第12話 打ちこわし①

 リイたち重役は定期的にファクトリーを回っている。それはそれは堂々と。まるで自分たちが工員たちの生活を成り立たせてあげてるんだというふうに堂々と。まあ、リイは違うが。


「肩代わりしたあ?」

「正気か!ユキノ」


 声が出けえよネッドラッド。


「つってもお前、そのセーレって友達のリボルビング魔法を1日分肩代わりしたって」

「しかたないだろ、病んでんだから」

「おめえ、いいとこあんじゃねえか」


 ラッドが涙ぐんでいる。どの世界だろうとヤンキーは情に弱いらしい。

 超配達ランチくんが朝飯を配達するより前に俺はファクトリーに向かった。まだ朝日が昇ってもいないのにすでに事務員が働いていることに驚いたしそいつの目に隈が刻まれていたことに悲しくなりつつ、セーレの欠勤申請をした。

 そして提示された条件が、セーレの休みと引き換えにお前がその損失分を被れ。

 それを受け入れてすぐ俺は心肺機能の限界を超える全力疾走で部屋に戻って、セーレに睡眠魔法をかけた。

 このファクトリー生活で覚えたのが睡眠魔法、異世界転移してきて初めて自分から覚えたのがこんな疲れたサラリーマンがあったらいいなと思うような魔法だなんて自分が何歳なのかわからなくなりそうだ。


「そこぺちゃくちゃ喋ってんじゃあない!!!!」


 モヒカン肩パッドの監視員から罰として鞭が飛んできた。乾いた音が部屋に響き渡って、悲鳴を上げる。

 ネッドとラッドが。


「いってええ!!!!」

「っちっくしょうが!!くそロンド人のくせに!!」


 服が裂けて赤く腫れた皮膚がむき出しになっているネッドとラッドの背中に俺は回復魔法をかける。


「ロンド人だのカクラ人だのにこだわってどうすんだよ。共通の敵であるビートル人を打倒するために協力すべきだ‥‥‥ろ!」


 力と心を込めてなぞの棒を回す。何に役立つのか全く分からないしモヒカンは教えてもくれないが。


「……まあよ。そりゃあお前のいう通りだがよ。だが、ヒャクイチのリボルビング魔法は複利っつーよくわかんねえ仕組みで、増えれば増えるほど増えるんだぞ」


 最後の方は何言ってるかわかんなかったが、ネッドはリボ払いの怖さってものが体感で分かってるらしい。


「で、メンバーは増えたか?」

「いんや、ユキノみてえに骨のあるやつはいねえ。ああ、先輩さえいてくれりゃあな」

「先輩」

「ああ、カクラ軍にいた頃俺たちを鍛えてくれた先輩さ。いっつも角の生えた兜被っててな」


 聞き間違いか?俺そいつとサッカーした記憶があるんだが。


「あの人くらい強い人がいてくれりゃヒャクイチなんて目じゃないんだがな」

「……それなんだが、ヒャクイチってどんな奴なんだ?」

「それがわかりゃ俺たちも苦労しねえよ。顔はおろか実在するのかどうかも怪しいくらいだ。わかってるのはあのリイ皇女がいらっしゃるオフィスの最上階に暮らしてるらしいってことだけだ」


