第13話 青いベロニカ
そこに立っていたのは、小さな植木鉢を抱えた見知らぬ人物であった。同学年では見かけたことがなかったその者は、上級生であると推測された。
「これから死ぬのかい?」
「はい」
「今日はやめておいたほうがいいよ。」
「どうしてですか?」
「秋咲きのベロニカが、来週あたりに開花しそうだからだよ。それを見てからじゃないと勿体無い」
「・・・はい?」
その人物が抱えている植木鉢には何か植物が植えられており、蕾のようなものも確認された。
「ほら、この花だよ。立派じゃないかい? ベロニカっていうんだ。この蕾が開く瞬間を見たくないかい?」
「・・・別に」
「あと少しだけこの花のために君の命を分けてくれないかい? きっとこいつも咲く瞬間を一人でも多くの人に見てもらいたがっていると思うんだ」
この人の言っていることはまるで理解できなかった。
「まぁ、ダメなら諦めるけどさ。無理強いはできない」
「あの・・・。私、死のうとしてたんですよ?」
「うん、見たらわかるよ」
「止めようとしないんですか?」
「さっきしたじゃないか」
たしかに先輩は遠回しに自殺を止めていた。しかし、この言い方だと、花が咲いた後に死ねと言っているようであった。
「その花が咲いた後は、私は死んでもいいんですか?」
「君が望むなら、そうすれば良い。死を選ぼうとしている人間に『生きろ』といのは酷だからね。まぁ、遠回しに『来週までは生きろ』と言ってしまったけどね」
先輩はそう言って笑った。久しぶりに人と会話をしているような気がした。『私』という人物に分け隔てなく会話をしてくれる人物が周りからいなくなってしまっていたからだ。この謎の人物と会話をしていると、今日のところは生きてもいいかなと思えた。
「・・・毎日ここに来ては、死を選ぼうと悩んでしまうと思います。だから、もしかしたらその花が咲く瞬間を見届けるという約束は守れないかもしれません」
「それでもいいよ。君の人生だから。ただ、どうせ死ぬなら最後に見る光景は綺麗なベロニカの方がいいと思うな。・・・そうだ!」
何かを思いついた先輩は私が飛び降りようとしたフェンスの方に駆け寄って行き、フェンス越しに下を見渡す。
「・・・よし。飛び降りるならここからにしよう!」
「え?」
「この下は花壇だ。そこにこのベロニカを植えるよ。そうすれば最期の瞬間に君の目に写るのは青いベロニカだ」
先輩は目を輝かせてそう言った。
「・・・サイコパスだ」
「なんだって!」
私は思わず口に出してしまっていた。そして、気づけば私と先輩は笑っていた。久しぶりに触れることができた他人からの思いやりに、何故だか涙も止まらなかった。
「君は笑ったり泣いたりと忙しい子だなぁ」
「ごめんなさい。でも、辛くて、苦しくて、私・・・」
「・・・そっか。事情はわからないが、死んでしまいたくなるほど君は何かを頑張っているんだね。だったら尚更、最期の最期くらい贅沢したって良いさ。君もきっとこの花を気にいるよ。青いベロニカは美しく、凛と咲くんだよ」
「青いベロニカはリンと咲く・・・」
先輩は優しく笑った。
私が泣き止むまで先輩はそばにいてくれた。そして
「あの! お名前を伺ってもいいですか?」
「おっとっと、そうだね。美少女に呼んでもらうことになる名前だもんな、慎重に考えなくては・・・」
そう言って先輩は何かを真剣に考え始めた。
「うーん。あんまり良いのが思いつかないから、普通にアオイでいいよ」
これが、私とアオイ先輩との出逢いだった。
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