第10話 ネッドラッド

 マジかよ。

 俺は今奴隷をやっている。

 昨日言われた通り、新しい職場に朝一で赴任して。

 俺は今日一日ひたすらあの奴隷が回す謎の棒を回していた。


 夕方までやっていた。

 大きな舵輪を横にした、何にエネルギーを与えているのかわからない、一本当たりだいたい4人くらいで回していく、あの奴隷労働といえばでおなじみのアレである。

 しかも棒の周りには監視員がいて、少しでも力を抜こうものなら鞭でひっぱたかれるというおまけつき。


「ファクトリーのことを想って回せ!!」

「働けることに感謝して回せ!!!」


 そんな怒号とともに鞭が飛ぶ。お察しのとおり、監視員はモヒカン肩パッドだ。今までファクトリー歩いてて見かけなかったぞこんなやつら。

 壁を見ると「感謝 やりがい 笑顔」の標語がデカデカと貼られていた。

 鞭でひっぱたかれた工員が倒れた。どうやらもう限界だったらしい。監視員が何回も鞭で叩いて起こそうとするが反応がない。もう死んだんじゃないか。

 だがそんな仕事仲間に注意を払う人間はいなかった。まるでいないかのようにみんな素通りして棒を押していく。

 そいつが脱落して1人分空いた棒。そこが俺の新しい仕事場だった。

 誤解を恐れずに言おう。

 俺は感動していた。

 こんなにも典型的な奴隷労働だなんて、逆に。



 およそ10時間にもわたり重たい棒を押し続けた。他の作業者たちは疲労困憊といった様子で屍人のようにぞろぞろと帰路につく。

 それに合わせて俺も疲れ切った顔をしていた。

 これがさんざん見てきた奴隷が回す謎の棒か。俺のやりたかった異世界転移とはだいぶ違うが、この経験はなかなかできるもんじゃないぞ。


 さてと、こういう治安の悪いところに主人公が飛ばされるとだいたい不良に絡まれるのがパターンのはず……。

 なんて思っていたら、後ろからいきなり肩をつかまれた。千切れるくらい強い力だったのでてっきり人間をスナック感覚で食うバケモンに捕まったと思った。


「おい、新入りぃ。てめえここへきてこのラッド様にあいさつしねえとはどういう了見だ?」

「お、なんだなんだ」


 まるで悪役みたいな言葉をぶつけられたので思わず楽しそうな声を出してしまったら、その肩をつかんでるやつに胸ぐらをつかまれ壁に押し付けられた。

 ガタイのいい男だった。完全にプッツン来てる目つきで俺を睨み付けてきている。


「てめえ、ふざけたこと抜かしてんじゃねえぞ。ちょっと面かせや」


 こいつ80年代くらいから転移してきたビートル人だろうか。髪型もリーゼントっぽいしそうかもしれない。

 連れていかれたのは地上にある工場の裏手だった。ごみ捨て場になっているから人気がない。さらに電燈も少ない。

 俺はごみの上に乱暴に投げ捨てられた。顔に落ちてきた誰かの残飯をどけたら目の前に立っている人間が2人になっていた。

 えーっと、リーゼントのガタイのいいのがラッドで、その隣の金髪ツーブロックは、えーっと。


「てめえが今日から入ってきたユキノって野郎か。女みてえな面しやがって。ここへ来たならまずはこのネッドラッドのどっちかに挨拶すんのが筋ってもんだろうがよ」


 どうやらこっちの金髪ツーブロックはネッドというらしい。そして2人あわせてネッドラッド。奴隷棒工場で頭やってるんで、ヨロシク!って感じ。

 はい。社内規則もないこんなファクトリーで筋なんか知ってるわけないだろ。


「お前ら、こんなことしたってビートル人になれるわけでもないのに、ダセえな」

「「なっ……!!!」」


 薬缶の沸騰する音が聞こえるくらい明らかに2人の頭に血が上って行った。


「て、てめえ。素直に言うこと聞いてりゃ半殺しで済むところを」

「ぶっ殺す!!!」


 およそ190cmの巨人2人が殺意をむき出しにしている。いつの間にかラッド手にはハンマーやらスパナ。ネッドに至っては先端を斜めに切った鉄パイプを持っていた。

 おいおいおいおいおいおいマジで殺しに来てんじゃん。

