第8話 窓際を目指すユキノと使命を忘れた王女

「ユキノぉ~?あんたも見たのかい?昨日の反乱」


 隣の機械担当のおばちゃんが昨日の出来事を聞いてたので頷くジェスチャーで肯定の意を表す。声を出すと男だとバレるので、この工場内では喋れないという設定を通している。

 女子棟に入れられてしまったのは幸運だった。

 

 もちろんエロい意味で。

 

 うそ。

 作業が男より軽いから脱出の算段を考える体力が捻出できる。だから男だとバレるのは不味い。


「そうかい。しかし馬鹿だね~あの子。確かに【リボルビング】は社長にダメージを与えれば減らせるって噂をどっかで耳にしたんだろうね。でも、無理さ。あのリイの魔眼には勝てないよ。きっとあの子は今頃殺されているだろうね」


 俺の情景描写よりも卓越したおばさんのあらすじ説明に俺は思わず質問しようとしたが、あわててポケットから紙を取り出しペンを走らせる。

 その前に一言説明が要るな。社長ってのはヒャクイチのことだ。この世界の社長はまさに会社の所有者。ファクトリーを自分の思いのままに動かせる。


「『ああやってルール違反したらみんな殺されるんですか?』いや、さすがに仕事サボったからって即首チョンパなわけないさね。そうさねえ、私もどこにあるかはわからないんだけど、そういう使い物にならないやつらを集める部署があるって聞いたことはあるさねえ」


 なるほど。いわゆる左遷ってやつか。仕事ができない社員が行くという一日中エクセルを開いて閉じてを繰り返したり社史を編纂する部署、つまり窓際族。


「ああ、それと。あんたも馬鹿なこと考えるんじゃないよ。社長はあたしらの前に姿を見せない。あの機械の馬車に社長ははなから乗ってないのさ」



◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


「おかえり~。おそかったね。あ、そうだ聞いて。私ねだいぶ仕事に慣れてきたみたいで1日で捌けるエビの数が1.2倍に向上したの。班長に褒められちゃった♪」

「あー‥‥‥、えっと‥‥‥すごいじゃねえか、セーレ!今に自分の店が持てるようになるんじゃないか」

「ユキノもそう思う?なんか、働くって楽しいね。明日も頑張らないと」


 これは不味いことになった。一番身近にいながらパートナーが少しずつ病魔にむしばまれていることにどうして気づいてあげられなかったんだ。

 目の前の労働をこなす喜びが大きな使命を忘れさせている。今のセーレはビートルバムへの復讐やら父の無念やらロンド王国第1王女としてのプライドやらも忘れてしまっている。

 いつの間にか風に揺れる美しい金糸雀色の髪を作業の邪魔にならないよう後ろで縛っている。

やめろそんな風に作業着の皺を気にするんじゃない。この汚れって普通の洗剤じゃ落ちないのかな、じゃないんだよ。


「私明日は早めに出勤するからもう寝るね。おやすみ」

「はは、ははは、ははは‥‥‥おやすみ…‥‥‥‥」


 翌日から俺の勤務態度は変わった。遅刻居眠り午後休。あくまでもできないという素振りで、自分の全力はこの程度なんですということを全身で表現する。上司の説教にはふてぶてしい態度で接する。

 隣のおばちゃんが心配そうな、不気味そうな表情で距離を取ってくるようになったが関係ない。

 すべてはセーレのためだ。

 このままだとセーレが仕事にやりがいを感じてしまう。

 俺はまるで希望しない部署に飛ばされたサラリーマンのように日々の仕事を全力でサボった。

 露骨に弁当のクオリティが俺だけ下がっていったがそんなことじゃ俺は止まらない。最終的には一日3食すべてがブロックミールという有様になってしまい、っていうかこんな追い詰め方してもは工員はよけいやる気をなくすだろと思い始めた頃、


