パーフェクト・プラン

 世間ではゴールデンウィークと呼ばれる休暇を前に、なにやら雲雀は必死に計画書を立てていた。

 そんなことはまったく関係なく、俺は高校での自分の立ち位置に思いを馳せていた。

 妹の雲雀はあっという間に有名人になり、その兄である俺もしっかり有名人になった、一年のころの空気的な存在からすれば変わったものだと思う。

 とはいえ、それはいい意味ばかりではなく、あまりよくない感情を持った相手も幾人かいた。

 具体的に言うと雲雀に好意を抱いていた連中だ。

 こう書くと敵が多いように思えるかもしれないが実はほとんど害が無かったりもする。

 なにしろ雲雀が俺に害をなそうとした時点でブチ切れて二度と話さない、顔も見たくないと絶縁宣言をされたので、嫉妬から俺に悪意を持っているやつは震え上がって逃げ出した。

 そんなわけで俺に敵意を持つ人間はほとんどいなくなった。はじめのころは彼氏が雲雀に夢中になったと俺に逆恨みが飛んできていたが、雲雀のすっぱり切り捨てで元の鞘に収まって些細なことで俺――というか雲雀――を敵に回したくないというわけで、俺は男女問わず『関わんない方がいい人物』と認定されてしまった。

 悲しいかと言われれば『寂しい』のかも知れないが『悲しく』はないといったところだろう。

 誰にでも愛される人間なんていない以上、俺からすれば雲雀の愛情で有象無象からの悪意を帳消しにできるほど満たされているので気にすることをやめていた。


「お兄ちゃん! 学校行きますよ! なんたって、今日は休暇前ですから!」

「おう、今行くよ」


 俺は制服を着て部屋を出る。春になってからそれなりに時間が経ち、冬服では少し暑くなりつつある季節、俺は少しだけ憂鬱になりながらエアコンの効いた部屋を出た。

 一歩出た瞬間に腕に雲雀が飛びついてきた。この柔らかさにもそろそろ慣れてきた頃だが、やはり季節柄少しばかり暑苦しい。

「少しは自分で歩けよ、俺におんぶ抱っこじゃそのうち困るぞ?」

 前に進もうとすらしない腕に飛びついてきた重りに対して言っておく。

「いえ、お兄ちゃんはずっと私のお兄ちゃんなので何の問題も無いでしょう?」

 どうやら俺は生涯この妹の世話を義務づけられているらしい。

「あ、お兄ちゃんが私に養われるルートもあり得るのでご心配なく」

「心を読まないでくれるかなあ!」


 読心術が使える妹……才能の無駄遣いの極みだなあ……

 雲雀の謎技術に疑問を感じつつ玄関を出た。

「暑いなあ……」

「そういう季節ですよ?」

「そりゃそうだけどはやく夏服にしたいな……」

「薄着ならお兄ちゃんに毎日見せてるじゃないですか?」

 薄着どころかまったく着ていない状態で飛び出てこようとする雲雀もどうかと思うんだがな……

「そういう問題じゃないよ」

「お兄ちゃん、私と居れば暑さも忘れるでしょう?」


 少し俺の腕を握る力を強くしてそう言うが、暑いもんは暑い。


「はぁ……連休までの我慢か……」

「そうですよ! 連休で私たちの関係をもっと近づけましょう、それはもう濃密に!」

「それは兄妹的な意味でか?」

「もちろん男女としてもですよ!」

 それはアカンやん……

 アウトな発言をする雲雀をスルーしつつ学校への道を行く。当たり前だが雲雀と腕を組んで歩いているので非常に目立つ。

「恥ずかしいからもうちょっと離れないか?」

「なにを恥じるところがあるんです? どこからどう見ても仲良し兄妹でしょう!」

 それはどうだろうな?

