第13話 打ちこわし②

―――オフィス―――


「ボスとネッドとラッド。そんでセーレとリイと俺、そしてカクラ軍2番隊。悪くない人数だ」

「一体君は……いきなり現れたと思ったら、あっと言う間に私の仲間たちをどんどん集めてきた」

「……ほら、だって、俺って特級品じゃん?」


 よくわかんないという顔をするリイだった。

 そんなことより。


「心の準備は出来てるか?」

「……ああ」

「よし、じゃあ、起きろ。セーレ」


 優しく肩の辺りを叩いて俺はセーレを目覚めさせた。


「うーん…‥あれ、ユキノ。今日、仕事‥‥‥」


 セーレは俺越しに見えたリイをみて目を丸くしている。


「リイ‥‥‥」


 必要だからやったんだが、俺はこういう気まずい空気が大の苦手だ。だってみんなが何かしゃべらなきゃと思ってんのに、なにを喋るべきか思いついてないんだぞ。

 こんな重苦しいことがあるか。


「あー……、えーと、セーレ。これには複雑な事情が」

「どいて」

「はい」


 すさまじい剣幕だったので素直に返事して道を譲った。さっきまで気絶みたいに眠ってた少女とは思えないくらいのしっかりした足取りで、リイの方に向かって行く。

いつの間にか手には鎖が出現していた、しかも2本。

 それに呼応してリイもまた構えをとる。



「セーレ、ごめん!」


 数分後。

 リイは謝罪した。


「いいよ」

「そりゃよかった。ああよかった、口喧嘩で終わってくれて」


 俺はひっくり返ったベッドを正しい向きに戻して、折れた木枠を足でどける。歩くたびにガラスを割る音がして、それよりなんか歩きにくいなと思ったら腰にナイフが刺さってた。多分2人が喧嘩してる時に刺さったんだろう。 

 ‥‥‥俺の知ってる女子の喧嘩と違うな。もっとこう恋愛ドキュメント番組みたいな涙と絶叫をイメージしてたのに。

 セーレとリイは俺の疑問を聞いて、ああいわれてみれば確かに不思議だねみたいな表情で互いに顔を見合わせた後、代表してセーレが口を開いた。


「だってこれが一番シンプルだし」


 なるほどね。この世界の姫様は肉体言語も使えるんだな。


「魔眼そのものは私がケガしたときとかにも使ってもらってたし、で、多分緑の魔眼と白の魔眼だよね」

「そ。幻覚の魔眼と記憶喪失の魔眼」

「急にやりがい感じてしかもそのきっかけが思い出せないと思ったら、そういうことか」


 結構心構えして設けた仲直りの場は、あっさり終わった。



「で、ユキノ」

「おっけ。まあ座ってくれや。バーテンダーがシェイクしたみたいなこの部屋から椅子っぽいものをかき集めてみた」


 その椅子っぽい木片に2人が座ったのを確認した後、俺はプランを語り始めた。

 


◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 朝。その日ファクトリーの工員たちは腹が減っていた。

 いつもなら目覚めたときにはすでに朝飯のショートブレッドがドアポストに投函されているはずだというのに、それがいつまで経っても到着しない。

 ディストピア漂うハッピーな音楽とともに到着する食料配達ロボットが到着しないのだ。



―――ファクトリー廃棄品処理場―――


「ユキノー。こんなの集めさせてどうするの?」

「こいつらすごい数いるんですね」

 

 ここはファクトリー廃棄品処理場。

 スクラップとなった製品が運ばれて捨てられていく場所。ファクトリーの離れに作られているため、人通りなんかめったにない。

 そんなところでセーレとボスとカクラ王国2番隊の面々が超配達ランチくんを抑え込んでいる。その数何と数万台。


「親愛なるアルジェ市民の皆様には申し訳ないが、こいつらが必要なんだよな~」


 さてと。

 ネッドラッドなんて名前とファクトリーという舞台からすでに察しのついた賢明な読者もいるだろうけど、俺は打ちこわし運動を起こす。

 だってそうだろ。みんな自分の勤め先が燃えたらと考えたら心が晴れやかになるだろ。

 労働者諸君に反乱してもらうために必要だったのが、超配達ランチくんの動力源となっている魔力だった。一台一台に蓄えられているのは大した量じゃない。

 だが、たくさんかき集めれば、ここにいる奴らのリボルビングを和らげるくらいにはなる。


「ユキノさん、ありました!いう通り裏っ返してみたら」


 ランチくんの1台をひっくり返すと裏っ側に蓋があった。んで、その中から片っ方に突起のある円筒が出てきた。


「やっぱ電池で動いてたか。ビートル人の考えそうなことだ」

「でんち?‥‥‥で、これどうするんです?」

「そうだな‥‥‥ボス、両端持って魔力流してみ」

「したらどうなるかはユキノさんわかってるんですよね」


 警戒するボスを俺でなだめて試させてみた。だがやはり怖いのかボスは中々やらないのでしびれを切らして、自分でやった。

 結果は成功。

 魔力が回復した。

 俺が成功したのを見て、すぐボスも試した。

 流す魔力が強すぎて感電してた。



―――ファクトリー、オフィス最上階―――


「でっか、扉でっか」


 目の前に現れたキルアん家の玄関みたいな扉を前に俺は素直な感想をもらす。ヒャクイチは普段人前に姿を現わさない。このクソデカ豪華な扉の向こうに引きこもってひたすらリボルビング魔法を発動し続けている。


