つ! あと唐揚げで」

「あいよ!」


 すいすいと注文が進んでいた。


「なあ……メニュー表のお勧めがニンニクラーメンになってるぞ? なんで味噌?」

 雲雀は分かってないなあと首を振る。

「これはデートも同然なんですよ? もしかしたらニンニクが邪魔になるかもしれないじゃないですか?」


 そんなことになることはさすがにないと思うが……まあ一緒の部屋でニンニク臭がすごいと困ることは事実だししょうがないだろう。

「おまち!」

 俺たちの前にラーメン二つとあいだに唐揚げが置かれた。

「「いただきます」」

 そう言ってから俺たちはラーメンをすすり、唐揚げをかじった。

 口の中をやけどさせそうな油のしたたる唐揚げと、あっさりした味噌ラーメンは満足のいくものだった。


 一通り食べ終わると伝票を持ってレジに行く。

「あ! お兄ちゃん、私が払いますよ」

「ばかいえ、妹に奢られっぱなしの兄とかいい笑いものだろ」


 気にせず伝票を会計すると千数百円だった。絶対にタクシー代には到底およばないが少しでも借りは返しておきたいんだ。


 帰り道を歩きながらさっきの店について美味しかったなどと感想を言い合ったが、おそらく今回の旅行が終わればもう二度と行くことがないだろうと思うと、多少切なくなった。


 旅館に帰って「お帰りなさい」とロビーで感情の欠片も感じさせない受付に伝えたあと部屋に戻った。


 …………気まずい


 一部屋に二人……しかも兄妹とはいえ異性、話題が見つからない……


「とりあえず温泉に入りましょう!!」


 沈黙を破ったのは雲雀だった。確かに温泉に来ているのだから入っておくべきだろう。

 雲雀がスタスタと歩いて行くとある部屋の前で止まって「チッ」と舌打ちをした。

 部屋の名前を見ると『家族浴場』と書いてあり、使用中の札がかかっていた。どうやら一緒に入ろうとしたらしい。

 記憶にある限り兄妹でお風呂に入ったのは遙か昔のことなのだが……恥ずかしくないのだろうか?

 まあそんなわけで俺たちは普通の浴場に来た。

 男湯と女湯で分かれるときに雲雀がなんだか残念そうな顔をしていたが無理なものは無理です。


「ふいー……」

 身体を流して湯船に浸かると普段の疲れが流れ出ていくようだった。

 隣の部屋に裸の妹がいたとしても全く見えないので問題ない、さすがのアイツも覗きまではしないだろう。

 ひとっ風呂浴びてスッキリしながら浴衣姿で雲雀と合流する。

「どうでしたか?」

「楽園はあったな」


 フフフと雲雀は笑ってから言った。

「次はちゃんと家族風呂狙いますよ!」


 よほどご執心であるが俺の財布が持たないし、葦毛トンに奢ってもらうのはなんかダメ人間感があって嫌だ。


「次があればな」

 適当に流しておいた、ここは温泉だし水に流してくれるだろう。


 そうして部屋に戻ると布団が敷いてあった。もちろん二枚だ。

「じゃ、寝るか?」

「はい、ところでちょっと相談が……」

 ロクなものじゃないと直感が告げているが一応聞いておく。

「実はなれない枕は苦手でして……お兄ちゃんの腕枕なら眠れると思うのですが……」

「はぁ……今日だけだからな……」


 抱き枕と言われなかっただけ進歩したのだろう。


 そうして布団に入ったが、結局寝ぼけた雲雀に抱き枕同然にされるのだった……コイツ寝相悪いな……


 窓から光が差し込んでくるころ、スマホのアラームが鳴った。


 俺と雲雀は目を覚ますと、チェックアウトして朝食に近くにあった定食屋に入った。素泊まりなのでギリギリまで居座ってもメリットは少ないからな。


 出されたカツ丼と天丼を食べながらこの二日の感想を言い合う。お互いそれほど悪くは思っていなかった。

 帰りは……妹に頼りっぱなしなのはとても気が進まないがタクシーだった。

 来るときと同じくお金を払うと言ったらだんまりでこちらの会話に入ってこない運転手だった。

 そうして一晩ぶりの我が家、ただいまと返事もないのに一応言ってから玄関に入る。

 雲雀はニコニコしながら言った。

「また行きましょうね! 今度はもっときわどいところに……」

 ソレがなんなのかは分からないがたぶん悪いところではないのだろう。


 なお連休明けに翡翠と蛍に詰められたことは言うまでもなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る