 なんにせよ離れる気がないことだけはわかったので道の端のほうを歩いていく。

「あんたらは相変わらずアウトっぽいわねえ……」

 そろそろ翡翠の登校ルートとかぶってきたかと思ったら突然横から出てきた。

「あらあら、翡翠さん汗をかいてますね? 家はここから近かったはずですが……まるで誰かを炎天下で待っていたような……」

 翡翠は顔を真っ赤にして小走りで学校のほうへ進んでいった。後に残された俺は雲雀に聞く。

「翡翠は誰か待ってたのか? それにしてはさっさと行っちゃったけど?」

 雲雀は口元に笑みを浮かべながら答える。

「さあてねえ……まるで逃げるようでしたねえ、当てがはずれたんでしょう」

「なんか言葉に棘がないか?」

 雲雀はドヤ顔で言う。

「私とお兄ちゃんの間に入ろうとする者が居ればそうもなりますよ」

 なんだろう? 雲雀にしては珍しく少し機嫌が悪そうだ。

 そんな話をしているあいだに校門についたので腕を放す。

 名残惜しそうにさっきまで絡めていた手をなでているが、さすがに校内ではイチャつくのに問題があるだろう。

「じゃあお兄ちゃん! 連休のプラン立ててますから準備しておいてくださいね!」

「学校は勉強の場だぞ」

 雲雀は俺の指摘を無視してクラスに向かっていった、あの年でスキップするのは恥ずかしくないのだろうか?


 俺が教室に入ると翡翠は席に座ってこちらと目を合わせようとしない、さっきのことがあるから気まずいのだろう。

「雲雀さんと随分仲がいいようですね? それも結構ですけど一線は越えないようにしてくださいよ」

 蛍が俺に忠告してきた、まあ多少ベタベタしすぎたかな?

「一応訊いておきますが、ゴールデンウィークはずっと妹さんといっしょですか?」

 なんだろう、俺が雲雀と居たら何か不味いのだろうか?

「まだ未定だけど雲雀がウキウキでプランを練ってたよ」

 蛍は離れて翡翠のところに行った。

「さすがに不味いんじゃ……」

「言って聞くような……ないでしょ」

 何やらこそこそと話しているが俺には関係ないことだろう。


 そこへ担任が入ってきてHRが始まった。

「えーお前ら、連休で羽目を外さないようにな、俺に面倒ごとを押しつけるなよ」

 教育者としてではなく面倒なことを起こすなという実に人間らしいご高説のあと一限が始まった。


 数学や現代文にそれほど不自由していないので話半分に聞きつつ、雲雀の立てる『プラン』とやらを気にしながら授業を受けていった。


 何故かその日は珍しく休み時間に雲雀がやってこなかった。

 大体察しはつくがクラスメイトは地味にゴシップを考えているようだった。


 そして昼休み……

「お兄ちゃん! 連休のプランができましたよ!」

 やっぱり計画を立てるのに必死だったようだ。


「では、映画やショッピングを楽しみましょうね! あ、もちろん家での計画も立ててますのでご安心を、家なら邪魔は入りませんからね!」

 邪魔って……なんだろう、とても不安だ。

「ちょっと! 二人きりでなにをする気!? あんたたち兄妹なのは忘れないでよ!」

 横から翡翠が割り込んできた。

「あ、居たんですか? 私とお兄ちゃんだけの計画なので翡翠さんや蛍さんの入る予定は無いですよ」

 ズバッと二人を切り捨てる雲雀。

「いや、たまには友達と遊ぶのも……」

「お・に・い・ちゃ・ん、ちょっと黙ってて」

「はい」

 鬼気迫る表情に俺はなにも言えなかった。

 俺は多少は妹以外の人間関係があってもいいと思うのだが、雲雀は俺以外はまったくもって必要としないようだ。

「では私とお兄ちゃんのイチャラブ計画に口を出すのはやめてくださいね?」


 二人とも本気で言っているのが感じられてすごすごと席に戻ってしまった。

 こうして連休は俺と雲雀だけのものになったのだった。

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