「いったいどんな奴なのかね‥‥‥って、これか」


 リイが言っていた。ヒャクイチが引きこもれるのはビートル人の鍵があるからだという。どうやって開けていいか皆目見当もつかないビートル人の鍵。

 リイの言うそれはつまり4桁の暗証番号だった。

 電卓が壁にはまったみてえなこの鍵。現代日本じゃ逆にあんま見ねえな。


「なるほどね。電池しかり暗証番号しかり、ビートル人の中にはエンジニアがいやがるのか」


 カゲロウ曰く、俺はどうやら元の世界の記憶を多く持っているらしい。つまり、ビートル人は転移前の家族とか大切な思い出は忘れて、現代知識で無双するための知識さえ持ってりゃいいってことか。

 で、ビートル人の中にエンジニアリングの知識チート持ちがいるってことか。


「さてと。『同じビートル人のきみならわかるんじゃない?』とかリイに言われたけど、こりゃわかんねえよ」


 鍵となる4桁の暗証番号なんて本人のプライベートな数字だろ。試しに1234って入力しみたが、やはりエラーが出た。

 だめかと思ってたところ。暗証番号が表示されるところにメッセージが出た。


『暗証番号が違います。リボルビングが加算されます』


 不吉な文章とともに俺の肩がずんと重くなった。くっそ性格の悪いやつだなこいつ。このリボルビングの増え方、ひょっとして並の人間なら1回で死ぬんじゃねえんの。

 そう思いながらもう1回試す。リボルビングなんだから3回エラーしたら電源が切れるとかもないだろ。その意味じゃ何回でもトライできるけど。

 えーと、どうしよっかな。



―――ファクトリー、オフィス最上階―――


 働きたくない。

 その一心で生きてきた。

 保育園の頃、将来の夢を書かされたことがあった。みんなが警察官とかお笑い芸人とか書く中、俺はいつまで経っても書けなかった。

 なりたいものなんかない。

 何かになったら働かなくちゃならない。

 居残りさせられるのも嫌だったから「寝る」とだけ書いて提出した。

 若い女の先生の残念そうな呆れたような顔を今でも覚えている。

 俺のこの気持ちは間違っているのか?

 みんな働きたくて働きたくて仕方なくて、毎日朝6時に起きて満員電車に揺られてるってのか。

 だんだん自分のこの自然な感情が現代日本では途方もなく難しい夢、野球選手よりユーチューバーになるより厳しい道だと分かり始めて、学校にも行かなくなった。

 昼夜逆転生活が続いて今が何曜日なのか何時なのかもわからなくなってきたある日。

 俺の周りを光が包んだ。

 気が付けば俺がよく読んでいた中世ファンタジー風の異世界に飛ばされていた。てっきり無敵のチートになれたのかと思ったが、アシハラに完膚なきまでに叩きのめされた。

 この世界最初の異世界転移者は何よりもチートだった。

 だが俺にもチートはあった。

 それがこの【Bank Account】。

 負債を負わせて人を永久に働かせられる最高の魔法だ。

 これさえあれば俺は働かなくてもいい。

 ずっと、ずっと。働かなくてもいいんだ。



「お前、ヒャクイチだからって1001って、そのままなのか捻ってんのか何なんだよ」


 数か月、いや数年開けなかったドアの向こうから男の声が聞こえてきた。

 驚いて振り返ると、目の前には日本人みたいな美少女が立っていた。

 こいつが開けたのか?こんな朝早くから女を部屋に呼んだ覚えはないが。

 女はそろそろと辺りを警戒しながら俺の方に近づいてきた。おそらく重役のロンド人が俺のご機嫌取りのために遣わしたのだろう。

 こいつ、どことなく俺の夢を見て呆れたような顔をした保育士に似てるな。

 

「……‥‥‥ママぁ‥‥‥」


 思わずそう呟いてしまった。それを聞いた女は一瞬顔をこわばらせた後、こっちに駆け寄って来て‥‥‥




「へぼあ!!!!」


 俺の膝蹴りでヒャクイチが吹っ飛ぶ。

 典型的な引きこもりの部屋だった。

 窓はカーテンで硬く閉ざされ、いつも座る場所の周囲にうず高く積まれたマンガ、アニメの山。

 

 中世ヨーロッパ風の異世界で何で畳敷いた?

 ここまで部屋を作りこめたことに逆に感心しながら、どうやらヒャクイチは俺を女だと勘違いしてるらしいのでそれを利用しつつ徐々に距離を詰めていった。

 こいつ俺が男の声出したの聞こえてなかったのかとか考えていたら、うっとりした目で「ママぁ‥‥‥」とか呟いたので、駆け寄って膝蹴りをぶち込んだ。

 あんまりにキモかったので秒で終わらせる。

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