新しい関係、変わらない関係
「うぅぅ……お名残惜しいですが、しばしのお別れです」
「今生の別れみたいに言うな」
俺たちは階段で一年と二年の階へ別れることとなった、その結果が上記の会話である。
俺は涙目の妹を後に、少しの罪悪感を覚えながら階段を上っていった。
すぐ上で翡翠が待っていた、なんだかんだでコイツも面倒見がいい奴だ。
「ねえ、昔っから雲雀はお兄ちゃんっこだったけどさすがに高校でアレはヤバくない?」
引きつった笑みを浮かべる翡翠。
「いつも通りだろ、人間そんな簡単に変わんないよ。俺は必要とされるならそうありたいと思うだけだ」
翡翠は俺をジト目で見てから言った。
「まあ教室に入れば分かるでしょ」
そう言って一足先に行ってしまった。
俺は訝しみながら割り当てられたB組の教室を開ける、人だかりが俺に出来た。
「なあ! 一緒に登校して他の彼女? 俺にワンチャンない?」
「ばっかお前、彼女ならワンチャンもねえよ、彼女じゃないよね? お兄ちゃんとか言ってたし……」
「落ち着け、そういう趣味がある可能性も……」
グダグダだった、翡翠の言っていたのはこういうことか……
当の翡翠は教室の後ろのほうの席を確保してHR前のわずかな時間を謳歌していた。
「あれは俺の妹、以上!」
「なーんだ、妹か……」
「さすがにコイツに突然可愛い恋人とかできるわけねーわな」
クラスメイトはそれなりに納得したようで俺から離れていった。
そう、妹だ――兄妹愛なのかは知らないが――俺は雲雀のことを愛している、それは完全な事実だ。
ただこれをいうと面倒ごとになると中学時代翡翠に忠告されて以来控えてはいるのだが。
その後の授業中、数枚の紙切れが回ってきた、用件は『妹を紹介しろ』だったので無思考で破り捨てておいた。
始めの休み時間、早速俺のところへ妹の紹介の依頼が殺到した。
確かに雲雀は可愛いが……
俺が上手い断り方を考えていると、雲雀が俺のクラスへやってきた。
「お兄ちゃん! 会いたかったです! 休み時間十分は短すぎますよ!」
そう言いながら俺の胸に飛び込んできた、それまで俺の近くに居たクラスメイトはポカンとしている。
「お兄ちゃん! 1時間我慢したのでこの休み時間はこうさせていてください!」
そうして俺はクラス替え後即シスコンのレッテルを貼られるのだった。
「なあ、お前の妹を紹介してくれるとか……無理か?」
名前もよく覚えていないクラスメイトにそう聞かれた、答えは決まりきっている。
「可能性があると思うか? まだ密室殺人のトリックがトンネル効果で偶然壁を抜けたという方が可能性があると思うぞ」
トンネル効果とは物質が途切れ途切れに存在していることからたまたま量子のあいだをすり抜けるという現象だ。現在のところ、PCに使われるCPUで電子の漏れが起きるのが問題になっているくらいで、ピンポン球さえ宇宙の終わりまでラリーをしてもラケットをすり抜けることはないだろう。
うなだれて席に戻るクラスメイトにはすまないと思うが、俺も妹の恨みを買いたくはないので心の中で謝っておく、俺一人の問題ではないのだから一存で決めることのできない事情だ。
「アンタホントにシスコンね……将来が心配だわ」
俺に話しかけてくる数少ない女子である翡翠が苦言を呈してきた。
「いいだろ別に、永遠に続くものなんてないんだからその場を楽しむ主義なんだよ」
「アンタ破滅願望あるわね……心配ね」
別に破滅したいとかそんなことはまったく思っていないのだが、世間では兄妹愛というものは一般的ではないらしい。
そこへ横から別の苦言が介入してきた。
「あの! 皆さん見ているなかでああいう行為におよぶのは風紀上よくないと思います!」
話しかけてきたのは……誰だっけ?
「ええっと……その……誰?」
少女はショックを受けたように立ちすくむがそんなことをされても誰だったか思い出しようがない。
「蛍です! 明石(あかし)蛍(ほたる)! 委員長の名前くらい覚えておいてください!」
俺を非難しているようだが、俺の脳内の記憶領域は有限なので不要なことは自動でトリムされてしまうしようなのでしょうがない。
「ああ、委員長ね」
「代名詞で覚えましたね……? さては名前を覚えるのが面倒とか思ってるでしょう?」
面倒くさい……委員長なんだから役職名で覚えれば名前を複数個覚える記憶領域を委員長の一言で埋められる、メモリの節約の基本だ。
「はいはい、で……名前なんだっけ?」
「喧嘩売ってるんですか!? 明石蛍です! あ・か・し・ほ・た・る! はいちゃんと覚える!」
「はいはい蛍さんね。で、何か不味いことしたかな?」
蛍はプルプル震えている、蛍表記なのは別に親しみを込めてではなく、明石と蛍なら蛍は一文字で覚えられるからだ。
蛍は顔を赤くしつつ俺に詰問する。
「そのぞんざいな態度はどうかと思いますよ? 大体突然美少女と手を繋いで登校とか敵を増やす行動を取らないでください! 調整する私のみにもなってくださいよ!」
なら別にほっとけばいいのでは? とは思っていても口には出さない。一応これでも蛍は責任感のある委員長のようだ。
「兄妹なんだから一緒に登校しても普通だろう? 同じ家に住んでいるのに通学路が違う方が不自然だろ」
俺の正論に蛍が反論する。
「そこが問題じゃありません! なんですかあのベッタリは! 普通に恋人つなぎをする兄妹なんて居ませんよ!」
「まあそこは私も同意しとくわ」
しれっと尻馬に乗る翡翠はともかく、兄妹が手を繋ぐことのなにが悪いのだろうか?