「ユキノ。きみは明日から別の班に移ってもらう」


 班長が俺にそう言い渡した。

 辞令ってやつだ。

 俺が明日から行くのは地下班というらしい。初めて聞く名だ、どこにあるのか。班長曰く、通路わきにあるマンホールから下って行くらしい。

 窓際かと思ったら地下だった。


「ねえ、聞いてユキノ。ひょっとして私副班長になれるかもしれないの。頑張ると報われるってほんとなんだ」


 働く女性は美しい。きみはとても素敵だ。だけどねセーレ、その努力はしなくてもいいんだよ。理不尽に背負わされた借金のために馬車馬のように働くなんて現代日本では美徳でも何でもないんだよ。

 ‥‥‥待てよ?

 さすがに今のセーレが前のセーレと同一人物とは思えない。だって俺の中のセーレは初対面の俺にビートル人だからというだけで心臓に鎖を突き刺してくる人間だぞ。いくら敵意があったとはいえそんな性格の人間がどうしてここまでファクトリーに忠誠を誓っている?

 あれか?お嬢様が庶民の文化にいたく感動するとかいうあれか?

 いやちがう。あの女、やりやがった。


「……セーレ、お前。リイと会ったのか?」

「え、うん。あの重役出勤してきた日に、各工程を見学してたらしくって、私は気まずいから気配を消してたんだけど、どうしてか私の方に近づいてきて、それで‥‥‥あれ?‥‥‥なんか他愛もない話をして‥‥‥その後作業に戻ったんだけど、そしたら仕事が楽しくなって‥‥‥アレ?…‥どうして私楽しいんだろ……違うよね‥‥‥ワタシ、こんなことしてる場合じゃ‥‥‥あれ?あれ?どうして?」

「いいさ、楽しいにこしたことはない。とにかく今日は休んだ方がいい」

「そ、そうだね。何か私疲れてるのかな。副班長に任命されてうれしいはずなのに、どうして泣いてるんだろ‥‥‥。ビートル人に慰められるなんて私‥‥‥」



◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


―ファクトリー、オフィス―


 ここからはファクトリーが一望できる。かつて私がいたカクラ城の天守閣よりも高い。この建物をビートル人はビルと呼ぶ。そして私たち重役が普段仕事をしているこのビルをオフィスと呼んでいる。

 仕事といってもただここから下を覗いてファクトリーがきちんと動作しているかを確認するだけだ。

 あまりにも退屈でやりがいはない。とっとと引継ぎを済ませて上階にある自分の部屋に帰る。

 オフィスとファクトリーは別世界だ。ファクトリーの彼らとは食べるものも寝るところも違う。その贅沢さはかつてのカクラ城でさえ見劣りする。

 そんな豪華な部屋の大きなベッドに横になってぼんやり天井を見つめる。

 あの日からあいつの顔が消えない。

 久ぶりにみた金糸雀色の髪に白い肌。そして意志の強そうな瞳。

 この7色の目を怖がることなく見つめてくれたあの目に私は‥‥‥。


「こんばんは~、行方不明の王女様。いくら上階に住んでるからって独り暮らしの女子なんだから戸締りは気を付けないとな」


 思考を中断する声が窓の方から聞こえてきて、私はとっさに戦闘態勢を取った。月夜に照らされた少女がベランダの手すりに腰かけて、ニヤニヤとベランダの戸の鍵を指さしていた。

 2人組か。男の方はどこだ。


「なんだその、男の声がしたのに目の前には女しかいないからどこかに男が隠れているんだろうみたいな顔は」

「え!」


 まさかあの声の主が目の前の美少女から発せられたものだったなんて。

 美少女みたいな男はそのままそのまま部屋に入ってきた。

 攻撃することも出来た。だがこいつがベランダの戸を開ける瞬間、その左手には確かに刻印があった。

 ビートル人だという証明。それはこの世界の人間じゃ到達できないチートをもっているということを意味する。

 数字は49。新顔だ。

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