 リイ皇女も今や、敵側に寝返った支配者なんじゃねえの、慣れない敬語使って。

 俺の疑問を聞いたネッドとラッドはグッと握りこぶしを作って、


「馬鹿なこと言うんじゃねえ!リイ皇女は二番隊を救うためにしょうがなくファクトリーにいるんだ!」



―――ファクトリー オフィス―――。 


「まだ寝てる。体力と魔力をかなり消耗したみたいだから。それになにより、精神が」

「そっか、やっぱりリボルビング魔法を潰す方法は」

「うん、ヒャクイチを攻撃するしか」

「それしかない‥‥‥か」

「ところで、また登ってきたの?」

「ああ、今度は1人だったから楽だったぜ」


 だって君らみたいにカギ持ってないからな。

 昨日の夜。俺は眠ったセーレを担いで地上100メートルのリイの部屋までビルを登って行った。

 前やった時よりも速かった。

 夜更けだったがリイはまだ起きていて、俺が窓をこんこんしたらすぐ気づいてくれた。


「セーレを頼んだ」


 事情を話してあとはリイに任せて、俺はまたスーパーヒーロー着地して仕事に向かった。

 セーレを渡されたリイは最小の言葉で事情を察したようで、苦しそうな顔をしながらセーレをベッドに寝かしていた。

 絶対受け入れてくれるだろうと確信があった。


「結構卑怯だったかな」

「でも、逆に安心した」


 自分の友達に魔眼くらわして、その結果が見えないってのは逆に苦しいんだろな。

 一日働いてまた登ってきた。朝おいていった時よりセーレは安らかな顔をしていた。スーパー豪華なベッドに寝かせられたのがよかった。


「で、本題に入るんだが、お前の魔眼は洗脳もできんのか?」

「い、いや。まったく。記憶を消すことはできるけど、洗脳なんてとても」

「じゃあリイがやりがい搾取されていったのは元からの性格か」

「この子、結構ピュアだから」


 魔眼のせいで誰からも避けられてたやつと友達になるくらいだしな。初対面のビートル人の心臓は抉ってきたけど。


「さてと、とどのつまりヒャクイチをぶっ飛ばせばすべて解決するんだが」

「私もヒャクイチの姿を見たことはない。あいつはいつもこのビルのてっぺんから出て来ないんだ」

「実在が疑わしいな」

「いるはいるみたいよ。毎晩のごとく美女をとっかえひっかえしてるから」

「うわあ‥‥‥どうせ、エルフとか獣人だろ」

「よくわかったな。ビートル人はどういうわけかエルフや獣人が好きなんだ」


 そりゃ転移した男子がやりたいことっつたらそれだし。


「さて、お前の2番隊はどうやら戦意を喪失してはいないらしい」

「私がかつて率いていた隊が2番隊だってどうして知ってる!?まさか推理したのか」

「いや、カクラ人に聞いた。ネッドとラッドってやつ」

「あの2人もいたのか。そうか、あいつらも骨のある奴らだ」


 俺が一撃で沈めたあいつら2人も結構強いらしい。

 ってことはこうしちゃいられねえな。

 俺は踵を返してベランダに向かう。


「オッケーオッケー。リイ、お前結構魔力持ってっか?」

「そりゃあ持ってるよ」

「よし。じゃあ今度はミスのないプランを描かないとな」

「さっきから何言ってる?」

「ああ、それともう1つ」


 潜水するダイバーみたいに俺はベランダの手すりに腰かけて、最後の疑問を口にした。


「ネッドとラッドの先輩の名前覚えてる?」



◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


「ボスの名前がボスってそのままだな、おい。手抜きか」

「どっひゃあ!び、びっくりした!」


 ボス(称号)ことボス(名前)は、男子寮の36897号室に暮らしていた。リイにデータベースにアクセスしてもらい部屋を調べた。

 3階に住んでるらしいので、試しにジャンプして窓から覗いてみたら死ぬほどびっくりされた。


「よっと。どう、ファクトリーの暮らしには慣れたか?」

「は、はい。おかげさまでなんとか」

「そうか。そんなボスに朗報だ。このファクトリーをぶっ壊そうと思う」

「ええ!?いくらユキノさんでもさすがにそこまで大それたことは」

「ネッドとラッド」


 その2人の名前を聞いてボスの表情が変わる。今まではさえないおっさんだったってのにまるでベテランの兵士みたいな顔つきになった。

 あ、ベテランの兵士か。

 

「あの2人もファクトリーにいるんですか?」

「ああ、2人だけでファクトリーをぶっ潰そうとしてる」

「……相変わらず向こう見ずな」

「俺もメンバーに入れられた」

「わかりました。協力します」

「よし。だったらボスに頼みたいことがある」

「はい」

「カクラ軍2番隊の目を覚まさせてくれ」

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