第9話 直接対話とスーパーヒーロー着地
「はじめまして、俺はユキノ。元ビートル人で今はロンド王国と同盟を組んでファクトリーで鉄板に穴を空けてる」
「元ビートル人?同盟?まるで王様みたいな口ぶりだな」
「ああ、この前建国した」
なんだよ。その言葉の意味が1つも理解出来ねえみたいな顔は。俺、【全言語理解】のチート持ってんだよ?
「セーレが承諾するとも思えないが……それで、ファクトリ―にどんな目的が」
「目的?そりゃヒャクイチを叩きのめすに決まってんだろ」
「社長の首を狙うって?大それたやつだな」
って、なるほ。やけに平和に会話してくれてると思いきや隙を伺ってたのか。俺が目的を考えるのに気を取られた瞬間。一歩だけ踏み込んで魔眼の射程距離内に俺を入れやがった。
灯りのない暗い部屋に2つの青い光が浮かび上がって。
残念だが、対策済みだ。
「何してんだ!」
「いいね~その大声。これからしばらくそれくらいのボリュームで頼むわ」
おそらく俺の魔眼対策を見たリイが驚愕の声を上げる。その表情を俺は見ることができない。
「お、おまえ…どういうつもりだ!?自分の目を…潰すなんて!!!」
真っ暗ってのはこういうことか。夜に目つぶるのとは段違いに暗いな。
これが俺の魔眼対策だ。
自分の目を潰せばいい。
リイが魔眼を発動すると同時に自分の両眼に爪を突き立てた。
黒目をカリっと削るだけだと瞬きした瞬間に回復してしまい何の意味もなかったため、親指の爪を片目ずつに突き刺している。眼軸まで刺さっているから抜くまで治りはしないだろう
【ヒーリングファクター】を知らないリイはかなり動揺しているらしい。何も動かない。
「さてと。手土産を持参したかったんだが、あいにくブロックミールしかなくてな」
そんなことを言いながら紳士的に接近しようとしてみたのだが、数歩歩いた段階で太ももを何かしらの角にぶつけ、そのままひっくり返ってしまった。
どうやら机にぶつかったらしい。
「腕が!」
リイが叫ぶが、知ってる。多分コップかなんかが割れて刺さったんだろ。鋭い痛みが左前腕に走ってる。その痛みのするところを触ってみたら肌の質感とは違うガラスの感触があったから、そのままつかんで引っこ抜いた。
「傷が……嘘だろ‥‥‥」
どう聞いても絶句している。俺が躊躇なくガラスを引っこ抜いたのと、傷口が俊足で塞がったことに対してだ。クラスの同級生にここまで引かれたら、その後付き合うなんて絶望的だが、今はかえって好都合だ。
「さてと、アイスブレイクはない。いきなり本題に入る。セーレにかけられたお前の魔眼はどうやったら解ける?」
リイの緊張が感じられた。目がつぶれたことで他の感覚が研ぎ澄まされているらしい。リイの息遣いやら匂いがより鋭くわかる。
間違いない。リイは俺を敵とみなした。
「そんなことを聞くために、ここまで侵入してきたというのか」
「ああ」
「馬鹿な!ここは、ここは‥‥‥地上100メートルだぞ!」
爪の割れも関節の脱臼も、全部治しながら登ってきた。筋肉の断裂もすぐ治るから心さえ折れなければ別に無理な話じゃない。
ただ、壁に血痕が付きまくってそうなんだよな。明日掃除しといてくれ。
「そんなに苦労をねぎらってくれんなら、ぜひ教えて欲しいなリイ」
俺はそう言いながらリイに近づいた。それはもう鼻息が感じれるくらいの近く、どうやらうまく壁際まで追い詰められたようだ。セーレと違って背が高く俺と同じくらいあるリイからとてもいいにおいが漂ってきて高校生男子である俺の高校生男子なところが凄く刺激されるのだがそんな現を抜かしている場合ではない。
「たった一人の親友だったセーレを裏切ってまで、なにを守りたいんだ?」
「……黙れ!!」
カクラ王国第一王女、カクラ・リイ。その実力は王国でも屈指だったという。特に近接格闘に優れていたそうで、男子と試合しても勝ちまくっていたそうだ。
セーレからそう聞いたことがあるが、やはり聞くのと実際にボコられるのでは全然違う。
俺はこの世界に転移してからというもの武芸の訓練を一切していない。
描写を省略したとかそういうんじゃない、マジで一秒もしてない。
俺が転移してから今までやったこと復習してみよう。
牛人間とお話する
川を泳ぐ
鉄板に穴をあける
マジでこれだけ。確かに俺はボスたち山賊一味をコテンパンにはした。それくらいの戦闘力は転移ボーナスで付与されているらしい。
だが、それくらいだ。せいぜい元雑貨屋のおっさんをぶちのめせるくらいのステータスでしかない。闘いの英才教育を受けてきた皇女に勝てるわけなんかない。
リイのお部屋に侵入してからハッタリかまして何とかプレッシャーを与えて交渉を優位に進めていたものの、リイをブチ切れさせたおかげであっという間に劣勢。
俺は人体にいくつか点在する急所を的確に殴打されながらあっという間にベランダまで後退させられた。あらゆる骨が折れては修復されていくのがよくわかる。
転移してからずっと現代日本では入院レベルのケガを受け続けているせいか痛みの神経がショートし始めている実感がある。
ただ、目は死んでなかった。潰れてるけど。
ま、殴られたそばから回復してくってのが主な理由で、俺は膝をつかずにすんでいた。
「ハア‥‥‥ハア‥‥‥、貴様なんかに私の気持がわかるか‥‥‥」
永久歯さえ回復するのが俺の【ヒーリングファクター】。だが人の心までは治せない。
俺はまぶたに突き立てていた爪を引っこ抜く。たちまち修復されて俺に視力が戻ってきた。
リイは泣いていた。
「あの反乱鎮圧の時の印象が強くてお前のことを冷酷なやつだと思ってたんだが、やっぱりセーレの言ってることが正しいみたいだ」
「お前は‥‥‥いったい何なんだ‥‥‥いきなり現れてすべてを知ったような口をきいて」
「ふりょ‥‥‥特級品だ。じゃあ、今日はもう帰るわ。明日から別の職場なんでな。夜更かしをしたくない」
リイは唇を噛んでいた。目からはまだ涙があふれてきている。まるで俺が別れ話を切り出したみたいじゃないか。
「えっと‥‥‥ハンカチすら持ってないんだが、まあ、あれだ。要はそのタグをつけてる工員を助ければいいんだろ」
「どうしてそれを‥‥‥まさか今までの会話から推理したというのか…」
「では、さらばだ」
そうかっこよくキメて俺は手すりから飛び降りた。まるで椅子から降りるように100メートル下の地上へと落下していく。
どうせ異世界転移してチート人間になったんだからこれくらい耐えれるだろうと試してみることにした。
スーパーヒーロー着地!
両足を大きく開きそして片手の3点で着地するあのかっちょいい着地。アニメの主人公やハリウッドでさんざんパクられてきたあれを今こそする絶好のチャンス。
ポーズを空中でとりそのままの姿勢で地面に着地した。
枝が折れたような衝撃音があたりに響いて、俺の身体を衝撃が貫いていった。着地の瞬間、両脚と右腕の骨が砕け散ったのがわかった。内臓にもダメージがいったようで着地と同時に吐血したが、やがてその痛みも消えた。
上を見上げると、リイが慌てて部屋に引っ込んだのが見えた。
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