世間には仲良し兄妹なんて掃いて捨てるほど居るだろう、別に俺に特別突っかかる理由は無いはずだ。
「どうせ面倒な女って思ってるんでしょう! あなたたちの登校で早速風紀が乱れてるんですよ!」
俺の心を見透かして突っかかってくるが、そこに絶対零度の声がかかった。
「私のお兄ちゃんに何をしているんですか……?」
一応笑顔は崩してないが青筋を立てて一色触発の雲雀が後ろに立っていた、昼休みなので俺の教室に来たようだ。
さて……下手な返答は爆弾の爆発を招くので受け答えは慎重に行こう。
「いや、ちょっと俺たちが仲がいいなということを……」
「お兄ちゃんは黙っててもらえますか?」
ああ……俺に出来ることは無かった。あとは二人が地雷を踏み抜かないようにこの場を後にしてくれるのを期待するだけだ。
「いやー兄妹の仲がいいのっていいなって思ってね! その秘訣を聞いてたんだ」
翡翠は慎重にこの場を離れようとする、幾度となく地雷を踏み抜いた経験から離脱を選択している。
「いえ、兄妹だからといって……痛!」
委員長の正論を足を踏みつけて翡翠が黙らせる、地雷処理班としては見事な働きだ。
後ろからつついて委員長に耳打ちをする、内容はわからないが本気で怒らせるととんでもないことになるということを伝えているのだろう。
「ま、まあスキンシップも大事ですね、仲がいいようで羨ましいです」
委員長はしぶしぶ折れて俺たちの関係を認めたように見える。実際のところがどうなのかは重要じゃないだろう。
「あ! 委員長さんはお兄ちゃんの隣の席なんですね、丁度よかったです。お昼を食べるので席を借りますね」
有無を言わせず机の上に二人分の弁当箱を置いて机をくっつける。この手際の良さは一体どこで覚えたのだろう?
「ささ、お兄ちゃん。私の愛妹弁当をどうぞ」
「ああ、朝は忙しいだろ、悪いな」
「いえいえ! お兄ちゃんのためならたとえ火の中水の中いしのなか!」
最後のやつは死亡フラグだと思うぞ……
弁当箱の包みを開けると唐揚げと卵焼き、野菜が少々にご飯が盛ってある、オーソドックスな弁当だ。
「はい、あーん」
雲雀は当然のごとく俺に食べさせようとしてくる。俺は高校でこれは……と思ったが、さっきのやりとりを端から見ていて食べない選択肢はおそらくお仕置きルートなので妹の箸から唐揚げを食べた。
肉汁が溢れるよくできた唐揚げだ。
「ふふふ、美味しいですよね、美味ですよね?」
「ああ、上手くできてるな」
雲雀は控えめな胸を張って言う。
「それはもう、粉からこだわりましたからね! ちゃんと二度揚げもしてますよ?」
「それで美味いのか……」
唐揚げをおかずにご飯を食べていく。
甘めのご飯にしょっぱい唐揚げがよく合う、そして卵焼きが絶妙な焼き加減だ。
俺が食事している光景を幸せそうに眺めている雲雀に言う。
「自分も食べろよ、俺ばっか食ってるぞ?」
「そうですね、お兄ちゃんが満足そうでもうお腹いっぱいなんですけど食べておきましょうか」
なにやら『ありがとうがあれば賃金は要らない』というブラック企業のような発言をしているが気にしないことにする。
「なあ……今日、お前を紹介してくれって頼まれたんだが……」
「あ、断ったんですよね」
さすがは雲雀、俺の対応も予想済みのようだ。
「大体、私はお兄ちゃんベッタリなのに、そのお兄ちゃんに頼もうって言う根性が気に食わないですね」
「さいでか」
自分が告白されて数多くの撃墜数を誇っている雲雀だが、俺に依頼されるのは特別に嫌っていた。小学生のころクラスの男子に頼まれて紹介したときは本気で切れていたのを思い出して身震いする。
五限と六限は特に事件らしい事件は起こらなかった、それは嵐の前の静けさなのかもしれなかったが……
放課後、当然雲雀は俺の教室へ迎えに来る。
「お兄ちゃん! いっしょに帰りましょう!」
元気よくそう宣言すると俺の手を掴んで引っ張っていった、それは俺と一緒に居たいからではなく、翡翠と蛍から引き剥がすような気持ちがこもっていた気がした。
帰り道、雲雀が俺に真剣な顔で言った。
「お兄ちゃん、翡翠さんとあのぽっと出委員長には気をつけてくださいね?」
「ん? なにをだ? 気をつける?」
雲雀はため息のあと言った。
「女の勘ってやつです」
そう言って俺の一歩先を行っていた雲雀は振り返って俺に太陽のような笑顔を向けてきた。
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