 そう思うが早いかラッドが俺の頭に向かってスパナを振り下ろしてきた。

 鈍い音がファクトリーに響いて。

 スパナが90度にぐにゃりと曲がっていた。

 折れたスパナを見て呆気にとられたラッドだったが、今度はハンマーで殴りかかる。しかも尖った側を向けてだ。

 だが今度も結果は同じだった。


「馬鹿な‥‥‥あり得ねえ…」

「何で鉄がひしゃげてんだよ‥‥‥」


 俺の2つのチートの内の片方、【ヒーリングファクター】。このチートのチートたるゆえんは以前より強く身体を修復してくれることだ。つまり、俺がもう一度スーパーヒーロー着地をしたとしたら今度は骨折も吐血もしないってこと。

 

「効いてるよ」


 ただし、ハンマーでぶん殴られるのは初だったので、さすがに無傷というわけにもいかず俺の頭蓋骨は多少へこんだ。

 まあそれも秒で修復されたが。


「あしたも朝早いんでとっとと終わらせるぞ」


 俺はうろたえる2人のうちリーダーであるネッドに狙いを定め、足に力をこめて地面を蹴る。さすがにネッドも反応しガードをするが俺は構わずその上に飛び膝蹴りを食らわせる。

 俺の膝をまともに食らったネッドの腕から嫌な音がして、ネッドは後ろのフェンスまで吹き飛ばされた。


「アニキ!!」

「人生初の裏拳!」


 吹き飛ばされたアニキに気を取られよそ見したラッドのこめかみに人生初の裏拳を食らわせた。現代日本にいた頃じゃ喧嘩なんてろくにしたことなかったわりに、いい感じにヒットしたんじゃないだろうか。

 ラッドはその場に崩れ落ちてろくに受け身も取らずに地面に倒れた。


「てめえ、よくもラッドを!」


 ネッドはアドレナリンのおかげで痛みを感じていないらしい。だが、ガードに回した左腕は使い物にならなくなったらしい。


 あれ、俺悪人になってる?


 なんで?身に振る火の粉を払っただけなんだが。

 そりゃ一撃でぶっ潰したからなんだけどさ。

 このまま悪人にされてしまうのは本意ではない。だからネッドに回復魔法をかけた。

 だらんとした左腕に芯が戻ったのをみてネッドが驚愕する。

 ついでにラッドも回復させて目を覚まさせた。


「こ、骨折まで回復させるなんていったいどんな魔力だよ!」

「あー、一旦それは置いといてくれ。まずはこっちの質問に答えてほしいな」

「な、なんだ」

「その首筋のタトゥー、カクラ王国のパクリか?」


 あのときリイの服についていたタグは、セーレに聞いたところカクラ王国の紋章だった。白地に東洋タイプの紫色の竜をあしらったかっちょいい紋章だ。

 無機質なデザイナーズマンションみたいなファクトリーの一室の所々に、歴史の教科書でみるような紋章がついた刀とか置いてあるんだから、気付かないわけがない。


 自由を愛するらしいカクラ帝国のお姫様がなにゆえにこんなファクトリーの管理職についているのか。

 その理由は十中八九、国のためだろう。現実的にいうと自国民の保護。

 その予想は半分当たって半分外れた。

 ファクトリーを注意深く歩いていると、身体のどこかにカクラ王国の紋章を身に付けてる人間を多く見つけた。刺青だったり、ネックレスだったり、財布だったり。

 だからラッドに胸ぐらをつかまれたとき、ラッドのピアスにドラゴンの紋章があったからといって俺は驚かなかった。

 だがよく見てみると違っていた。カクラ王国の紋章の龍は指が4本なのに、ラッドが身に付けている紋章の龍は指が3本だった。

 だから逃げずに絡まれてこんなくらいファクトリーの裏までついてきたってわけ。


「パクリっつーな。人聞きの悪い」

「俺たちの、プライドだ」


 ラッドがピアスの紋章を見せつけてくる。そういえばネッドはどこに付けてんのかと思ったら、なんと歯に刻印していやがった。


「実は、あんたの実力を見込んで頼みがある。ユキノ、お前も俺たちと一緒に闘ってくれねえか」

「おん?」

「反ビートル人組織、ペイヴメントだ」

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